D・スティールのロマンス小説がヒット・今アメリカで一番売れている本は?|ブックレビューfromNY【第15回】
自立する女
ある日、ブラディミールはナターシャに一方的に関係の解消を告げた。パリの新居に1か月だけの滞在を許し、その間に新しい生活のめどを立てるよう言い渡した。ナターシャの手元に残ったのは、高額なオークチュールやブランドの洋服、靴、ハンドバッグなど、そしてテオの描いたポートレート、自分名義の預金(もともと大した金額ではない)だけだった。宝石類や美術品はなかった。
不安に駆られたナターシャだったが、次第に身丈に合ったアパートを探し、高価な洋服、靴、ハンドバッグをオークション・ハウスに出す手続きなどに没頭していった。ブラディミールの知り合いの金持ちロシア人から世話をしたいと申し出があったが断った。自分は娼婦の母親に捨てられ、そうはなるまいと思っていたけれど、実際ブラディミールと過ごした8年間は娼婦の母親と同じようなものだったと思い知ったのだった。ナターシャはテオから、困ったことがあったら連絡するようにと電話番号をもらっていたが、自活しなければいけないと決意し、一切連絡をしなかった。
そんな時、パリのオークション・ハウスで、テオはナターシャと再会した。自由になり、ルーブルで好きな美術の勉強をするというナターシャを見て、テオはもうナターシャにのめり込む気持ちにはならなかった。そして母親のメイリスのナターシャに対する評価が間違っていたことをうれしく思った。ナターシャが自由を選択したことを応援したい気持ちでいっぱいだった。2人はレストランで食事をした後、テオはタクシーで空港へ、ナターシャは地下鉄で自分のアパートに戻って行った。
そして2人は最後にまた再会、そこで新たな未来が開ける。
この小説では、金持ちの愛人のとてつもなくお金がかかる生活がリアルに描かれている。あらゆる色のエルメスのクロコの「バーキン」を所有し、年2回、1月と7月にパリのオートクチュールで洋服をオーダーするというような生活だ。昔はパリにたくさんあったオートクチュール・ハウスだが、お金がかかりすぎ、今や残っているのはディオールとシャネルだけ。お客のほとんどはアラブのプリンセスかロシアの金持ちの愛人だという。
そんな愛人生活を捨て、自由になり、若い才能豊かな(そして金持ちの)画家と愛し合うとは、まさに究極のロマンス小説と言えよう。
2017年、トランプ大統領が次々と打ち出す新しい政策に、何かと先行きが不安な時代である。現実を見つめた人種差別のストーリーが多くの読者に支持される一方で、一時的にでも、そんな現実を忘れてロマンスの世界に浸りたいと思う読者も多いのだろうか。
佐藤則男のプロフィール
早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。
1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。
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初出:P+D MAGAZINE(2017/02/11)