読みもの

■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」
 5(承前)  ママに案内され、本橋はカウンターのみひろの隣に座った。 「突然すみません。監察係の本橋です。独身寮に行ったら、隣の部屋の人が三雲さんは多分ここだって教えてくれたので」 「そうですか。
気球とタコとBLM  以前、北極に鯨を追う捕鯨船が主役の冒険小説を手がけたことがあった。神秘的な北極の自然描写が素晴らしくて、その訳出に苦労させられたのだが、まさかそれと同じ苦労をこの小説『ワシン
始まりの木
「諸君、旅の準備をしたまえ」  我ながら、少し不思議な物語を書いた。変わり者の民俗学者とその教え子が日本各地を旅する物語である。格別奇をてらったわけではない。コロナ騒ぎでほとんど病院を離れられない腹い
いつも通りこの原稿を担当の催促を受けて書いている。 もはや漫画『刑務所の中』で、服役した主人公が刑務所の食事に対し「しかしまあ毎日忘れもせずメシをくれるもんだよなあ」と感心していた感覚に近い。よくもま
◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第2回
 とうとう半ば常軌を逸したニコデモは、船着き場に積み上げられた大きな木箱の上によじ登り、たったひとつ残された小僧の形見を歌い始めた。  花よ、花咲けよ、花は花咲くもんだなし。 ・・・・・・・・・・・・
夏川草介の新刊『始まりの木』 第1話まるごとためし読み!
第一話 寄り道  九月の弘前は、いまだ夏の名残りを濃厚に残していた。  時候はすでに秋の入り口だというのに、照りつける日差しはまるっきり真夏のそれで、駅のホームに光と影の濃厚な陰影を刻みつけていた。
Chiemon
陸から見る海の風景  2015年8月17日、山口県周南市の櫛ヶ浜へ行った。台風の影響でJR山陽本線のダイヤが乱れていた。徳山駅から1駅、5分足らずの近場だが、天候不良のため電車は1時間に1本もなかった
ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第43回
先日ツイッターで「最近の作家は編集者や出版社の愚痴や悪口、告発が多い。出版社側は敵ではない。協力し合わなければ余計出版界に未来はない」というような意味のつぶやきを見たような気がする。 これを言っている
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第107回
 後部のベッドへ移ると、鴇田は、向き合って座る萌愛にそっと手を伸ばし、髪の毛に触れた。癖のない髪は細く柔らかく適度なボリュームがあり──貧困層には珍しいことに──上質のシルクのような滑らかさを持ってい
■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」〈第14回〉
   1  ノートパソコンに目を向けたまま、三雲(みくも)みひろは机上のコーヒーの入った紙コップを取った。液晶ディスプレイに映し出された表には、「阿久津慎(あくつしん)」の氏名と職員番号、所属部署、階
◇長編小説◇藤谷 治「ニコデモ 風は思いのままに吹く」連載第1回
 昔むかしの大昔、日本が戦争に勝っていたころ、ある裕福な家に、一人の男の子が生まれた。両親はこの子をニコデモと名付けた。父母ともにキリスト教徒であったので、聖書にあらわれる名前から採ったのだった。  
思い出の味 ◈ 大島真寿美
「大島小姐~、許留山、つぶれちゃったらしいですよ、知ってます?」 「知ってる~。泣」  これは、約二十年ぶりに繋がった友人とのメッセージのやりとり。  許留山、というのは香港スイーツのお店の名前。私が
辛酸なめ子「電車のおじさん」第19回
 なぜ、鈴木先輩と奥野さんは一晩のアバンチュールに至ったのでしょう……。今まで玉恵は鈴木先輩のことをとくに美人だと思ったことはなく、いたって普通の30代女性だと思っていました。若さゆえの傲慢さで、内心
武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
 東京に引っ越して数年が経つが、ふとした瞬間に故郷の味が恋しくなる時がある。  実家に住んでいた頃は当たり前に得られていたものが、実は得難いものだったと気付いたのは最近になってからだ。  今回は京都に
■連載小説■ 加藤実秋「警視庁レッドリスト」〈第13回〉
 13 「続きは明日」と言って電話を切ったのに、一時間も経たずに慎から着信があった。みひろが出ると「奥多摩に出動です。今どちらですか?」と訊かれ、独身寮の近くで買い物中だと答えたところ、慎はすぐに車で
OsoroshiBakudan
恐ろしく自由な女──その名は乙子  いつの頃からか、会う人会う人に「お気楽でいいね」「自由だね」などと言われることが多くなった。むべなるかな。ノリで再受験した大学の途中から週刊誌の記者として働きはじめ
思い出の味 ◈ 伊吹亜門
 晴明神社が近い堀川今出川の角に、是空というラーメン屋があった。  通っていた大学の近所で、しかも当時私が下宿していたアパートの数軒隣だったこともあり、学生時代には足繁く通った店だ。鶏ガラと豚骨の濃厚