読みもの

武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
十年を振り返って 二年半ほど連載していたこのエッセイも、ついに今回で最終回を迎える。何について書こうかと悩んだが、やはり最後は自分の好きなものやこれまでについて振り返って書こうと思う。二十歳で作家デビューした私も、ついに三十歳である。デビューしてすぐの頃、一冊目以降本が出せなくなったらどうしようと怯えていたことを考える
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第223回
 映像が流される。増山の様子は前回の検事調べのときとは明らかに異なっていた。顔に血の気がなく、肩の筋肉が硬直し、唇がかすかにわなないていた。『──増山、君は綿貫絵里香さんの死体を遺棄したことをはっきり認めた。そうだな?』初回のときの表面的な甘さを一切かなぐり捨てた口調だ。増山は口を開き、一瞬ためらう気配を見せたが、上目
ハクマン第98回
もう年末だが、今年も特に何もなくただ肉体が1年老いただけだ。そう言いたいところだが、私は最近自分に「老化」の才能があることに気づいた。今年四十路になったのだが、どう見ても五十路、下手をすると還暦まで飛び級してしまっている。大器晩成というように、人間は死ぬまで成長期、まだ見ぬ才能にあふれている、おそらくあと数年もすれば「
英国つれづれ第2回
「ジーン・リーブさんですか? 私、去年、お宅にホームステイしていたKの友達で……ええと、大学で一緒なんです」こんなに流暢ではないしどろもどろの英語で、とにかく自分の立場を説明しようとする私に、彼女……ジーンは、受話器の向こうでじっと耳を傾け、ときおり、優しく相づちを打ってくれました。大丈夫、ちゃんと聞いてるし、ちゃんと
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第222回
『当たり前の話だけど、無実の人間を起訴したい検察官なんていない。もちろん君は黙秘していい。君が黙秘したままでも、起訴しようと思えばできる──』増山が顔を上げた。『できるよ。君が黙秘していても起訴することはできる。真犯人だから、やましいから黙秘しているんだろうという判断も当然あり得る。常識的に考えればわかるよね。君が黙秘
作家を作った言葉〔第12回〕宇佐見りん
 三作目を書いている頃、芥川賞について父方の親戚が祝ってくれたことがあった。祖父の葬儀以降集まる機会もなくなり、コロナ禍だからとZoomで開催することになった。Zoomをつないで飲み食いする会だとばかり思っていたら、ちゃんと式次第があった。伯父がつくってくれたのだそうで、それに沿って皆が作品の感想を述べたり、私から挨拶
麻宮 好『恩送り 泥濘の十手』
走る子ども 塾講師として働いていると、子どもの発言に度々驚かされる。今年の夏頃のことだ。「先生、〝かけっこ〟ってなあに?」え? と思わず訊き返していた。相手は小学四年生。「かけっこ」を知らないなんてことがあるだろうか。からかわれているのだろうか。だが、こちらを見つめる目に揶揄するような色はない。あくまでも真剣なのだ。授
# BOOK LOVER*第12回* 伊藤詩織
ことばって何だと思う? けっしてことばにできない思いが、ここにあると指さすのが、ことばだ。この数年、繰り返しページをめくった本がこの『詩ふたつ』だった。「花を持って、会いにゆく」「人生は森のなかの一日」という長田弘さんの詩2篇とグスタフ・クリムトの絵で構成された詩画集と出会ったのは、湯河原にあるブックカフェだった。雨の
大どんでん返し第25回
第25話 七尾与史「美味しいラーメンの作り方」 トラックが目の前に迫ってきた。顔を上げるとラーメンの湯気が目に入り込んできた。いつの間にかカウンターに突っ伏していたらしい。──怖い夢だったな。「記念すべき百杯目だ」厨房に立っている父親の茂雄が顎先でラーメンを指した。「百杯目? 今日オープンしたばかりじゃん」時計を見ると
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第221回
15 遅い昼の休憩を挟んで公判が再開された。ここからは岩切による検事調べ──弁解録取──の検証となる。まず映像が流された。三月十五日、増山が最初に検察庁へ送られた際に録画されたものだ。綿貫との接点についての供述が中心となる。時間は約三十分。柳井による取調べとは明らかに変化があった。室内が明るい。警察の取調室と異なり、窓
ハクマン第97回
昨日は2時間ぐらいしか寝てない。令和にもなって睡眠不足自慢とな?と驚愕されている方も多いと思うが、これが最近流行りの平成レトロというやつだ。しかし今日の日本には睡眠時間が短いことを嘆きながら顔のパーツを中央に寄せているやつが大量に出没していることだろう。これを書いている日の深夜0時より、ワールドカップの日本VSクロアチ
英国つれづれバナー
私がイギリスに1年間、語学留学することになったのは、22歳のときでした。医学部を4年まで終えたところで1年休学を決め、それまでちまちまアルバイトで貯めたお金をかき集め、現地の語学学校と連絡を取って入学を決め、飛行機のチケットを往復分押さえ(当時は、帰りのチケットを前払いで持っている、つまりちゃんと帰国する意思があると表
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第220回
 席に戻った増山に、綿貫の殺害を認める内容の供述調書を柳井が読み聞かせ、増山の手にボールペンを握らせ署名を迫ったことを、志鶴は訊ねた。柳井は灰原より上手にしらを切った。「では、先ほど一本目に映像が再生された三月十三日の取調べについてお聞きします。取調べの中で増山さんから秘密の暴露はありましたか」「ありました」「それは何
穂村弘『短歌のガチャポン』
それはもう限界超えたマイケル踊り 朝、ハイヒールの会社員らしい女性が、駅の通路にしゃがみ込んでいた。体調が悪いのかと思って、どきっとする。でも、違った。彼女はガチャポンを見つめていたのだ。硬貨を入れてハンドルを回すとカプセルがポンと出てくる、あれである。急に親近感が湧く。大人なのに、通勤の途中だろうに、そんなに本気のエ
辻堂ホームズ子育て事件簿
「ホームズ・アット・ホーム体験」2022年11月×日 カチャ、と小さな音がした。朝6時過ぎの薄暗い寝室。夫と私は寝ぼけ眼をこすり、布団から顔を出す。夫が驚いたようにこちらを向く。私はぼんやりと、いま何の音で起きたんだっけと考えている。私がベッドにいるのを視認した夫がドアのほうを振り返り、動揺した声を発する──「●●!
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
寂しがりたがり 私が結婚したのは去年の十二月末。その時に、「もしかしたら結婚について悩んでいる人達におすすめの本を教えてくださいというエッセイの依頼が女性誌あたりからくるかもしれないぞ!」と思い、オススメの恋愛本リストを密かに持っていた。だがしかし、一向に依頼が来る気配がない。これはもしかすると大事に大事に大事に温めす
額賀 澪『タスキメシ 五輪』
東京オリンピックの落とし前をつける、最初の一歩 2021年の夏、東京でオリンピックが行われている最中、会う人会う人から「あんた、目がギンギンで顔がバッキバキだよ?」と言われた。連日開催される競技の数々はもちろん、オリンピックに関連するありとあらゆる事象をこの目に焼き付けてやろうと、メディアというメディアに囓りついた。大
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第219回
「あなたは三月十二日のDNA型の鑑識結果をいつ知りましたか?」「その日のうちに」「その結果を知って、増山さんが綿貫さんの死体を遺棄した犯人だと疑ったんですか」「はい」「疑うというよりは確信に近かった?」「DNA型鑑定は確実な物証ですからね。はい」「先ほど一本目に映像が再生された取調べの前、三月十三日の任意取調べについて