高殿 円さん『政略結婚』

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幸せを決めるのは自分

著者近影(写真)
高殿円

イントロ

ライトノベル出身の高殿円は、テレビドラマ化もされた 『トッカン─特別国税徴収官─』で一般文芸に進出ののち 『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』で時代小説に初挑戦した。 最新作『政略結婚』では江戸、明治・大正、昭和という三つの時代を舞台に 三人のヒロインの人生を追うことで、今を生きる読者に新たな道を示している。

 すべての始まりは、自身初となる新聞小説の依頼が舞い込んだことだった。

「最初は週一回刊行の子ども新聞で連載を、という話だったんです。うちには小学四年生の息子がいるんですけど、まぁ頭の中はドッヂボールかハンバーグのことしかない。小説を読むのは女の子のほうかなあと思って。彼女たちに時代ものをできるだけハードル低く読んでもらうためにはどうしたらいいだろう。女の子の一番好きなお姫様という入口から導いていったらいいんじゃないか、と考えました。昔の私が『人形劇 三国志』で物語の沼に落ちたように、今の女の子たちも歴史にハマらせたかったんです」

 構想を固めつつあった矢先、先方からの依頼が「日刊紙の時代もの枠があいたので、二ヶ月後には原稿を送ってほしい」とスケールアップした。通常はあり得ない締め切りだが、ライトノベル出身の血が騒いだ。

「毎月一冊、書き下ろしが当たり前でしたから」。ただ、あまりにも時間がなかった。 「昔の資料が多く残っていそうな大きな藩の中から取捨選択していったんですが、九州だと幕末色が強くなってしまうし瀬戸内だと海賊ものの有名な作品がある。金沢って意外と他の作家の方が手を付けていないし、穴場かもと思いました。加賀百万石のキラキラしたイメージはお姫様とも合いそうだったし、私が住んでいる関西からは特急サンダーバード一本で行ける(笑)。とにかく現地へ飛ぼう、と思ったんです」

 

旦那も子も亡くした女

 

 旅の同行者は、のちに新聞連載二一八枚の挿画を手掛け単行本の装画も描き下ろすことになる、漫画家でイラストレーターの白浜鴎だ。

「まず始めに立ち寄った金沢の郷土史資料館で、九谷焼の前から白浜さんがぴくりとも動かなくなりました。彼女はアメコミの表紙も描けるようなすばらしい画力の持ち主なんですが、九谷焼の華麗な色合いや図柄に触れて、感動していたんです。一年弱も絵を描いてもらう以上は、彼女の描きたいものを私も題材として提供するべきだし、九谷焼を小説のモチーフとして是非取り入れたいと思いました」

 資料の中から主人公に選んだお姫様は、江戸時代の後期に、加賀藩主の三女として生まれ大聖寺藩の藩主・前田利極に嫁いだ、勇だ。「第一章 てんさいの君」は、勇姫がお家存続のために尽力した日々を、九谷焼再興の歴史を背景に描き出す。

「勇姫は自分で結婚相手を選べず、旦那さんは早くに亡くなっている。お子さんも亡くして、自分とはなんのゆかりもない子どもたちをずうっと世話しています。彼女のプロフィールを箇条書きにすると、不幸な女性だったと思う人が多いかもしれません。でも、小説を読んでみると意外と幸せそうに感じられると思うんですよ。自分の生き方を選べなかったからといって、不幸ではない。そのことを一番、この話では伝えたかった」

 

外国では結婚後に浮気を勧める国も

 

 続く「第二章 プリンセス・クタニ」「第三章 華族女優」では、時代がくだりヒロインが変わる。

「物語の王道である三代モノにしたい、という思いがありました。ただ、よくある祖母、母、娘といった血縁関係以外で、三つの時代と三人のヒロインを繋げたかったんです」

 第二章の主人公は加賀藩の分家・小松藩藩主の子孫であり、明治の世で「華族」の身分を得た家に生まれた、万里子だ。枠にとらわれない発想力の持ち主で語学も堪能な彼女は、ヨーロッパを中心に世界的ブームとなりつつあった、ジャパン・クタニ(九谷焼)の輸出業に関わる。

「加賀藩の大聖寺とは違う別の支藩が、九谷焼の歴史においてどう関わってきたのかを書きたかったし、それまでは一人のお殿様のためだけに作られて献上されていた焼き物が、明治時代には日本を代表する輸出品になっていった。その変遷が、資料を調べていてすごく面白かったんです」

 そうした歴史的経過と共に語られるのは、万里子の結婚だ。「自由を得るためにはかならず、結婚しなくてはならない」。小松家の掟を「跡取り娘」である万里子は、簡単に払いのけることができない。

「当時万里子の育った外国では、結婚して跡取りを産んだらそれから恋愛すべし、という風潮でした。日本ではもっと厳しかったでしょうけれど」

 許嫁を選ぶか、好きな人を取るか。万里子は悩みながらも、自らの意志で運命を切り開く。

「時代が時代なので、第一章がやや硬い話になってしまった。だから、第二章はワーキング・ガールものとしても恋愛ものとしても、『はいからさんが通る』のような、みんなが好きでみんなが気持ちいい話にしてみました」

 最終第三章の主人公像は、前の二章とはまた大きく異なる。

「第一章の主人公は、ひたすら守る生き方をしています。第二章は生み出す、クリエイトする人の話です。だとしたら第三章の主人公は、破壊する人がいいんじゃないかなと思いました」

 主人公の花音子は、昭和恐慌の末に没落した華族の娘だ。家名を継ぐことになんの意味もないと考える彼女は、学習院に通いながら新宿のレビュー劇場で舞台に立ち、スターダムをのし上がっていく。章タイトルは、「華族女優」と付けた。

「没落したお姫様が身一つで成り上がっていって、さまざまな価値観を打ち壊していく。結婚どころか、恋愛のれの字も出てこない話です(苦笑)。彼女が一番悩んだのは母親との関係です。母親が娘に押し付けてくる価値観、呪縛をどうはねのけるのか。それって女の子の人生にとって、すごく大きなテーマだと思うんです」

 第三章で九谷焼がどのように登場するかも、読みどころだ。

 

婚活、保活は女性への呪い

 

 三つの時代を生きた三人の女性の物語は、通して読めば必ず、腑に落ちてくるものがある。

「三人の生き方はどれも間違っていないし、どの人生も魅力的だということを伝えたかったんです」

 こういう生き方をしなければいけない──と突きつけてくる圧力を、作者は「呪い」と呼ぶ。

「第一章の始まりから第三章の終わりまでで、約一二〇年が経っています。たった一二〇年で、結婚という制度に対する考え方や女性の生き方は、これだけ変わったんです。今の若い子たちがこれから作っていく時代ではまた価値観が変わっていくはずですから、誰かが決めた価値観をそのまま吸い取らないでほしい。それは前の時代からの呪いであって、絶対に守らなければいけないものではないんですよ。あなたの友人がアラサーになって急に婚活や保活なんていうできたばかりの言葉をチェックしはじめてもスルーして(笑)。自分で自分にかけてしまっている呪いについて、この本をきっかけに一度考えてみてほしいんです。江戸から明治・大正、昭和ときて現代のパートを空けておいたのは、四人目の主人公はあなたです、というつもりだったんですよ」

小説家自身も、かつて生き方に悩んだ時期があった。

「『トッカン』がヒットしたおかげで、お仕事小説ばかり頼まれる時期があったんです。それはそれで楽しかったんですけれども、みんなの期待に応えなければというプレッシャーとストレスでパンクしそうになったんですね。自分が周りから求められているものと、自分のフェティッシュをどう混ぜていくかという、バランス作りが一番大事なんだなと今は思っています。売れないと意味がない、ただし、書きたくなければもっと意味がない。その折り合いをつけながら書いていくのが、私の生きる道みたいなんです。作活はしません(笑)」

著者名(読みがな付き)
高殿 円(たかどの・まどか)

著者プロフィール

1976年兵庫県生まれ。2000年『マグダミリア三つの星』で第4回角川学園小説大賞奨励賞を受賞しデビュー。主な著作に「トッカン」シリーズ、「上流階級 富久丸百貨店外商部」シリーズ、『剣と紅 戦国の女領主・井伊直虎』など。2013年『カミングアウト』で、第1回エキナカ書店大賞を受賞。

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