〈第13回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」

■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」〈第13回〉
みひろの雑談から、真相を悟った慎。
いよいよクライマックス!


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 柿沼と信者たちが河元と波津を三階建ての建物に連れて行き、慎とみひろも同行した。間もなく柿沼の報せを受けた奥多摩署のパトカーが施設に到着し、河元は住居侵入罪及び人質強要罪で逮捕され、波津も事情聴取という名目で署に連れて行かれた。

 ミネラルウォーターをごくりと飲み、みひろはペットボトルを長机に戻した。

「室長。ひょっとして遺体を見たり事件捜査をしたりだけじゃなく、犯人や容疑者と闘ったり取り押さえたりした経験もなしですか?」

 隣を振り向き訊ねると、慎はノートパソコンのキーボードを叩く手を止め、答えた。

「ええ」

「それがなにか?」とでも言いたげな顔つきだ。俯き「やっぱりか」と呟いてから、みひろは再度慎を見た。

「でも、警察学校で習ったでしょう。逮捕術とか柔道とか剣道とか。私だって、研修を受けましたよ」

「もちろん習って、全科目首席で卒業しました」

「じゃあなんで、私を見捨てて逃げたんですか? 下手すれば殺されてましたよ」

「まだ言いますか? さっきから、何度も説明しているでしょう」

 わざとらしく息をつき、慎は答えた。

「第一に、学校の授業と実践は別です。第二に、見捨てて逃げたりはしていません。現場の状況に鑑みて、一旦退避して態勢を立て直すのが最善と判断したんです。その後直ちに柿沼の後方支援に回り、彼女が河元の身柄確保に失敗した場合は僕が三雲さんを救助すべく、待機していました」

「『後方支援』に『待機』ねえ」

 ウソつけ。あの変な中腰姿勢のどこが待機だ。みひろは横目で睨んだが、慎は知らん顔でパソコンの入力作業を再開した。

 パトカーと柿沼の車と一緒に、みひろも慎の車で奥多摩署に来た。今ごろ教団の施設では、近くの署から駆けつけた応援の捜査員が土橋と信者たちから事情を聞き、鑑識課員が現場検証を行っているはずだ。時刻は午後十一時を回り、みひろはくたくたな上に腹ぺこだ。しかしこれから慎とともに事情聴取を受けなくてはならず、もう一時間以上、署の二階にある会議室で待たされている。

「お疲れ」と無表情に告げ、柿沼が室内に入って来た。みひろと慎が挨拶を返すと、柿沼は長机の脇で立ち止まった。

「波津は黙秘してるけど、河元は『家族が心配してて、奥さんとお義母さんは泣いてた』と伝えたら涙をぼろぼろこぼして自供(ゲロ)したよ。大筋は阿久津さんの読み通り。河元は波津に『抜き取ったお金を渡すから、一緒に逃げよう』と口説かれたらしい。でも板尾にバレて、五日前の晩に波津とみのり岩の前に呼び出された。怒って責める板尾に河元は『お前だって、俺に煙草を用立てさせたじゃないか』と逆ギレして板尾の頭をみのり岩に打ち付けた。で、波津と相談して遺体を山に運び、みのり岩に似た岩の近くに置いたって流れ」

「怖っ! でも、やっぱり原因は『お金か愛』だったんですねえ」

 みひろは身震いしながら言ったが慎は犯人の心情には興味がないらしく、柿沼に問うた。

「お金の隠し場所については?」

「それも阿久津さんが正解。商品に隠せば店番をしながら見張れるし、もし客がお金入りの箱を選んでも、レジで賞味期限切れやつぶれたのに気づいたふりで、別のものと交換できるからね。でも私たちが店に来て、焦った河元は金を持って施設に行き、波津に『犯行はすぐにバレる。今夜逃げよう』と迫ったんだ。ところが波津に拒否され、包丁で脅して連れて行こうとしたら信者たちにバレて、さっきの騒動。そうそう。スーパーことぶきのゴミ箱から、底を開けて再度封をした形跡のある、カレーやシチューのルーの箱が見つかったってさ」

「すごい。室長、今回もお見事です」

 みひろが感心すると、慎は顎を上げてメガネにかかった前髪を払った。その自信とプライドに溢れた態度にみひろはイラッとし、「さっきは変な中腰姿勢だったクセに」と心の中で毒づいた。

「ありがとう。助かったよ。二人のお陰で、最後の事件を無事に解決できた」

 背筋を伸ばし、柿沼が頭を下げた。みひろは「私はなにも」と立ち上がって返礼し、慎は表情を引き締めて柿沼に向き直った。

「では、一週間を待たずして捜査終了。柿沼さんの信仰について、監察係に報告しても構わないということですね?」

「もちろん。それが約束だし、むしろ肩の荷が下りる。実は私、前とは違う場所ががんになっちゃって、三カ月ぐらいしたら死ぬんだよ」

「えっ!?」

 驚きながらも、みひろの頭には「だからピザを残したんだ」「それでさっき室長がチャンスを作った時に動けなかったんだ」と浮かんだ。同時に「みのりの道教団に入信した理由もそれ?」という疑問も浮かんだが、言葉にはできない。慎も驚いた様子だったが、「そうでしたか」とだけ返す。「うん」と首を縦に振り、柿沼は言った。

「そんな訳でって言うのもおかしいけど、遠慮なく赤文字リストに入れて、別部署に飛ばしてよ。どこに行っても自分なりに信仰と向き合って、体が動く限りは本部の施設に通うつもりだよ。今回の捜査で、私は教団にダメージを与えるようなことをしてしまった。でも土橋先生は、『私自身の汚れに気づかせ、浄めの機会をくれた』と言って下さったんだ……三雲さん。言いたいことはあるだろうけど、心や体が弱ったり、何かを背負ったり抱えたりしてる人間にとって信じるものがあるっていうのは、すごく救いになるんだ。あんたも今の仕事を続けていくなら、弱ってたり抱えてるものがあったりする人を相手にすることになるでしょ? だから覚えておいてよ」

 三日前、遺体発見現場で初めて会った時と変わらない、ぶっきらぼうでタフな女刑事然とした口調と佇まい。それでもずんぐりした体は少し小さく見え、こちらに向けられた眼差しが哀しげに感じられるのは、気のせいだろうか。様々な思いが胸に去来し、目頭が熱くなるのを感じながらみひろは、

「はい」

 と返して深く頭を下げた。「よし」と呟き、柿沼は慎にも言った。

「阿久津さんには、とくにないよ。一番言いたいことは、夕方電話した時に言ったし」

「『あんた、何様?』ですか」

 即応した慎に柿沼は「ホント、さすがはエリートだね」と苦笑し、こう続けた。

「けど、そういうあんたに私は、自分と似たものを感じるよ。根拠はゼロ。強いて言うなら、刑事(デカ)のカンだ」

 そう告げて、柿沼は答えを求めるように慎を見た。しかし慎はまた「そうですか」と言い、薄く微笑んだ。すると柿沼は、「じゃ。さいなら」と身を翻した。みひろは慌てて「お疲れ様でした」と頭を下げたが、柿沼はすたすたと会議室を出て行った。

 今の柿沼さんの言葉。室長も、弱ってたり抱えてるものがあったりするってこと? 閉じたドアを何となく見つめ、みひろは思った。そりゃ監察係から飛ばされたんだから、当然か。納得しかけたみひろの頭に、一昨日教団の施設で会った信者たちの顔が浮かんだ。みんな口角を上げ、穏やかに微笑んでいるが目は笑っていない。

 わかった。あの笑顔、どこかで見たことがあると思ったら、室長の笑顔と同じなんだ。そう閃くのと同時に、みひろの頭に慎のもう一つの、自動車警ら隊の事案を調査した時に見せた、冷たく勝ち誇ったような笑顔が蘇った。ぞくりと、みひろの背筋を寒気が走る。

 室長には飛ばされた件とは別に、抱えているものがあるってこと? 柿沼さんはそれに気づいて、「自分と似たものを感じる」って言ったの? 急に慎が正体不明な、ひどく危険で近づきがたい人間に感じられる。一方で、慎が抱えているものが何なのか知りたい、放っておけないという強い思いが湧き、胸が熱くなった。

 背筋の寒気と胸の熱さ。相反する感情を抱え、みひろはぎゅっと拳を握った。

 


「警視庁レッドリスト」連載アーカイヴ

 

加藤実秋(かとう・みあき)
1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。『インディゴの夜』はシリーズ化、ドラマ化され、ベストセラーとなる。ほかにも、『モップガール』シリーズ、『アー・ユー・テディ?』シリーズ、『メゾン・ド・ポリス』シリーズなどドラマ化作多数。近著に、『渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ』、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』がある。
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