注目の「イスラム国テロ小説」とは?アメリカのベストセラーランキングと共に紹介!|ブックレビューfromNY【第9回】

先月のリストと比べると、3作品が10位以内に残っている。“The Girls”と“End of Watch”, そして先月レビューを書いた“Before the Fall”だ。

注目はロングセラーの2作品、“The Nightingale”と“All the Light We Cannot See”が10位以内に再登場したことだ。この2作品と先週6位の“The Girl on the Train”は、このコラムの当初からベストセラーに入っていて(10位以内に入っていない場合でも)、ロングセラーを競い合っている。“The Girl on the Train”は先週の6位から落ちたものの、今週は19位でまだベストセラー圏内に入っている。

《姉妹》を主人公にした小説が2作品(“First Comes Love”と “The Nightingale”)入っているのも目を引く。“Vanity Fair”という有名な月刊ファッション・カルチャー誌があるが、今年の5月号は《姉妹特集》だった。イギリスのエリザベス女王と妹のアン王女、ジャクリーン・ケネディ・オナシスと妹のリー・ラジビウなど、様々な分野のパワー姉妹の記事を写真入りで載せている。姉妹間の絆や愛情、確執やライバル意識など複雑な女性同士の関係をテーマにした物語はフィクション、ノンフィクションを問わず読者の興味を引くのだろうか。

ジャーナリストから小説家へ

本コラムの筆者が選んだ1冊は、ダニエル・シルバのThe Black Widow”だ。先週ベストセラー初登場で1位、今週も1位の座を守っている。この作品は、世界中で深刻な政治・社会問題になっているイスラム国によるテロ事件や戦闘員リクルート活動をテーマにした小説だ。

作者のダニエル・シルバはUPI通信社やCNNでジャーナリストとして働いた。彼の小説はジャンルとしてはスパイ・サスペンスだが、綿密な取材やリサーチに基づき現代の政治・社会情勢を深く掘り下げた描写が特徴だ。シルバは1984年、カリフォルニア州立大学大学院で国際関係を学ぶかたわら、サンフランシスコで行われた民主党大会を取材するジャーナリストとしてUPI通信社に臨時採用された。UPIに正式雇用された後はワシントンの本社勤務を経て中東特派員としてエジプトに赴任、イラン・イラク戦争の取材を中心に活躍した。その後CNNワシントンDC支局に移り、政治討論番組(“Crossfire”, “Capital Gang”,など)のプローデュ―サーを務めた。

シルバの妻のジェイミー・ガンジェルはCNN特派員。シルバとガンジェルはともに中東特派員だった時に知り合い、後に結婚した。

1996年に出版した最初の小説“The Unlikely Spy”邦題:マルベリー作戦)がニューヨーク・タイムズのベストセラー入りを果たしたのをきっかけに)[2]、シルバはCNNを退職して執筆活動に専念することになった。今回紹介する最新作も含め、今までに19作品を出版している。1年に約1冊のスロー・ペースの作家だが、すべての著作がニューヨーク・タイムズでベストセラー入りを果たしている。特に2008年の“Moscow Rules”以降に出版されたものは、1作品を除き[3]すべてがベストセラー1位を獲得している。

2000年出版の第4作目“The Killer Artist”以降の小説は、最新作の “The Black Widow”も含め、すべてイスラエルのスパイであり美術修復師のガブリエル・アロンを主人公としたシリーズだ。

黒い未亡人(The black widow)

物語はフランスから始まる。パリのアイザック・ワインバーグ・センターが反ユダヤ主義に関する会議開会直後に爆破され参加者全員が死亡、巻き添えで多数の死者、負傷者を出した。爆発の規模が大きかったため付近を走っていた地下鉄が脱線、200人以上の乗客がけがをした大惨事であった。実行犯の男女2人は、爆弾を搭載した車をセンターのそばに駐車し、遠隔操作で爆破させた。爆破後、現場に戻った犯人たちは、まだ生きている被害者を見つけると一人ひとり射殺、参加者全員の死亡を確認してからバイクで逃走、その後国外脱出が確認された。周到に準備、実行されたテロだった。

この事件で殺された、アイザック・ワインバーグ・センターの設立者で代表のハンナ・ワインバーグは、アウシュビッツのユダヤ人収容所で死んだ祖父アイザックの名を冠したセンターを10年前に開設した。ハンナはフランスにおける最近の反ユダヤ主義を調査する第一人者だった。ハンナの死後、祖父から受け継いだゴッホの絵を彼女が所有していたことが分かったが、遺言により、この絵はイスラエルのスパイのガブリエル・アロンに遺されることになっていた。

フランスの国家警察や国家憲兵(gendarmerie)が逃亡した犯人探しに躍起になっている間、次のテロを未然に防ぐための活動をしている組織があった。フランスのDGSI(国内治安総局)の中に作られたアルファ・グループと呼ばれる秘密対テロ組織だ。それを率いる元ソルボンヌ大学の教授ポール・ルソーは、爆破の周到な準備の裏には、実行犯とは別の首謀者(“Mastermind”)がいるはずだと考えた。しかし、首謀者に関しては《サラディン》と呼ばれているという以外、一切情報がなかった。

パリの爆破事件はイスラム国(ISIS)[4]のテロであることが確実となった。実行犯の女性はアルジェリア系フランス人で、イスラム教徒ではあるが、元々はイスラム国とも政治活動とも無縁であった。しかし、イスラム国の戦闘員だった恋人が爆撃で死んだため仇を取るつもりでイスラム国の戦闘員リクルートに応じてテロ実行犯になったものとみられた。彼女のようにイスラム国の女性戦闘員の多くは、恋人や夫を戦闘や爆撃で亡くした、いわゆる《黒い未亡人》なのだ。

アルファ・グループのルソーは、《サラディン》の正体やフランス国内外のイスラム国テロリスト・ネットワークの実態を暴くためには、公にはすでに死亡したとされている《レジェンド》と呼ばれたイスラエル人スパイ、ガブリエル・アロンの助けが必須だと考えた。実は生きていたアロンは、フランスとイスラエルの駆け引きの末に、フランスのアルファ・グループに協力をすることになった。

パリの爆破事件と全く同様の手口でアムステルダムでも爆破が起こり、その後イスラム国が流したソーシャル・ネットワークの映像には、アムステルダム爆破事件とパリ爆破事件の女性実行犯2人が登場した。アムステルダム爆破の実行犯も《黒い未亡人》だった。2人は同じ人物から戦闘員になるようにリクルートされたものとみられた。リクルーターと2人の《黒い未亡人》を結びつけたのは複雑に暗号化された闇サイトのネットワークであることが推測された。

ガブリエル・アロンは、暗号化した闇サイトによって固く守られているヨーロッパにおけるイスラム国のテロ・ネットワークやその首謀者の実態を探るためには、スパイをイスラム国内部に送り込むことが必要だと考え、イスラエルの病院で働くフランス育ちのユダヤ人女性医師、ナタリー・ミズラヒをスパイとして訓練した。

訓練を終了したナタリーは、パリ第11大学(Université de Paris-Sud)卒のパレスチナ人の医師にとしてパリ郊外の病院で働き始めた。急進的な政治活動家だったイスラム教徒の恋人がヨルダンの政治刑務所で牢死したため復讐心に燃える《黒い未亡人》という設定だった。アロンの思惑通り、イスラム国の戦闘員リクルーターから闇サイト経由でナタリーにアプローチがあり、彼女は戦闘員になることを承諾、シリアのイスラム国支配地域に訓練のために送り込まれた。

そして徐々に、《サラディン》の恐るべき多発テロ計画が明らかになってくる。フランス、イスラエル、ヨルダンを中心にイギリス、米国の諜報機関が協力して、迫りくる多発テロの防止とナタリー救出に総力を挙げるのだが……。

[2]5週間、最高位13位

[3] 2011年出版の“Portrait of a Spy”は2位が最高位。

[4] 日本では《イスラム国》とかIS(Islamic Stateの略)という表現が一般的に使われているが、この小説では一貫して米国内で一般的に使われているISIS(Islamic State of Iraq and Syriaの略)という表現を使っている。本コラムでは、日本の一般的表記に従い《イスラム国》の表現を使う。

(次ページへ続く)

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