藤岡陽子『春の星を一緒に』

藤岡陽子『春の星を一緒に』

人は最期の瞬間まで幸せを感じることができる


 物語の主人公は40歳のシングルマザー、川岸奈緒です。彼女は高校生の息子(涼介)、80歳の父親(耕平)と3人で、京都府の丹後半島で暮らしています。

 奈緒が離婚したのは7年前で、原因は夫の浮気。しかも夫は不倫相手との間に子どもまで作り、一方的に離婚を突きつけてきました。

 かつてそんな地獄を見た奈緒ですが、涼介を連れて耕平の元に戻ってきてからは看護師として懸命に働き、生活を立て直してきました。それまで東京育ちだった涼介も母の故郷ですくすくと成長し、耕平もそんな孫息子を優しく見守ってきました。

 ところが、苦しい時期を乗り越え、つましくも楽しい暮らしを送ってきた3人家族に大きな試練が訪れます――。

 この物語を書いていた1年前、私の父親が亡くなりました。末期の胃癌で、手術や抗癌剤の投与などせず寿命を全うしました。

 実は私と父親には確執があり、昨年まで20年近く疎遠になっていました。私の両親は離婚していて、父親は他の女性と再婚していたので会いたくなかったのです。

 ですが私は覚悟を持って、父親が入院する緩和ケア病棟に見舞いにいきました。本当に最期となるその時、私たち親子は和解し、その数日後に父親は旅立っていきました。

『春の星を一緒に』にも、奈緒が働く緩和ケア病棟が登場します。私は本作で、命の終わりについて書こうと決めました。人生という長いうねりの中では、いいことも悪いこともあって。でも最期の瞬間に「いい人生だった」と思えたなら、その人の人生は幸せだった、最高のゴールだったと言えるに違いない。

 そんな確信を本作には込めています。

 この物語の前身は、2017年に刊行した『満天のゴール』です。この時に登場した人物たちが、7年ぶん年齢を重ねたところからスタートしています。ですが続編というわけではないので、前作を読んでいなくてもまったく問題ありません。

 いまから数年前のこと。『春の星を一緒に』のプロットを書き上げ担当編集者さんに送ったら、「藤岡さん、泣きました! プロットなのに涙が出ました」と返事が届きました。

 ただ悲しいだけの物語ではありません。

 人が人を想う気持ちがあふれる物語です。 

 登場人物たちの人生が、これからもずっと、読者のみなさんの心に残り続ける物語です。

 ぜひ読んでいただければ嬉しいです。

  


藤岡陽子(ふじおか・ようこ)
1971年京都府生まれ。同志社大学卒業。報知新聞社を経て、タンザニア・ダルエスサラーム大学留学。慈恵看護専門学校卒業。2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。21年『メイド・イン京都』で京都本大賞受賞。24年『リラの花咲くけものみち』で第45回吉川英治文学新人賞を受賞。その他の著書に、NHKでドラマ化された本作の前編ともなる『満天のゴール』、『海とジイ』『手のひらの音符』『きのうのオレンジ』など。現在も看護師として勤務を続ける。

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春の星を一緒に

『春の星を一緒に』
著/藤岡陽子

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