ヤマ王とドヤ王 東京山谷をつくった男たち 第十一回 漂流する風俗嬢

 

体で払い続けた1年半

 

〈彼をナンバーワンにしてあげるために、シャンパンタワーをガンガンやり、何十万もする高いシャンパンをオーダーします。売り上げのいい新入りホストを蹴落とすため、誕生日会、昇格祭……と、惜しみなくお金を使います。そしてある日、貯金は尽きてしまいます。売掛もどんどん膨らんでいき、借金返済のために高級デリヘル嬢に転身、そしてついにはアダルトビデオ出演を決意します〉

 これは元タレントの坂口杏里が、昨年12月に出版した『それでも、生きてく』(扶桑社)の中で綴った一文だ。杏里は、2013年に亡くなった女優、坂口良子の娘で、その波瀾万丈な人生は、昨年6月に放送されたフジテレビの人気ドキュメンタリー番組「ザ・ノンフィクション」でも反響を呼んだ。

 ナツキの話に耳を傾けていると、そんな杏里の人生と微妙に重なった。
 ナツキもホストクラブに通い始めて間もなく、デリヘル嬢として働き始めた。それはセイヤから言われたこんな言葉がきっかけだった。
「目標があるんだ。このお店の会長に憧れていて、その人に認められて、ゆくゆくは自分の店を出したい」
 真剣な眼差しで語るセイヤの表情に心を打たれたナツキ。出店には昇格を重ねなければならず、そのためには月々100万円の売り上げが必要だと告げられた。
「そのお金を稼ぐにはどうすればいいの?」
 そう尋ねるナツキに、セイヤは一言。
「風俗しかないよね」
 本来はそこで踏みとどまるべきだったが、ナツキはそんな冷静さも失うほどセイヤに惚れ込んでいた。後日、喫茶店で、セイヤが紹介してくれた風俗店関係者と落ち合い、こう言い切った。
「どんな仕事でもします!」
 かくしてナツキは上京から1カ月後に風俗業に手を染めた。場所は都内のデリヘル店。出勤初日の衝撃は、今もナツキの脳裏に焼き付いて離れない。レンタルルームで店長から1時間ほどの講習を受けた後、「別の部屋でお客さんが待っている」と、すぐに実践させられることになった。相手は50代で細身、体毛が濃く、頭は薄かった。
「部屋に入ったら大きなキャリーバッグが見えたので、出張の人かなと思っていたら全然違いました。バッグの中には鞭、首輪、手かせ、ロープ、麻縄、三脚、カメラ……。『これ何ですか?』と聞いたら『今から使うんですよ』と。泣きながら相手しました。そしたらお客さんは涙に興奮するような人で……」
 時間は60分。料金は1万5000円で、ナツキには1万円が入る仕組みだ。
「その日はショック過ぎて、事務所に戻ってからも店長の前で泣きました」
 帰宅後、セイヤにそのことを話すと「そんなのは毎日ないよ。明日は大丈夫!お金は必要だから」と言いくるめられ、以来、「この客を乗り越えれば1万円!1万円!」と呪文のように唱えて我慢した。
 出勤時間は午前9時から午前1時まで。1日平均5人、多い時で10人を相手にし、それで稼ぎは月に100万円を超えた。帰宅はいつも終電で、それを過ぎれば始発まで事務所で仮眠を取った。
「体がきつかったです。当日欠勤すると、彼の態度が冷たく感じられて。朝、具合悪いと言うと、『仕事休むの?』という素っ気ない言葉に、休んじゃダメなんだって。それで相手の表情を意識するようになりました。嫌がっているなと思うと恐くて」
 店は客から言われれば本番もありだ。そんな生活が続き、やがてナツキは妊娠してしまう。中絶手術を受け、しばらくは同棲先のアパートで休暇を取った。ところがそんな時ですら、セイヤの態度は心なしか冷たく感じられた。
 いつ仕事に復帰できるのか。
 彼の目がそう訴えかけているようだった。
「稼ぎが止まると、今までみたいに甘えてくることもなく、かといって『体調大丈夫?』と心配されることもなく……。彼と冷めた関係になるのが辛かったので、早く仕事に復帰しなきゃという感じでした。今考えると、かなり彼にのめり込んでいましたね」
 そこまでするほど我を忘れてしまったナツキ。とにかく、セイヤに嫌われないよう、仕事を続けるしかなかった。どうしても体が不調の時は、出勤時間にアパートを出て、カフェや漫画喫茶でゆっくり過ごした。ところが帰宅して「財布を見せろ」と言われ、中身が変わっていないと説教をされた。時には平手打ちをされ、髪をつかまれた。
 おまけに、ホスト通いもしなければならない。特に月末のイベントには現金100万円入りの封筒を握りしめて入店し、セイヤの売り上げに貢献した。うずたかく積まれたグラスに、セイヤと一緒にシャンパンを注ぎ、ホストたちに囲まれてシャンパンコールを浴びた。
「1カ月だいたい150万円はホストクラブにつぎ込んでいました」
 ナツキはさらっと語る。東北にいた時は万単位での買い物をした経験がなかったのに、東京では使うお金が2桁も3桁も変わってしまった。
「あり得ない生活でしたね。ぶっ飛んでるって自分でも思っていました。金銭感覚が変わっているのも分かっていたし、どうなっちゃったんだろうと。東北とは真逆の世界に来ちゃいました」
 憧れた大都会での生活は、日を追う毎に、化けの皮がはがれたように現実が立ち現れてくる。
 ナツキのお金で、セイヤは毎回ナンバーワンになり、順調に昇格した。通い始めて1年半が経過した頃、セイヤは店の代表にまで上り詰めた。そして、責任者として新しい店を出せることが決まった。
 「夢を叶えてあげられたんだなって思っていたんですけど……」
 その時、ナツキはすでに病気に冒されていた。

◎編集者コラム◎ 『DASPA 吉良大介』榎本憲男
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