読みもの

◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第205回
「検察官、反対尋問を」能城が言った。「青葉が──」青葉が立った。「あなたは先ほどの主尋問で、煙草の吸い殻のDNA型鑑定を行ったときと、精子のDNA型鑑定を行ったときとは同じ条件だったとは言えないという回答をしました。その意味を教えてください」「はい。煙草の吸い殻のDNA型を鑑定したときは、採取された試料の管理状態は申し
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第19回
第19話 18日目の湯豆腐 最近、周りの同世代の人々が急に、「昔のようにこってりしたものが食べられなくなった」と言い始めるようになった。これは特に男性に顕著な傾向だ。「上カルビは2切れで充分」「カツカレーはもう無理」そんなことを嘯く彼らは、一見そのことを嘆いているていだが、実のところちっとも嘆いてなどいないのだとわかる
作家を作った言葉〔第8回〕水野梓
 忘れられない光景がある。小学校の校庭に立つ泰山木。ゆったりと枝を広げ、夏が近づくとパカッと音を立てるように大輪の白い花を咲かせた。ある日、その泰山木から同級生の女の子が落ちた。木登りの上手な子で落ちるのもうまく、あちこちすりむいただけで「えへへ」と笑い、まわりを囲んだ同級生たちは賞賛の拍手を送った。私も一緒に拍手をし
# BOOK LOVER*第8回* モモコグミカンパニー(BiSH)
 学生時代、同じ大学生が主人公の長編小説『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を手に取ったのをきっかけに私は村上春樹の作品を愛読するようになった。それまでは、村上春樹=難しいというイメージを持っていて、なんとなく遠ざけていた。けれど、今では村上春樹作品なしの人生はどんなものか想像がつかないほどだ。彼の作品を読んで
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第204回
13 公判前整理手続で綿貫絵里香の膣内から採取された精液のDNA型鑑定書の証拠採用を請求したが、検察側から不同意とされ、鑑定書を作成した遠藤が証人尋問されることになった。今度は志鶴が主尋問に立つ。「すでに遠藤証人の氏名、所属、資格、経歴等については先ほどの尋問で明らかになっておりますので省略します。あなたが令和×年三月
ハクマン第89回
近い将来人間の仕事はAIに奪われるらしい。そんなものはくれてやれとしか思わないが、どうやら「AIに仕事を奪われ、お前らは餓死する」という脅しの意味らしい。そうだとしたら、人間が困ったことになるとすでに予想されているものを何故一生懸命開発しているのか。人間の仕事がなくなるということはそれだけ税金の世話になる人間が増えると
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第203回
「先生は、二つのDNA型が『検査した十六のローカスで完全に一致』した、とおっしゃいました。実際一つ一つのローカスを見るとピークの数と位置が完全に一致しています。この結果の意味するところは何でしょうか?」「ここからはDNA型鑑定の確率の話になります。たとえば血液を考えましょう。現実の鑑定はもっと複雑ですがここでは単純化し
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第18回
第18話 17日目のナイフとフォーク 昨晩、私はひとつの重大な失敗に気づいた。この部屋にはナイフもフォークも無い。ブリー・ド・モーを箸でちぎりブルーベリージャムと共につまみあげて食べていると、それはもちろんうっとりするほどおいしかっただけに、なんだかチーズに申し訳ないような気もした。これでは居酒屋で厚揚げに生姜をのせて
大どんでん返し第21回
第21話 横関 大「オンライン家族飲み会」 博(父)「……いやあ、なかなか盛り上がったな。せっかくこうして集まったんだから、何か面白いことをやらないか? うーん、そうだな。こういうのはどうだ? それぞれ家族にも話していない秘密の一つや二つ、あるんじゃないか。それをこの場で発表するんだよ」昌子(母)「面白そうね」七瀬(妹
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第202回
 モデル図では管のマイナス極からプラス極へとDNAの移動する様子を表す矢印が描かれ、プラス極の到達点を拡大した図には左右に二本、鋭い三角の突起が描かれ、プラス極に近い方に「7型」、もう一つには「12型」と書かれていた。「短い塩基のくり返し数が多いほどDNAは長くなり、重くなります。くり返し数が少ないほどDNAは短くなり
辻堂ホームズ子育て事件簿
2022年7月×日 言葉が増え始めた娘が、「ゲラ」という単語を覚えた。……という話はいったん脇に置いて、今日は子どもの睡眠について書いてみたいと思う。今から2年近く前、娘が生後7か月頃のこと。私の祖母と母が、自宅に遊びにきた。女4代揃って女子会(?)をしていると、ずり這いをして床を動き回っていた娘がぐずり始めた。お腹…
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
おなかは急に痛くなるもの 先日、胃腸炎になった。大の大人が腹を擦りながら四日間ほどベッドで寝込む状況というのは非常にテンションが下がるものだったので、こうなったらエッセイのネタにしてやる! と己を奮い立たせることにした。ちなみに大人になってから胃腸炎になったのは二年ぶり五回目だった。新鋭強豪校の甲子園出場くらいの頻度…
はらだみずき『太陽と月 サッカー・ドリーム』
『太陽と月』が自信作である理由 小説家は、自分にしか書けない作品を手がけたいと願うものです。そしてときに、「この話を書きなさい」と小説の神様に耳打ちされたような心持ちを抱くのです(あくまで僕の場合ですが)。自分の人生においてフックとなる体験は、ああ、このストーリーを書くためだったのか、と後になって思い至ります。新刊の『
手嶋龍一『武漢コンフィデンシャル』
秘色の物語を紡いで 『武漢コンフィデンシャル』の装丁も鈴木成一デザイン室が手がけてくださった。鈴木さんはいつも決まって「まずゲラを拝読してから――」と言い、作品を読み終わるまで引き受けてくれるのか分からない。著者にとって、この人が最初の関門なのである。本作は長江流域に広がる要衝、武漢が主な舞台である。近代中国の黎明を告
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第201回
 休憩後、一人目の証人尋問が始まった。足立南署刑事課鑑識係に所属する女性警察官だった。綿貫の遺体遺棄現場で煙草の吸い殻を採取し、証拠として保管して報告書を作成した。蟇目は、その一連の手続きが国家公安委員会規則である犯罪捜査規範に則(のっと)った適正なものであったことを証言させた。尋問の途中では綿貫から出血した血がついた
ハクマン第88回
「小栗くん童貞だったことある?」これはあまりにも童貞の気持ちがわかっていない、小栗旬に対して発せられた名言である。確かに小栗旬ともなれば生まれた時から童貞じゃなかった可能性は十分にある。しかし、我々は皆生まれる時に女性器を通過しているのだ。しかも、体の一部を入ったかと思ったら出す、どっちつかずな態度を取り続けた上に「や
長月天音『ほどなく、お別れです 思い出の箱』
変わるものと、変わらないもの 東京の外れに暮らす私は、時々無性に東京スカイツリーが恋しくなる。いてもたってもいられなくなり、つい足を運んでしまう。展望デッキまで上ることもあれば、下から見上げて満足するだけのこともある。スカイツリー周辺が舞台の『ほどなく、お別れです』の執筆中は、近隣を歩き回って作中の人物の気持ちを想像す
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第16回
第17話 16日目のパリジェンヌ 昨日暗礁に乗り上げかけた仕事上の問題は、午前中のうちにあっさり解決してしまった。企画に関わる私以外の人々が一斉に私の肩を持ってくれたのだ。最後には、件の責任者のさらに上の人間まで巻き込んでくれたという話だった。思わぬ大事になったな、と肝を冷やしたが、助けてもらえたことは本当にありがたく