美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第5話 回想あるいは彼女が終活で見つけたもの

人気SM作家・美咲凌介による、書き下ろし掌編小説・第5回目のタイトルは、「回想あるいは彼女が終活で見つけたもの」。人生を終える時を想い、身辺を整理しようと行う「終活」。様々な思い出が蘇り、感慨に耽っていると……? 静かな共感を誘う一篇です。

彼女は、ずいぶん久しぶりに、死んだ夫の部屋に入った。微かに黴の匂いがした。今日は、夫の部屋の段ボールを二つ整理しようと決めている。

身辺を整理しようと思い立ったのには、理由が二つあった。一つは、世間で「終活」とやらが流行っているらしい、と知ったこと。もう一つは、自分が夫の死んだ年齢になったこと。

そろそろ死んでも不思議はない。

そう思ったのだった。

上から順に、男、男、女。三人の子どもたちは皆、独立して家を出ている。長男と末っ子の娘は無事結婚し、それぞれ孫も産んでくれた。次男坊だけは、三十九になっても未だ独身。だが、今ではそれも珍しいことではないようだし、なんとかやっていくのだろう。

金にも困っていない。年金と、もう長いことやっている翻訳の仕事の収入で、自分一人の暮らしは十分に立っている。夫の退職金も手付かずのままだ。

夫は、五年前に肺炎をこじらせて、六十八歳で死んだ。「ただの風邪だ、家で寝ていれば治る」と言い張って、すぐに病院で診てもらわなかったのが、悪かったのだ。結局、救急車を呼んで入院となってしまった。そのまま危篤に陥ったが、一度は回復の兆しもあった。そのときは、近いうちに退院して、また元気になると思っていた。

だが、夫のほうでは、死ぬということがわかっていたのかもしれない。ひょっとすると、死んでもいいと思っていたのかもしれない。

「これは、もうダメかもしれません」

いったん回復しかけて会話もできるようになったとき、夫はそんなことを言った。

「これでダメでも、まあいい。長患いするよりはいい。ただ、あなたが……」

夫は、彼女のことを「あなた」と呼んでいた。新婚当時は「君」と呼んでいたのだが、一年もしないうちに、「あなた」と呼ぶようになったのだ。なんだかおかしいので彼女が理由を聞くと、「これからは男女平等の世の中だ。妻が夫をあなたと呼ぶのなら、夫も妻をあなたと呼ぶべきです」などと言っていた。嘘ではなかったろう。もともと「進歩的」なものを喜ぶ人だった。子育てや家事の手伝いなども嫌がらないたちだったし、彼女が近所のスーパーマーケットで働いてみたいと言い出したときも、すぐに賛成してくれた。その仕事を辞めたあと、今やっている翻訳の仕事を見つけてきたのも、夫だった。

だが、本当のところは、もっと別の理由があったようにも思うのだ。それは、できるだけ妻との間に、一定の距離を保っておきたい――という、夫自身も気づいていない欲求からのことではなかったろうか。

「ただ、あなたが……」と言いかけたあと、夫はいったん口を閉じ、しばらくしてから、こんなことを言った。

「あなたは、ぼくよりもだいぶ頭がいいから、心配はないと思う。ただ、万が一のときは、できるだけ子どもたちの世話にならずに、暮らしなさい。子どもたちのことは、できるだけ放っておいてやりなさい」

そのとき自分がどんな返事をしたのか、もうはっきりとは憶えていない。「大丈夫ですよ」「すぐに元気になりますよ」――そんなことを言ったような気がする。「子どもたちの世話にならずに」という言葉には、どう答えたか。たぶん、「わかっていますよ」といった程度の、当たり障りのない返事をしたのではないか。

とにかくあのときは、夫が死ぬはずはないと思っていたのだ。だが、結局はそれが最後の会話になってしまった。そのまま眠りにつくと、眠っているあいだに容体が急変、みるみるうちに弱って死んでしまった。あまりにもあっけなかった。

押入れの下の段から、一つ目の段ボールを取り出すのに、ずいぶん骨が折れた。去年あたりから、すっかり腕の力が衰えたような気がする。だから――死ぬ準備を始めたことは、やはり良いことなのだろう。もちろんすぐに死ぬつもりはないし、どこといって悪いところもない。だが、夫は六十八歳で死んだ。あれから五年が経ち、自分も同じ歳になった。死んでも不思議はない。

段ボールの中は、書類でいっぱいだった。ほとんどが、小学生や中学生の使う教科書や、問題集のコピーだ。つまり、そんなに古いものではない。市役所を勤め上げた夫は、定年後、知人のやっている進学塾を手伝っていた。そのころのものらしい。全て捨てると決めて、どんどん箱の中から出していく。

と、底の方から、一通の分厚い封筒が出てきた。手紙かしら……と思って中身を取り出してみると、どれも写真だった。しかも、彼女の写っている写真ばかりだ。

そうか……。

こんなところにあったのか。もう、どれも古い写真ばかりだ。彼女が二十代だったころだから、だいたい四十年以上前のものばかりだろう。

どの写真にも、半裸の彼女が写っている。しかも、ほとんどは両の手首を縛られて、床にしどけなく倒れこんでいたり、椅子にぐったりともたれかかっていたり……なかには、床にひざまずいて両手を上に挙げ、やわらかな腋をあらわにしているものもある。

だが、本当に縛られているわけではない。よく見ると、彼女自身が、そんなポーズをとっているだけ。手首に縄はかかっていない。

夫に頼まれて、撮らせてやった写真だった。初めは、普通のカメラで撮ろうとしたのだ。それは、きっぱりと断った。

「写真屋さんで現像をするんでしょう? 恥ずかしいじゃありませんか」

そう言うと、夫は自分の小遣いで、インスタントカメラとかいうのか――写真屋に現像を頼まなくても、その場で写真ができるという、特殊なカメラを買ってきた。それで仕方なく、好きなように撮らせてやることになったのだ。

ずいぶん長い間、存在すること自体、忘れていた写真だった。見つかってよかった――と思う。こんなものを、自分の死後、子どもたちに見つけられたら、恥ずかしいなんてものじゃない。

安堵すると同時に、夫との夜の営みのありさまを思い出した。頬が火照ってきた。

ごく普通の男女の営みであったのは、結婚して一年ほどでしかなかったのではないか。その時期を過ぎると、夫は妙な要求をしてくるようになった。

「少し想像力を働かせてみませんか。たとえば、今夜は、あなたは売られてきた女奴隷で、ぼくはその主人ということにしてみては、どうだろう。おもしろそうじゃありませんか」

そんなことを言い出すときは、普段から丁寧な口のきき方が、いっそう丁寧になるのだった。

はじめは、もちろん断った。しかし、あまりにも執拗に頼んでくるので、最後には許してしまった。そのうちに、それが日常の営みになっていった。

「今日は、あなたは殿様に仕える腰元。父親が罪を犯したため、どんな要求にも従わなくてはならない身だ、ということにしましょう。ぼくは、とても意地の悪い殿様の役です。いいかい? とても意地悪な殿様ですよ」

「あなたは、高校の女の先生です。そして、あなたの弟がその高校に通っているのですが、レイプ事件を起こしてしまった。ぼくは、その高校の教頭です。これが悪い奴で、事件をもみ消してやろうと言って、あなたの肉体を要求してくるのです。」

そんな夫の言葉に、彼女自身も合わせるようになっていった。そして、実際の営みに入る前に、夫の足元にひざまずいて深々と頭を下げさせられたり、足の爪を切らされたり、腰や肩をマッサージさせられたり……

そのうち夫は、彼女にも同じような作り話を考えさせることを始めた。それで、彼女は毎日、「悪い魔術師にさらわれた女」だの「非道な暴力団員に囚われた少女」だの、そんな作り話をこしらえるのに、頭をひねることになった。

なんだかあまりにも不公平な気がしたので、こんなことを言ってやったこともある。

「いつも私ばかりいじめられる役というのは、おかしいじゃありませんか。たまには、私にも悪人の役をやらせてください」

そのときは、話し合いの結果、彼女が王国の女王で、夫は奴隷にされた敵国の王子ということになった。そして、無慈悲な女王が、王子をさんざん辱めるというのである。

だが、やはり気が乗らなかったのか、夫は――

「たいへんだ、女王様。奴隷たちの反乱が起きてしまいました。あなたは今や、囚われの身です」

などと言って、話をひっくりかえしてしまった。あとは、普段通り、夫の足元で四つん這いにさせられたり、命乞いの真似をさせられたり――

写真は、そのころに撮ったものだ。夫は捨てもせず、大切にとっておいたらしい。ともかく、見つかってよかった。さて、これをどうするか。

彼女は迷ったあげく、ほとんどを捨てることに決めた。だが、数枚だけは、捨てるに忍びなかった。とても美しく撮れているように感じたのだ。当面はどこかに隠しておくことにした。

頬の火照りが、少しずつ収まってくる。

それにしても、本当にバカバカしかったこと――

今、思い返してみれば、夫との夜の営みについては、そんな感想しか浮かんでこない。だが、そのバカバカしい営みの結果として、子どもたちを授かった。それも否定しようのないことだった。

子どもたちに対して、どこか醒めた気持ちが常に心の片隅に巣くっていたのは、そのせいだろうか。そんな思いが――子育てに大変だったころ、よく感じていたことが――久しぶりに、胸に蘇ってくる。

同年代の母親を見ていて、どうしてあんなに自分の子に必死になれるのだろう――と、よく感じていた。子どもたちが可愛くなかった、というわけではない。十分に愛情を注いでやったと思っているし、それぞれちゃんと大人になるまで育ててやった。だが、ぴったりと一つにはなれない、といった気分が常にどこかにあった。

夫の態度も、原因の一つかもしれない。

「子どもは、親とは別の人間だよ。自分の子だ、という気持ちが強すぎるのは、よくありません。他人の子を大切に預かっている、というくらいの気持ちで育てるのが、一番いいんです」

夫は、よくそんなことを言っていた。あれは本心からだったのか、それとも、心の全てを子どもに向けることのできない彼女のことを慮っての言葉だったのか――。今となっては、夫に問いただすこともできない。

だが、おそらく本心だったのだろう。夫は、子どもに対しても、少し改まった話をするときには敬語を使うような人だった。夫からすれば、自分の家族についても「自分のもの」という意識は希薄で、何かの縁で他人同士が寄り添っているだけ――そんな気持ちでいるほうが好ましかったのかもしれない。

だから、彼女が近所のスーパーマーケットに働きに出てみたい、といったときも、すんなりと賛成してくれたのだと思う。

別に家計が苦しいわけではなかった。ただ、外に出て、自分で収入を得てみたかったのだ。そして、自分で得た収入を、自分の好きなように使ってみたかった。とは言っても、その金で買ったのは、ちょっとした小物や本、それから夫や二人の息子たちへの誕生プレゼントといった程度のもので、残りは全て貯金に回してしまったのだが。

不倫をしてしまったのは、それがきっかけだった。相手はそのスーパーの店長で、くっきりとした二重瞼と、少し厚めの唇が、夫に似ていた。

夫にはない、あまりにもあからさまな、押しつけがましい愛情の表現に、つい体を許してしまった。一度許してしまうと、ずるずると十数回も、交わってしまった。

関係を断ったのは、やはり夫への疚しさが募ったため――そして、その男が避妊を厭うようになったためだった。子どもは二人で充分と、そのころは夫との営みでも、避妊するようにしていたのに。

男が避妊を嫌がるようになったのは、やはり愛情が――あるいは単なる征服欲か――徐々に嵩じてきたためのようだった。

「あんたに俺の子を産んでほしいんだ。嘘じゃない。本気でそう思ってる。そうなったら、俺は女房とは別れてもいい。あんたも旦那と別れてくれ。俺のものになってくれ」

俺のものになってくれ――そう言われたとき、なぜともなく、ぞっとした。その数日後、言い訳をこしらえてスーパーを辞め、男にも別れを告げた。そのときには、夫との営みのときの経験が役に立った。いつのまにか、作り話をするのが得意になっていたらしい。

「夫が気づいたみたいなんです。もしバレたら、あなたも危険なことになりそうで」

「あんたの旦那は、ただの公務員だろう。別に怖がることはないじゃないか」

「夫はいいんですけど、親戚に怖い人がいっぱいいるんです。とても乱暴で、一度なんか……あの、怪我人も出てしまって……」

そのあと適当に言葉を濁すと、男は、勝手に想像を膨らませ、勝手に怯えたらしい。その後、何度か夫のいないときに電話をしてきたりもしたが、やがて音信は絶えた。噂では、転勤になって、今はもうこの街にはいないと聞く。

問題は、何度か避妊なしで許してしまった交わりのことだった。もし、あのときに妊娠してしまったとしたら、夫との営みでは避妊を徹底している以上、どうにも言い訳のできない事態に陥ってしまう。といって、万が一本当に妊娠していた場合、中絶するのは嫌だった。

それで夫に、こう言ってみた。

「ねえ、あなた。私、もう一人、子どもを授かってもいいように思うんです。うち、男の子が二人でしょう? 今度は女の子が欲しくて。もちろん、また男の子かもしれませんけど……でも、なんだか私、今度妊娠するときは、女の子を授かるような気がしてならないの」

そうして、末の娘が生まれた。不倫相手の子か、夫の子かはわからない。おそらく夫の子だろう。あの男と避妊せずに交わったのは、わずか数回のことにすぎないのだから。確率の上では、ほぼ間違いなく、夫の子であるにちがいない。

しかし、確証はなかった。また、確証を求める必要もない。だからとにかく、夫の子だと信じることにした。

娘は、夫と同じ、くっきりとした二重瞼だった。また、夫と同じように、ふっくらとした厚めの唇を持っていた。だが、それはあの男も同じだった。夫とあの男は血液型も同じで……だから、もし事故か何かで娘に輸血が必要になるといった事態が起きても、特に問題はないだろう。

皮肉なことに、三人の子どもの中で、この末の娘が、一番夫になついた。中学生のころ、ごく短いあいだだけ軽い反抗期のようなものがあったが、それをすぎると、娘はますます夫と仲よくなった。

娘が愛情を正面からぶつける様子に、夫のほうが少し戸惑って見えるときがあった。そんなとき彼女は、例の不倫相手も愛情表現にてらいがなかったことを思い出した。そして、いろいろな意味でどぎまぎした。その込み入った思いの中には、娘に対する微かな嫉妬が混じっていたかもしれない。

「君は、本当に甘えるのが上手だね。お兄さんたちとは、そこがちがう」

夫が娘にそんなことを言うのをきくと、胸が騒いだ。

「甘え上手なのは、ぼくの遺伝だろう。ぼくも子どものころは、死んだ母親に甘えるのがうまかったと、兄貴たちからよく冷やかされたものですよ」

夫が続けてそう言うと、今度はほっと安堵した。

不倫のことを、夫は本当に何も気づかないままだったのだろうか。娘が自分の子であるということを、本当に夫は一度たりとも疑ったことはなかったのか。

娘が生まれてから夫が死ぬまでのあいだ、彼女の心のどこかに小さな棘が一つ、ずっと刺さったままだった。普段は、特に痛みは感じない。しかし、何かの拍子に――それもたいていは思いがけないときに――その棘がチクリと心の襞を刺す。その度に、彼女はふわっと身体が地面から浮くような、落ち着かない嫌な気持ちになった。

だから、夫が死んだときには、悲しみの中に、小さな安堵が紛れ込んできた。大切な人が死んだというのに、純粋な悲しみに浸れない。そのことがまた、悲しかった。

気がつくと、ずいぶん時間が経っていた。まだ段ボールは、一つしか片づいていない。今日は、二つ片づける予定だったはずだ。

「あなたは、計画性がある。そこが立派ですね。やっぱり、ぼくより頭がいいんだろうな」

夫も、よくそんなことを言ってくれていたではないか。彼女は、再び押し入れの中に頭を差し入れた。さっき取り出した箱の奥に、少し小さめのプラスチックのケースがあった。

段ボールではないが、今日のところは、これでもいいか。時間もだいぶ経ってしまったし。

そう思いながら、そのケースを引きずり出した。「段ボール二つ」というのは目安であって、とにかく片づけを少しずつ進めていけばいいのだ。

箱の中には、アルバムや日記帳、賞状、ノートなどが、きちんと整理されて入っていた。一つずつ取り出していく。見た記憶がほとんどない。だが、どれも彼女自身の幼いころのものだった。

なぜ夫の部屋の押し入れに?

彼女のものなのだから、彼女の部屋にあるはずだ。あるいは、彼女の実家に。だが、すぐに思い出した。あれは、まだ新婚のころ――夫が彼女のことを「君」ではなく「あなた」と呼び始めたころのことだった。

「あなたのことを、もっとよく知りたいんだ。子どものころのアルバムとか文集とか……あるだけ、ぼくに見せてくれませんか。もちろん、あなたが見せてもかまわないと思う範囲のもので……」

そんなことを言って、実家から持って来させたものだった。大切に整理して、ずっと保存していたらしい。

胃の辺りが、ほんのりと温かくなってきた。

アルバムは、小学校卒業時のものだった。彼女は、黒縁のメガネをかけ、長い髪を三つ編みのお下げにして、生真面目な顔をして写っていた。卒業文集もあった。パラパラとめくってみると、タイトルはどれも「将来の夢」となっている。自分の作文を探してみる。あった!

将来の夢

わたしの将来の夢って何かしら。いっぱいあるの。たとえば、お花屋さん。毎日きれいなお花に囲まれて、お花を大切にお世話して、そしてプロポーズする男の人だったり、病気のお母さんのいる男の子だったり、たくさんのお客様に花束を作ってあげます。

ケーキ屋さんになるのもいいな。ケーキ屋さんのケーキって、自分のところで焼いているのかしら。わたしに上手に焼けるかしら。きれいなケーキを、自分で考えるのもステキね。そして、私のお店だけのロマンチックな名前をつけるの。「死の甘い誘惑」とかね。

女の科学者にも、あこがれます。私はメガネをかけているので、男の子たちから「女ハカセ」っていう、変なあだ名をチョーダイしています。男の子って、本当に無神経。そんな男の子たちに、えらい博士になってフクシュウしてやりたい。私がノーベル賞をもらったら、男の子たちみんな、反省するかしら。

でも、名誉ばかり追いかける人生って、本当はむなしいのかも。それよりも、目立たないけれど、毎日立派なお仕事をする人生も、すばらしいと思います。そうね。たとえば動物園の飼育係さん。動物園に来るお客様たちの目には見えないところで、毎日動物のお世話をする。私は、できればおとなしい動物の係になりたいと思います。

ああ、夢がいっぱい。でも、私は知っています。本当は、私はとっても平凡な人生を歩むだろうってこと。きっとお年ごろになったら、お見合いをして、だれか男の人と結婚をするでしょう。そして、何人か子どもを産むことでしょう。だんだんに年をとっていきます。そして、いつかおばあさんになります。最後には死にます。ありきたりで、ささやかで、退屈な人生。たぶんそれが私の一生なのだと思います。

読み終えると、口元が微かに緩んだ。もう一度、アルバムに写っている自分の顔を見る。メガネをかけた真面目そうな少女が、じっとこちらを見つめている。

その少女に、彼女は心の中でそっと教えてやった。

「おバカさんねえ。どんなにありきたりの人生でも、どんなにささやかな人生でも……退屈だなんてことはないのよ」

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◆おまけ 一言後書き◆

この小説に出てくる作文ですが、わたし自身が小学生のころ、同じような作文を書いたことがあります。そのとき、今は亡き母は、「こんな夢のない意気地なしの作文を書くなんて、本当に恥ずかしい!」と、たいへんご立腹でありました。なつかしい思い出です。

2019年2月15日

プロフィール

美咲凌介(みさきりょうすけ)

1961年生まれ。福岡大学人文学部文化学科卒業。在学中、文芸部に所属し、小説や寓話の執筆を始める。1998年に「第四回フランス書院文庫新人賞」受賞。SMを題材とした代表作に『美少女とM奴隷女教師』『Sの放課後・Mの教室』(フランス書院)など。他に別名義で教育関連書、エッセイ集、寓話集など著書多数。

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初出:P+D MAGAZINE(2019/02/25)

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