◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈前編〉

◇長編小説◇日明 恩「水際守護神S」──第3話 Good boy! Good girl!〈前編〉

槌田の次の研修先は、国際郵便を扱う東京税関東京外郵出張所だ。

 すでに通関は始まっていた。税関提示装置の隣に検査着姿の通関検査官が立っている。駆動コンベアーを流れてきた貨物を一つずつ手に取り、検査台に移している。

「ラベル内容と比べて貨物の大きさや重さに違和感がないかを確認して、問題ないと判断された貨物は通関終了ですので、隣の駆動コンベアーへ載せます」

「外郵から郵便局に送られて、あとは配送ってことだな」

 英の言葉を引き継いで、その先は槌田が言った。

 検査着姿の検査官は流れてくる貨物のすべてを一つ一つ手に取り検査を進めていく。コンパクトな郵便物もあるが、EMSの上限は三十キログラムだ。けっこうな重さの貨物も多い。検査官の中には旅具検査官と同じく若い女性もいる。旅具検査官も立ち仕事だが旅行者のスーツケースや荷物の検査台への上げ下ろしは、基本的に旅客任せだ。だが通関検査官は自力でしなければならない。

「足腰に来そうだな」

「かなりキツイでしょうね」

 神妙な面持ちで英が同意する。コンベアーの上を流れる貨物の音が響く中、通関検査は粛々と行われていく。一つ当たりの検査時間は一分にも満たない。東京外郵出張所が取り扱う貨物は一日に一万個を超す。一つの貨物の検査に時間を掛けていては、スムーズな流通は出来ない。本当に検査が出来ているのか? という疑念はもはや槌田にはなかった。旅具検査官と同じく、経験からの判断だとすでに学んでいるからだ。

「三番、何か出たみたいですね」

  見ると眼鏡を掛けた男性検査官が一メートル弱の大きさの段ボール箱を抱えてX線検査装置へと向かっている。行きましょうかと英に言われる前に、槌田は足を踏み出した。

 近くにまで寄ってX線検査装置のディスプレイを見る。段ボール箱の中に入っているものがはっきりと映し出されていた。形状からして、鞄と財布とキーケースかなと思っていると、「こりゃ大物だわ」と、検査官が声を上げた。

「大物?」

「エルメスのバーキンです」

 答えたのは英だった。

 高価だとは知っているが、実際の価格は知らない。

「本物だったらいくらする?」

「新品か中古品か、あと大きさと使っている革の種類にもよりますけれど、新品なら最低でも百五十万円以上ってところですね」

 金額に驚いている槌田の横を、段ボール箱を抱えた検査官がすり抜けて行く。検査台の上に置き、腰に下げたベルトポーチに挿していたカッターナイフを手袋をはめた手に持つ。ダンボール箱の上に貼られたガムテープ部分に躊躇なくカッターナイフの刃を当てた。

 旅具検査官が旅行客の荷物を関税法に則って開封検査するのと同じく、東京外郵出張所の通関検査官もまた関税法により、貨物を開封して通関検査を行うことが出来る。

 取り出されたのは、七十センチほどの厚みのある長方形の白い箱だった。これが鞄だろう。三十センチほどの箱が財布で、一番小さいのがキーケースだろう。三つの大きさの違う白い箱が検査台の上に積み上げられる。

 検査官は慎重な手つきで一番大きな白い箱の蓋を持ち上げて退かすと、白い布にくるまれたけっこうな大きさの塊を取り出した。嵩こそあるが、持っている感じからして、さして重さは感じられない。少なくとも、中に重さのある何かが隠されているということはなさそうだ。

「コピー商品か?」

 知的財産侵害物品──コピー商品は、商標法と不正競争防止法により販売・製造・輸入・輸出は禁止されている。

「いや、まだなんとも」

 英の視線が動いた。その先には三つの箱が入っていた段ボール箱があった。中には緩衝材として丸められた新聞紙がいくつか入っている。

「高額の内容物ともなれば梱包も厳重になるのが一般的です。明らかに雑な場合は、ほぼコピーで確定です。ただ今回のは」

「微妙なんですよ」

 振り向いた検査官が言った。

「岩重(いわしげ)君です」と、英に紹介される。眼鏡の奥の一重の目はなかなかに鋭い。おそらく三十歳前後だろう。槌田の自己紹介が終わったとたん、岩重が話し出す。

「外箱はけっこうしっかりしているし」

 段ボール箱は紙に張りがあり、上下だけでなく、左右も隙間が出来ないようにテープで留められている。

「雑なものは手でちぎったりしているから、切り口はほぼがたがたですが、これは切り口も綺麗なんですよ」

 テープの切り口部分を見ると、指摘通り刃物で綺麗にまっすぐに切断されていた。

「中袋の布も、見るからに安っぽくはないし」

 検査台の上に置かれた白い布袋に手を伸ばすと、すぐさま「素手は」と、英に注意された。すまない、と即座に詫びる。

「中箱はブランドのシグネチャーでもあるオレンジ箱じゃない。でも白箱もあるしな」

 岩重は白い布袋の中から取り出したバーキンを検査台の上にそっと置いた。本物だろうとコピー商品だろうと、個人の持ち物だから、扱いは丁寧だ。

 岩重が取っ手を持ち上げて鞄全体を見る。黒い革は本革のようだし、縫製の糸が飛び出したりもしていない。金属部分も安物には見えない。

「これは、ぱっと見じゃ分からないな」

 そう言って、また台の上に丁寧に戻した。

「韓国の個人名から都内の個人宛か」

 ラベルを手に英が呟いた。

 個人同士のやりとりの場合、ネットオークションなどが考えられる。こうなると、個人が所有している正規品を中古品として売買しただけとも考えられる。

「おかしいと思った理由は何だったんです?」

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日明 恩(たちもり・めぐみ)

神奈川県生まれ。日本女子大学卒業。2002年『それでも、警官は微笑う』で第25回メフィスト賞を受賞しデビュー。他の著書に『そして、警官は奔る』『埋み火  Fire’s Out』『ギフト』『ロード&ゴー』『優しい水』『ゆえに、警官は見護る』など。

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