〈第17回〉加藤実秋「警視庁レッドリスト」

■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」

みひろが訪ねたアパート。
そこには思いも寄らぬ先客がいた。

CASE4 禁じられた関係:パートナーは機動隊員(4)


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 足を止め、みひろはアパートを見上げた。周囲は薄暗く、二階の左から二番目の窓には明かりが点っていた。 

 建物の脇の階段を上がり、等間隔でドアが並んだ通路を進んだ。目当てのドアの前で足を止め、ノックする。すぐにドアが開き、堤が顔を出した。

「どうぞ」

「どうも。さっきの件なんですけど」 

 話しながら、みひろは玄関に入った。コンクリートの狭い三和土(たたき)でパンプスを脱ごうとして、ぴかぴかの黒い革靴に気づいた。はっとして顔を上げ、堤の黒いポロシャツの肩越しに室内を見た。 

 玄関を上がったところに約三畳のフローリングの台所があり、その奥は六畳ぐらいの和室。みひろの想像通りの間取りで、和室の窓の前には、慎があぐらを搔いて座っていた。

「取引の相談をしています。三雲さんの話を伝えたら、『彼女にも、ここに来てもらって下さい』と言われたんです。すみません」 

 固まっているみひろに、堤は恐縮して説明した。一方慎は知らん顔で、何かの書類を読んでいる。 

 職場環境改善推進室から堤に電話すると、「退庁して浦安のアパートにいるので来て下さい」と言われた。みひろも急いで退庁し、電車でここに来た。 

 気を取り直し、みひろは部屋に上がった。堤の後ろから和室に入ると、慎が顔を上げた。

「お疲れ様です」

「どうも……『小用があるので』って、よく言うわ」

「また、頭に浮かんだことを知らないうちに口にするクセが出ていますよ」

「違います。今のは、わざと聞こえるように言ったんです」

「そうですか」 

 不穏な空気を漂わせてやり取りする二人を、堤が困惑して見守る。

「データを持ち込んだ人物を調べたそうですね。指示した覚えはありませんが、念のために聞きましょう。話して下さい」 

 書類に視線を戻しながら慎に告げられ、みひろは腹が立った。言い返そうとしたが堤に促され、部屋の中央に置かれたローテーブルの前に座った。 

 室内がボロいのも予想通りで、家具は必要最低限という感じだ。一方壁際には大画面の液晶テレビが置かれ、その前に複数のゲーム機とゲームソフトが並んでいた。 

 堤が「さっき買ったんで、ぬるくなっちゃってますけど」と渡してくれた缶入りのウーロン茶を一口飲み、みひろは話を始めた。

「電話で言った通り、伊丹さんは怪しいです。記録によると、六年前のコンビニATM不正引き出し事件で、ハッカー集団を逮捕したのは伊丹さんです。お金の引き出しに関わった暴力団の組員を追って隠れ家に踏み込んだら、そこにいたのはハッカー集団だったって流れ。後はサイバー犯罪対策課が引き継いだみたいですけど、伊丹さんとハッカー集団には面識があります。調べたら、主犯格の二人は実刑判決を受けて――」

「実刑判決を受けて服役し、既に出所していますね。不正アクセス禁止法違反の罰則は、三年以下の懲役または百万円以下の罰金と定められていますから」 

 書類を見たまま無表情に淀みなく、慎は言った。傍らにはノートパソコンがある。

「はい。主犯格の二人は、逮捕前は優秀なシステムエンジニアとプログラマーだったそうです。伊丹さんから頼まれるか脅されるかして、データ消去ソフトを作ったんじゃないでしょうか」 

 そう続け、みひろはローテーブルの向かいに座る堤を見た。

「伊丹係長が? あの人、機械全般が苦手で何かっていうと僕を頼るんですよ。問題のパソコンも『触ったことない』って言ってたし、どうかなあ」 

 そう返し、堤は首を傾(かし)げた。みひろは次に慎を見た。

「警備実施第一係にデータを持ち込んだのは、伊丹さんですよ。堤さんの代わりに私が結果を出しました。これで取引成立ですよね?」

「裏付けのない情報は、結果とは言えません。証拠を提示して下さい」 

 冷ややかに、慎は告げた。みひろが言い返そうとすると、慎は堤を振り向いた。

「伊丹はLINEのアカウントを持っていますね? パスワードを割り出してログインし、トーク履歴を確認して下さい」

「そんな。できません。立派なハッキングですよ」 

 うろたえ、堤は首を大きく横に振った。みひろも言う。

「そうですよ。これまでは世間話の延長で済ませられたけど、ハッキングは規則違反どころか犯罪でしょう」

「では、取引は不成立ですね。あなたの規則違反を報告して、泉谷巡査長ともども懲戒処分にします」 

 慎は返し、畳の上のバッグを引き寄せた。書類とノートパソコンをしまい、身支度を始める。それを堤が「待って下さい」と引き留め、みひろは焦りと怒りを覚えて口を開こうとした。と、ぎい、と金属の軋(きし)む音がして、みひろたちは振り返った。 

 玄関のドアが開き、泉谷が立っていた。赤いTシャツを着て、肩にデイパックをかけている。

「悪い。驚いただろ? この人たちは」 

 言いながら、堤が素早く立ち上がった。泉谷はスニーカーを脱いで部屋に上がった。

「この前会ったよ。職場環境何とか室の人だろ。てかお前、何やってんの? LINEはずっと既読スルーだし、電話にも出ないし。話し声がしたから外で聞いてたら、ハッキングとか取引とか言ってるし」 

 不審と不満が入り交じった顔と声で問いかけ、泉谷が和室に入って来た。その向かいに立ち、堤は返した。

 


「警視庁レッドリスト」連載アーカイヴ

 

加藤実秋(かとう・みあき)
1966年東京都生まれ。2003年「インディゴの夜」で第10回創元推理短編賞を受賞し、デビュー。『インディゴの夜』はシリーズ化、ドラマ化され、ベストセラーとなる。ほかにも、『モップガール』シリーズ、『アー・ユー・テディ?』シリーズ、『メゾン・ド・ポリス』シリーズなどドラマ化作多数。近著に、『渋谷スクランブルデイズ インディゴ・イヴ』、『メゾン・ド・ポリス5 退職刑事と迷宮入り事件』がある。
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◎編集者コラム◎ 『私はあなたの記憶のなかに』角田光代