読みもの

武田綾乃「おはようおかえり 京は猫日和」 第4回「思い出の京の味」
結婚にまつわるエトセトラ 結婚しました。と友人にLINEグループで報告したところ、付き合いが長い子ほどビックリしていた。「嘘やろ!」「信じられん!」「それは実在の人物ですか?」など好き勝手言っていたが、報告した私自身もビックリしていた。なんせ、まさか自分が結婚する日が来るとは思ってもいなかったからだ。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第172回
「──捜査報告書についてお訊ねします」再主尋問に立ったのは世良だった。「捜査報告書を作成するタイミングというのはいつなのか、教えてください」主尋問同様、再主尋問の受け答えも志鶴はノートパソコンで速記した。「必ずしも決まっていません」意図を読み取ろうとするかのように世良の顔を見て、朝比奈は慎重に答える。「それはつまり──
ハクマン第74回
もう12月である。漫画家になってから1年が経つのが本当に早い。12回ほど「今月の締め切りが終わって今月の締め切りが始まる」というコブラ×まどマギコラボを開催すればいつの間にか終わっている。
若松英輔「光であることば」第9回
人生の季節 人の出会いにも似て、本との邂逅も突然にやってくる。書架にあるだけではその本と出会ったとはいえず、知り合いに会ったに過ぎない。人との関係がそうであるように本もまた、思わぬときにその秘密を語ってくれるようなことがある。吉田松陰(一八三〇〜一八五九)との関係もそうして生まれた。松陰自身の書物も彼をめぐって書かれた
◇長編小説◇白石一文「道」連載第15回
5 午後八時を回ったところで、堀米が保坂に電話した。我孫子工場に関するあらましを伝え、途中で手の中のスマホを対座する功一郎の方へと差し向けてくる。結局、功一郎が保坂に詳しい説明を行った。「すべて了解。いまから長谷川さんに連絡して明朝一番で本社に来て貰うことにするよ。橋本君の名前は出さないからご心配なく。結果は、聴取が終
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第171回
 公判前整理手続で証拠調べ請求をして裁判官に排除された証拠を法廷で取り調べることはできない。法廷で取り調べられる証拠は基本的に、公判前整理手続で証拠調べを請求して裁判官が認めたものだ。それ以外の証拠を示すことはできないと考える弁護士も少なくない。が、一定の条件を満たせばそうでない証拠も法廷に提示できると刑事訴訟規則に規
深明寺商店街_第2話
「下のほうに広場がある」と幸福の王子は言いました。「そこに小さなマッチ売りの少女がいる。マッチを溝に落としてしまい、全部駄目になってしまった。お金を持って帰れなかったら、お父さんが女の子をぶつだろう。
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第3回
第3話 5日目の小鍋とフライパン 明後日が締め切りのちょっとした大仕事が、昼過ぎにはもう片付いた。今日は良く頑張った。仕事の単価がやや低いのは少々問題だが、それでも私は良く頑張った。そして生活にはメリハリも必要だから、今日はこれから美術館に出かけることに決めた。1週間ぶりのまともな外出だ。
第10話 小川 哲「矜持」 「記事を書いたのはお前だな」タクシーを降りたところで、背後から男にそう声をかけられた。深夜まで続いた入稿作業を終えて、会社から帰宅したところだった。僕は後ろを振り返った。コートを着た体の大きい男が立っていた。
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第170回
「関連性はあります。刑事訴訟規則199条の6──"証人の供述の証明力を争うために必要な事項の尋問は、証人の観察、記憶又は表現の正確性等証言の信用性に関する事項及び証人の利害関係、偏見、予断等証人の信用性に関する事項について行う"。今の質問は証人の証言の信用性に関する事項です」能城は左右の裁判官と小声で話し合った。「異議
思い出の味 ◈ 佐原ひかり
たこ焼き研究会 大学時代、私はたこ焼き研究会に所属し、会長を務めていた。プロ用の道具を揃え、秘伝のレシピを元に粉から生地を作り、月に最低でも二回は特訓を行い「至高のたこ焼き」を追求していた。と、これを言うと、「えー、ほんなら今度たこパやろうや」とその腕とレシピを期待され誘われることが多い。当然だ。でも無理だ。毎回食い気
ハクマン
現在、漫画を全てデジタルで描いている作家は珍しくないし、その多くがクリップスタジオというソフトをしている。記録方法がアナログからデータに移行し、データなら半永久的に残るというイメージがあるかもしれないが、データを保存する媒体の寿命が意外と短く、媒体の長持ち度だけで言うとフィルムの方がまだ上ということもあるらしい。
◇長編小説◇白石一文「道」連載第14回
4 広い芝生に人の姿はまばらだった。ここ「利根川(とねがわ)ゆうゆう公園」に来るのは八ヵ月ぶりくらいだろうか。〝前の世界〟にいた頃は我孫子(あびこ)工場から車で十分ほどのこの場所へよく足を延ばしたものだ。コロナが蔓延するまでは夜勤中心のシフトだったから、仕事から戻ってきた碧(みどり)とバトンタッチをして、夕方に松葉町の
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第169回
 二人目の証人は警視庁捜査一課に所属する朝比奈(あさひな)という女性刑事だった。三十代半ばくらいだろうか、顎のラインまでの髪の毛を七三に分け、がっしりした肉体をグレーのパンツスーツが覆っている。盛り上がった頰(ほお)の血色がよい。蟇目が初めて主尋問に立った。朝比奈は、死体となって発見される前夜の九月十四日、つまり殺害さ
◇ショートストーリー◇稲田俊輔「キッチンが呼んでる!」連載第2回
第2話 4日目の炊飯器 朝ベッドの中で、昨晩ほろ酔い気分でうっかり追加のトーストを焼いてしまったことを少しだけ反省していたら、唐突に母のことを思い出した。子供の頃、トーストを食べるために冷蔵庫からいちごジャムを取り出してきてパンに塗ろうとしたら、姿見の前で出かけ支度をしていた母にいきなり窘められた、そんな思い出だ。
大どんでん返し第9話
 侍女が恭しく部屋の清掃の許可を求めた。姿見の前に立つ男は一瞥もくれずに促す。掃除などどうでもよかった。頭の中は今なお続く戦争の始末と、自身の進退でいっぱいであった。
辻堂ホームズ子育て事件簿
2021年11月×日 今日は、第2子の出産予定日だ。その第2子は、予定日2日前に生まれた。つまり今、私は生後2日目の息子とともに入院している。(「生まれました!」と喜びいっぱいに報告するのもなんだか気恥ずかしく、紛らわしい書き方をしてしまい、すみません。)
河﨑秋子『絞め殺しの樹』
子鹿の死に方と死なない白猫 よくある話で恐縮だが、動物が死ぬ話に弱い。嫌いではなく、涙腺の耐久値が低く、気を抜くとすぐに泣いてしまう。その最初は、忘れもしない、子どもの頃に見たアニメ『子鹿物語』だ。