読みもの

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第209回
「先ほどの遠藤証人への尋問で、塩素系漂白剤の成分である次亜塩素酸ナトリウムはDNAを破壊する、という証言がありました。次亜塩素酸は、法医学など検査や実験を行う現場ではどのような位置づけのものでしょうか」「次亜塩素酸ナトリウムは生化学の世界ではとてもなじみ深い試薬の一つで、検査室には何本もの容器が常備されています」「なぜ
大島真寿美『たとえば、葡萄』
どこからだって扉はひらく 小説とはふしぎなもので、うまれる時にはうまれてしまう。ここ数年、江戸時代の道頓堀界隈に脳内トリップしつづけ、あちらの世界に搦めとられ、あまりにも、あまりにも、どっぷりと浸りきっていたものだから、もう、江戸時代の小説しか書けなくなっちゃったかも? と危惧していたりもしたのですが、『結 妹背山婦女
作家を作った言葉〔第9回〕冲方 丁
 本稿を思案するに当たり色々とデビュー前のことを思い出そうとしたが、作家を志す上で必要とした言葉はなく、自然とそうしていたとしか言えない。が、実際に作家となる上で今も指針とする言葉はある。神話学者ジョゼフ・キャンベルの「あなたの至福に従いなさい」だ。至福とは、自分によってのみ見出される自分自身の究極的な「何か」だ。経済
大どんでん返し第22回
第22話 直島 翔「試験問題」 ホテル・ニューオークラの秘密の会議室に足を踏み入れるなり、円遊亭歌介は首をすくめた。師匠の罵声が飛んできたからだ。「十分も遅れるやつがあるか!」「いえね、歌楽師匠、ボディーチェックが厳しいんですよ。この部屋に通されるまで体中触られて、高座のネタ帳まで取り上げられちまったんでさあ」歌楽はあ
# BOOK LOVER*第9回* 上田慎一郎
 二十歳の頃、この本に出会った。岡本太郎の名言をまとめた一冊である。「怖かったら怖いほど、逆にそこに飛び込むんだ」「ぼくは絶対に成功しないことを目的にしている」「人生は積みへらしだ」「ぼくは、しあわせ反対論者なんだ」常識外れの言葉たち。しかし、人生の本質を突きつけられた気がした。高校二年の夏、手作りイカダで琵琶湖の横断
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第208回
「その二つの事件が、どんな風に科警研の退職に影響したんですか?」「よくぞ訊いてくれました」園山がにっこり笑う。「科警研ってね、全国の都道府県の科捜研の研究員たちが研修に集まる、科捜研より上位の組織なんですよ。DNA型鑑定の資格も、科警研の研修を受けないともらえないんです。言ってみれば日本の科学捜査の最高峰、総本山。あれ
ハクマン第91回
先日久しぶりにS学舘から漫画の新刊が出た。この媒体もS学舘なので伏せる必要はないのだが、S学舘のSがシットのSを表しているのはあまりにも有名なので一応伏せさせてもらった。編集に指摘される前から、コンプラを意識するのが令和のデキる作家である。ちなみにシットはもちろんファッキソガッデムシットのシットだ。開始から学びの宝庫…
畑野智美『若葉荘の暮らし』
コロナ禍で夢見た暮らし 一昨年の二月、私は世界が変わる音を聞いた気がした。知人との別れ際に「感染症がはやっているから気をつけて」と言い合ったものの、ことの大きさを理解していなかった。ただ、なぜか、そこを境目に元には戻れなくなることを感じていた。数日後、世の中の状況は急激に変わっていく。外出を控えるように言われ、楽しみに
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第207回
 休憩を挟んで開廷された。遠藤の席は空席になっている。「裁判員の皆さんに説明します。本日の残りの証人尋問は、綿貫さんの体内から採取された精子のDNAを争点としています。検察側は、精子のDNAは漂白剤によって破壊されているので鑑定結果は信用性が低く、精子のDNAに証拠価値はないと主張しており、弁護側は反対に、精子のDNA
辻堂ホームズ子育て事件簿
2022年8月×日 先月のエッセイ原稿を、「言葉が増え始めた娘が、『ゲラ』という単語を覚えた。」という一文から始めたところ、担当編集さんから「その件も非常に気になります(笑)」というメールの返信をいただいてしまった。仕込んだのは夫だ。ようやく喋ることに興味を示し始めた娘が、2文字の単語なら何でも真似してくれるようになっ
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
家の本、置くスペースなさすぎる問題 先日、八咫烏シリーズの作者である阿部智里さんとアフタヌーンティーに行った。阿部さんとは定期的にお茶する仲で、いつも面白い本や漫画を教えてもらう。「最近、ファンタジー小説を読みたい気分なんですよ」と言った私に、阿部さんが勧めてくれたのが海外児童文学の『アルテミス・ファウル』シリーズだった
夏川草介『レッドゾーン』
人は人を支えることができる 昨年、私はコロナ診療をとりあげた一冊の小説を上梓した。第三波を題材とした『臨床の砦』という名のそれは、圧倒的な不安や苛立ちの中で、ともすればコロナ診療から逃げ出したくなる自分を、なんとか踏みとどまらせ、精神の安定を保つための、いわば強壮剤であった。ゆえに完成した作品は、悲鳴のような様相を帯び
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第206回
「あなたは先ほど、漂白剤から次亜塩素酸ナトリウムが検出された、とおっしゃった。次亜塩素酸ナトリウムは消毒や殺菌などにも用いられる、われわれにとって比較的身近な化学物質です。しかし、鑑定作業においては一筋縄ではいかない存在としても専門家には知られている。時間経過した液体試料や液体をかけられ変色・脱色した乾燥試料からは検出
ハクマン第90回
現在私は漫画をフルデジタルで描いているのだが、デビュー当時はネームを紙に書き、それをファックスで送っていた。つまり私は団塊ジュニア世代で8050問題の50側、80サイドを担当してくれる年金受給者をメン募中、ということになるのだが、実際は団塊ジュニアに魚民で説教されているぐらいの年齢である。よって私がデビューした時にはネ
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第205回
「検察官、反対尋問を」能城が言った。「青葉が──」青葉が立った。「あなたは先ほどの主尋問で、煙草の吸い殻のDNA型鑑定を行ったときと、精子のDNA型鑑定を行ったときとは同じ条件だったとは言えないという回答をしました。その意味を教えてください」「はい。煙草の吸い殻のDNA型を鑑定したときは、採取された試料の管理状態は申し
作家を作った言葉〔第8回〕水野梓
 忘れられない光景がある。小学校の校庭に立つ泰山木。ゆったりと枝を広げ、夏が近づくとパカッと音を立てるように大輪の白い花を咲かせた。ある日、その泰山木から同級生の女の子が落ちた。木登りの上手な子で落ちるのもうまく、あちこちすりむいただけで「えへへ」と笑い、まわりを囲んだ同級生たちは賞賛の拍手を送った。私も一緒に拍手をし
# BOOK LOVER*第8回* モモコグミカンパニー(BiSH)
 学生時代、同じ大学生が主人公の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を手に取ったのをきっかけに私は村上春樹の作品を愛読するようになった。それまでは、村上春樹=難しいというイメージを持っていて、なんとなく遠ざけていた。けれど、今では村上春樹作品なしの人生はどんなものか想像がつかないほどだ。彼の作品を読んで
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第204回
13 公判前整理手続で綿貫絵里香の膣内から採取された精液のDNA型鑑定書の証拠採用を請求したが、検察側から不同意とされ、鑑定書を作成した遠藤が証人尋問されることになった。今度は志鶴が主尋問に立つ。「すでに遠藤証人の氏名、所属、資格、経歴等については先ほどの尋問で明らかになっておりますので省略します。あなたが令和×年三月