出口治明の「死ぬまで勉強」 第3回 データで見る「低学歴の国」日本
働けど働けどGDPが上がらない日本。「日本人は勤勉である」とか「日本は高学歴の国だ」という“常識”は、すべてまやかしであることが、数字で見るとわかる。なにせ、日本の大学進学率は、OECDの平均にも満たないのだから……。
■「日本人は勤勉だ」といわれるけれど……
日本人は勤勉だといわれていますね。与えられた課題を、ときには時間を大幅に超過してでも仕上げ、しかもできあがった仕事のクオリティが高い、というわけです。いま問題になっている長時間労働は、勤勉さと裏腹の関係にあり、「好きで長時間働いているだけなのに、その何が悪いんだ?」と開き直る人も少なくありません。
でも、それは事実でしょうか。ちょっと数字で確認してみましょう。
OECD(経済協力開発機構)の統計によると、加盟36ヵ国(2018年5月にリトアニアが加盟しました)+2ヵ国(コスタリカ、ロシア)の38ヵ国中、日本の労働時間は22位で1713時間でした(2016年)。この数字は、アメリカ(1783時間)よりも少なく、OECD平均(1763時間)と比べても短いという結果になっています。日本人の労働時間は、海外と比べて多すぎる、というほどではないのです。
ただ、それは見かけ上の話にすぎません。この数字には、非正規雇用者も含まれているからです。厚生労働省が公表している「毎月勤労統計調査」の2017年分結果確報によると、事業所規模5人以上の勤務先で働く「一般労働者」(正社員)の月間平均労働時間は168.8時間、「パートタイム労働者」は同じく86.1時間です。この数字に12を掛けて年間の労働時間を計算してみると、前者はおよそ2026時間、後者は1033時間になります。
他のさまざまな統計からも、日本人の正社員たちは、年間2000時間以上労働していることは明らかです。
それで成果があがっていればいいのですが、経済成長率が先進国で最低レベルなのはご存知のとおりです。OECDは2018年3月に経済見通しを上方修正し、日本のGDP成長率を2017年1.7%(実績)、2018年1.5%(予測)、2019年1.1%(予測)と0.3~0.1%引き上げました。それ自体は喜ばしいことなのですが、アメリカ、ユーロ圏、中国と比べると、かなり見劣りがします。
IMFの「世界経済見通し」でも、日本の経済成長率の低さは際立っています。
「勤勉」を辞書で引くと、「仕事や勉強に一心にはげむこと」(広辞苑)とあります。労働時間が長くて成果(成長率)があがっていないのに、「勤勉」だといえるのでしょうか。もっとシンプルに労働生産性をみると、日本はずっとG7で最下位なのです。
2018年2月に、エデルマン・トラスト・バロメーター(※)が発表されました。その結果で面白いのが、「あなたがどの程度その組織や機関を信頼しているか」という質問に対する答えです。
調査対象となっている主要28ヵ国平均では、72%の人が「信頼している」と回答しています。つまり、100人の社員がいたら72人が自分の会社を信頼しているということですね。しかし、日本は57%しか信頼している人がいません。これは韓国と同率で最下位です。
じつはこれでも会社への信頼度は回復しているのです。2015年は40%、2016年は41%……と半数以下しか「信頼している」と答えた人がいませんでした。それにしても、世界で最下位というのは恥ずかしいかぎりです。
さて、この結果からいえることは、「日本人は会社に対するロイヤリティが低い」ということです。会社や組織に逆らうと、誰もが満足するようなことにはならないので、みんなが空気を読んで社風に合わせているけれど、心の中ではあまり信頼していない──。エデルマンのデータは、そういっているのです。
「日本人は勤勉だ」といわれているのはあくまでも見かけだけの話で、じつは日本人は面従腹背が非常にうまい人々だと見ることもできるのです。
※「エデルマン」とは
世界最大級の独立系PR会社。世界28ヵ国、3万人名以上(2018年実績)のオピニオン・リーダーに対して「トラスト・バロメーター」という調査を行っている。
■「全入時代」なのに伸びない大学進学率
「日本人は勤勉だ」という神話と同じくらい信じられているのが、「日本は大学進学率が高く、高学歴の人が多い」という説です。こちらも検証してみましょう。
日本の合計特殊出生率が「2」を割り込むようになったのは1975年からで(1966年に1.58になりましたが、これは丙午による一時的なものです)、子どもの数(15歳未満人口)も1982年以降、減少を続けています。
18歳人口を見ると、最も多かったのはベビーブーム期(1947~1949年)に生まれた層が18歳になった1966~1968年(ピークは1966年の249万人)。以降は減少トレンドに入り、第2次ベビーブーム期(1971~1974年)に生まれた層が18歳に達した1990~1993年(最多だったのは1992年の205万人)に少し盛り返したものの、現在は120万人程度で推移しています。
その一方で大学の数は高止まりしています。18歳人口が激減する一方で、大学の数は減っていないのですから、大学進学率は自ずと高くなっていても不思議ではありません。しかし実際には日本の4年制大学進学率は50%前後にとどまっています。
「とどまっている」と表現したのは、大学進学率自体は着実に向上しているのですが、他の先進国と比べると、かなり見劣りがする、ということです。
もう少し詳しく説明しておきましょう。東京オリンピックが開催された1964年、日本の大学進学率(男性)は初めて20%を超えました。30%を超えたのは1971年、40%を超えたのは1995年、50%を超えたのは2005年となっています。一方、女性の大学進学率は、1964年に5%程度だったものが、2000年には30%を超え、2007年には40%を突破しました。
その結果、男女を合計した4年制大学進学率は、1972年に初めて20%を超え(21.6%)、2009年に50%に達した(50.2%)のです。直近では2015年に51.5%、2016年は52.0%となりました。昭和40年代(1965~1974年)半ばまで10%台だった大学進学率が、半世紀弱のあいだに50%を超えるまでになったのだから、「日本という国は教育に力を入れているのだな」と思われるかもしれません。
ところが4年制大学進学率50%というのはけっして高い数字ではないのです。OECDの統計(2015年)によると、オーストラリアの94.9%を筆頭に、ニュージーランド(77.1%)、ベルギー(70.6%)、連合王国(イギリス 62.7%)、韓国(55.6%)など、主要国は日本(この統計では49.7%)を上回っており、わが国はOECD平均の57.3%にも達していません。順位は対象31ヵ国中23位でした。
ちなみにアメリカ、カナダなどは統計の基準が違うのでここには含まれていませんが、アメリカの場合、短大など短期の大学を含めた教育機関への進学率は85.8%に達しています。
では、大学進学率を、60%、70%と上げていくにはどうすればいいでしょうか。教育に関して政府(文部科学省)はさまざまな統計情報を集めるなどして検討していますが、いまだに「18歳人口をもとにした進学率」を重視しています。これは大いに疑問です。
大学進学率が高い国々では、「高校卒業後」だけでなく、「いったん就職してから」進学する人がけっして少なくありません。25歳以上で学士課程へ入学する人は、日本の2.5%に対してOECD平均は16.6%にも達しています。なかでもスイス、イスラエル、アイスランド、デンマーク、ニュージーランド、スウェーデンの6ヵ国は25%を超えており、「現役」(高校卒業即大学入学)ではないのがむしろ当たり前なのです(OECD「Education at a Glance」2017、文部科学省「2015年度学校基本調査」(日本)より)。
「18歳進学率」を中心に考えるあり方は、政府が推進しているリカレント教育(生涯教育)とも矛盾するところがあり、「木を見て森を見ない」議論のような気がしてなりません。いつでも大学に入って、勉強し直して、また企業に戻れるという、働き方改革をも含めて、大きな目で取り組んでいかなければならないと思うのです。そういった改革を通じて、「生涯の進学率」を上げていくべきではないでしょうか。
ちなみに、大学院進学率についてはさらに悲惨な状況にあります。2015年の日本の大学院進学率は8.4%でOECDの対象33ヵ国中32位。トップのポーランド(43.3%)は別格としても、平均(23.0%)にも遠く及びません。
国際機関で働きたいと思えば修士号を持っていることが最低条件になる場合が多いですし、アメリカなどの一流企業で採用されたいと思えば、それに加えて優秀な成績を収めていることが求められます。
日本では、大学院を出ていると就職に不利になるといわれますが、企業の採用制度を含めて根本から考え直さないと、大学を取り巻く環境はよくなってはいかないでしょう。
プロフィール
出口治明 (でぐち・はるあき)
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。 京都大学法学部を卒業後、1972年日本生命保険相互会社に入社。企画部などで経営企画を担当。生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したのち、同社を退職。 2008年ライフネット生命保険株式会社を開業、代表取締役社長に就任。2013年に同社代表取締役会長となったのち退任(2017年)。 この間、東京大学総長室アドバイザー(2005年)、早稲田大学大学院講師(2007年)、慶應義塾大学講師(2010年)を務める。 2018年1月、日本初の国際公慕により立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。 著書に、『生命保険入門』(岩波書店)、『直球勝負の会社』(ダイヤモンド社)、『仕事に効く 教養としての「世界史」Ⅰ、Ⅱ』(祥伝社)、『世界史の10人』(文藝春秋)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『本物の思考力』(小学館)、『働き方の教科書』『全世界史 上・下』(新潮社)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇』(文藝春秋)などがある。
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初出:P+D MAGAZINE(2018/07/25)