「大統領暗殺未遂事件」を扱った作品がアメリカでベストセラー-ブックレビュー from NY【第2回】
アメリカ人が愛した茶目っ気
さて、この本がなぜ今、長期間のベストセラーなのか?
まず、オライリーと出版社のマーティングの正確さ、上手さを感じる。書けば必然的にベストセラーになるだろうと狙い撃ちしたような作品である。2016年は大統領選挙の年だ。大統領について、最もセンセーショナルな話題は何といっても暗殺である。アメリカ人にとって、大統領暗殺はリアリティのある話だ。リンカーン、ガーフィールド、マッキンリー、ケネディの4大統領が現に暗殺されている。そして、暗殺未遂に遭遇したのは、ジャクソン、そして、本書のレーガンの二人である。
本コラム筆者が大統領選に絡んで《大統領暗殺》を思い出すのは、2008年の民主党予備選である。オバマ候補に追い越されて不利な戦いを強いられたヒラリー・クリントン候補は、予備選終盤にロバート・ケネディが暗殺されたことを引き合いに出し、オバマ候補の暗殺を予想するような発言をした。それは致命的な失言であった。
ヒラリーはオバマ陣営のみならず共和党陣営からも強い批判を受け、オバマやケネディ家に謝罪した。当時、ヒラリー支持と予想されていたエドワード・ケネディ上院議員は、陣営の期待を裏切ってオバマ支持を発表し、彼の指名戦勝利に大いに役立った。
ヒラリーとは逆に、レーガン大統領は自身の暗殺未遂事件後、持ち前の明るさで世論をポジティブに導いた。この事件で被弾し、病院での弾丸摘出の緊急手術の前、レーガンは医師たちを見ながら「皆が共和党員だといいのだがねえ(注6)」と言って笑わせた話は有名だ。この時の執刀外科医は民主党員だったのだが、「大統領、今日一日われわれはみんな共和党員です(注7)」と返答してレーガンを喜ばせている。レーガンは当時70歳としては驚異的なスピードで回復し、事件から約10日後に退院した。
またレーガンは手術前、妻のナンシーに「弾をよけるため、身を屈めることを忘れたよ (“Honey, I forgot to duck.”)」とジョークを言うなど陽気な面を見せた。このセリフは1926年、ボクシングヘビー級のタイトル戦でチャンピオンのジャック・デンプシーが挑戦者ジーン・タニーにパンチを食らって不意の敗北を喫した時に妻に言った《言い訳》を引用したものである。大統領選挙戦の頃から見せていたレーガンのこうした機智や茶目っ気、そして楽観主義は全米を魅了し、再選では、カーター政権の副大統領だったモンデール氏を相手に歴史的な地滑り勝利を収めた。
政策の失敗やスキャンダルなどでレーガン・ホワイトハウスは叩かれたが、レーガン大統領に対する高い支持率は最後まで急落することがなかった。その要因は、レーガンの「憎めない人柄」に拠るところが大きかったと筆者は解釈している。本作の評価とは無関係に、アメリカ人が今も慕う偉大な大統領である。
(注6) “I hope they are all Republicans.”
(注7)“Mr. President, today we are all Republicans”
佐藤則男
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。
初出:P+D MAGAZINE(2016/01/15)