◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第2話 Treasure hunting〈後編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第2話 Treasure hunting〈後編〉

旅具検査が山場を迎える22、23時台に備え、槌田たちは飲食店街へ。

 どうぞと旅具検査官に促されて男が検査ブースの前に立ち、キャリーケースを検査台の上に置いた。特別力を込めたようにも見えなかったし、置いたときの音も重そうではない。簡単なやりとりののち、問題なかったようで、キャリーケースを下ろした男がこちらを向いた。何の気なしに槌田は男を見つめる。そのとき、男の目がわずかに泳いだ。

 ──何かある。

 そう思ったものの、検査はすでに終えている。男が平然とした表情で、槌田の背後の出口へと近づいて来る。

 ──気のせいか?

 だが、刑事としての経験はあの男は怪しいと言っている。

 槌田の様子に気づいた英がこちらに顔を向けた。口を開く前に「黙って」とだけ言う。男は至近距離まで迫っていた。あえて槌田は男から視線をそらせ、他へ目を向けた。男が槌田の横を通り過ぎる。荷物からは何も出なかった。ならばと、男の全身をくまなく見る。これと言っておかしな点はない。

 ──見込み違いか。

 自分の非を認めかけたそのとき、他の客が男のうしろから早足でやってきた。男の横に並び抜き去ろうとしたとき、違和感を見つける。男はあと数歩で出口だ。槌田は走り寄って、男の肩に手を掛ける。

「すみません、ちょっとよろしいですか?」

 槌田の顔を見た男の顔は明らかに引きつっていた。その表情に、間違っていなかったと確信する。近づいて来た英に「念のために、もう一度検査を」と伝える。

「荷物ですか?」

「いや、身体検査を」

 英が視線を向けただけで、手の空いていた機動班員が駆け寄って来た。

「身体検査のご協力をいただいて」と告げ、そのまま男を機動班員に引き渡す。男を空いている検査ブースに誘導してから、改めて身体検査を開始する。日に焼けているのに男の顔色は明らかに悪くなっていた。機動班員がハンディタイプの金属探知機を男の身体に這わせ始める。胴体では無音だった探知機が、靴に近づいて盛大に鳴り出した。

「靴を脱いで」

 観念したのか男が靴を脱ぐ。機動班員が靴を持ち上げた。見た目にはおかしくない。だが機動班員はすぐに無線で応援要請を始めた。

「中に何かある、たぶん金ですね」

 近年、金の密輸は税関はもちろん警察でも大問題となっている。二〇一八年四月から罰金が五百万円から倍の一千万円、または金の価格が一千万円を超える場合は価格の五倍と引き上げられてからは、それまで右肩上がりに増えていたのが多少とも収まったが、それでもあとを断たない。検査室へ連れて行かれる男の後を追いながら英が訊ねる。

「お見事です。私はまったく気づけませんでした。どこで分かったんですか?」

「足の長さ」

 男一人のときは分からなかったが、同じくらいの背丈の男性客が男と並んだときに気づいた。二人の頭と肩の位置はほぼ一緒だった。だがウエストの位置が明らかに男の方が高い。単に足が長いだけかもしれない。だが目が合ったときに、男は目を泳がせた。声を掛けて再検査をしたところで、何もなくても謝罪すれば済む。

「お見事です。さすがは刑事ですね」

 英の称賛の言葉が面映ゆく、「いや、そんな」と槌田は謙遜した。

「お先にどうぞ」と促されて検査室に入ると、靴と中から取り出された金のインゴットが六枚、トレイの上に並べられていた。靴の横には中敷きが置かれていた。靴底に隠していたのだ。

「こちら、申請されてないですね?」

 栗原班長が男に告げる。男は小さな声で「はい」と答えた。

「一キロが六枚」

 一キロと聞いて槌田は驚く。目の前にあるのは、細い板チョコレートほどの大きさでしかない。

「一キロの大きさは長さ百十ミリ、幅五十ミリ、厚さ十ミリってところですね」

 こそっと英が囁いた。

 そんなものなのかと思いつつ、三枚重ねても三センチにしかならないのなら、靴の中にも隠せるな、と槌田は思う。

「一キロの今日の相場は四百八十万、掛ける六。総額で二千八百八十万円。消費税は二百三十万四千円」

 栗原班長が電卓を叩いて男に突きつける。男は顔面を蒼白にして無言で立ちつくしていた。

「このあとは」

「初犯ならば消費税を納めて解放」

 英が言い終える前に槌田があとを続ける。パスポートのチェックが終わり、男には前科がないと判明した。そのまま消費税納付の手続きに入る。正直、槌田は気に入らなかった。面白くない目で見ているのに気づいた英が「出ましょうか」と促した。見ていても良い気分にはなれないのは分かっていたので、同意して退室する。

「納得いかないですよね」

 同情されるように話しかけられる。

「でも」

「全員逮捕立件していたら、通関業務は滞る、ですよね」

 一日を通して税関検査の大変さはすでに理解していた。自ら言ったものの、溜め息が出てしまう。

「二百三十万四千円の脱税を阻止したんです。お見事です」

 英に健闘を讃えられても、あまり気は晴れない。槌田は今日一日で摘発された物を思い出す。

「コピー商品、珍しいカメ、上海蟹、金」

 思わず口に出していた。上海蟹は税関ではなく検疫管轄だが、だとしても、あまりに多くの物を多くの人が不正に国内に持ち込もうとしている現実に、槌田はショックを受けていた。

「どれも価値がある。だからこそ利益を得ようと悪巧みする者がいる。そういう連中から国を守るのが税関の仕事です。でも私はそれだけではないと思っています」

 英は一度言葉を止めた。

「コピー商品を摘発するということは、ブランドそのものの価値を守ることになる。希少な生物も同じです。法に則った輸入を守ることで、その生物の生命だけでなく価値も守っている」

 英の言わんとすることが槌田にも分かった。税関の仕事は正しく税を徴収するだけではない。摘発された物は皆、正しく扱われるべき価値がある。その価値を守る役割もまた税関が担っているのだ。槌田の頭の中に今日摘発された物がまた浮かんだ。どれも価値がある。謂わばお宝だ。

「なんか、お宝ハンターみたいだな」

 口に出して、適切ではないと気づく。

「ちょっと違うな」と言う前に「それ、いいですね」と英に言われた。

「悪党のお宝を探し出す。旅具検査官は正義のお宝ハンターってことですね」

 まるで戦隊物の登場の口上のようだ。すっかり気に入った槌田は、娘の結実に説明するときに絶対に言おうと心に留める。

「八番、何か出ましたね」

 正義のお宝ハンターたちが、まさに今、宝探しをしている。その中の一人がお宝を見つけた。

 問われる前に「行こう」と槌田は言って、歩き出した。

(第3話へつづく)
〈「STORY BOX」2019年9月号掲載〉

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire’s Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。

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