【ランキング】J・R・R・トールキンが残した作品に注目! ブックレビューfromNY<第35回>

J・R・R・トールキン

ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン(以下トールキン)は1894年、アフリカのオレンジ自由国(現在は南アフリカ共和国の一部)で、イギリスの銀行の支店長だった父、アーサー・ロウエル・トールキンと母メイベル・トールキンの間に生まれた。3歳の時、母とイギリスを訪問中に、父親がアフリカで病気のため亡くなり、以後、トールキンと弟はイギリスのバーミンガムで母親に育てられた。しかし、その母も糖尿病で10歳の時に亡くなり、孤児となったトールキンはバーミンガムの教会の司祭に育てられた。1915年、オックスフォード大学で英語の学位を取り卒業後、イギリス陸軍に入隊、第一次世界大戦に参戦した。大戦後に陸軍を退役し、オックスフォード英語辞典の編集の仕事に就いた。1920年、リーズ大学で英語学の講師、1924年には教授になった。1925年からはオックスフォード大学でアングロ・サクソン語教授(1925-1945)、英語英文学教授(1945-1959)を歴任した。1973年(81歳)没[2]

明らかにヨーロッパの神話から影響を受けたと思われる壮大なファンタジーの世界史観、神話の構想をトールキンは第一次大戦に参戦をする前から持っていたと思われるが、実際に物語を書き始めたのは、大戦中、病気になり療養していた時だった。このころ書かれた初期のいろいろな草稿は『失われた物語の書』[3]と名付けられた。彼の書いたものが実際に出版され最初に評判になったのは、1937年の「ホビットの冒険」[4]だった。子供向けに書いたつもりが大人にも人気が出て、トールキンにとっても、出版社にとっても次の大作『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』[5]を出版する励みになった。1954年から1955年にかけて3部に分けて出版されたこの物語は、1960年代には米国の若い人々の間で大人気となり、「ちょっとした社会現象となった[6]」。

隠れ王国ゴンドリンの陥落

1973年にトールキンが亡くなると、息子のクリストファーは父の膨大な数の遺稿を整理、編集し、
トールキンの世界の中心に位置する「中つ国[7]」の歴史を背景に書かれた『シルマリル物語[8]』を1977年に出版した。彼はその後も父の遺稿を元に数々の本を出版してきた。この新作の前書きで、「”Beren and Lúthien”の前書きでは93歳になった自分の(おそらく)最後の本になるだろうと書いたが、この新作“The Fall of Gondolin”が94歳になった自分の(疑いもなく)最後の本になる」と書いている。

エルフの王国ゴンドリンの話は『シルマリル物語』の時代、つまりトールキンの歴史の中では第1期の終わりのころの話だ(ちなみに、『指輪物語(ロード・オブ・ザ・リング)』は第3期)。ゴンドリンに住むエルフは、勢力を拡大しつつある邪悪なメルコー[9]の魔の手を逃れて、中つ国の険しい山中に秘密の王国を構えていた。

トールキンはこのゴンドリン王国について、いくつもの草稿を残している。この本でクリストファーは、残されている6つの草稿を紹介している。といっても物語の初めから終わりまで完結した原稿は、『最初の物語[10]』だけで、主人公のトゥオルと一緒にゴンドリンへ旅をしたヴォロンウェの息子が次のようなストーリーを語っている[11]

人間の青年トゥオルは中つ国の北部、ミスリム湖のほとりに1人で住んでいた。ある日、海の神ウルモに導かれ、湖から流れ出る水をたどって洞穴の中へ入っていった。地下の流れはやがて深い渓谷の間を流れる川になり、トゥオルを西へ西へと導いていった。そして、川の水が海の波とぶつかり合うところに到達した。トゥオルは生まれて初めて海を見た。彼は海に到達した初めての人間となった。しばらく海辺で過ごしたトゥオルだったが、夏の終わりのある日、空に舞う3羽の白鳥を見た。トゥオルはその白鳥を追って海沿いを南下し、別の川の河口に到着した。夜現れたノルドール[12]に導かれて、その川、シリオン川沿いに内陸に入っていった。川をさらにさかのぼると花が咲き乱れ、蝶が飛ぶ美しい「柳の地」[13]に到達した。すっかりのんびりしてしまったトゥオルに苛立った海の神ウルモはトゥオルのところに行き、ゴンドリンへ早く行けと直接話しかけた。そして、邪悪なメルコーのスパイに見つからないように、ノルドールがガイドになるから大丈夫と言った。出発の日、ノルドールの一隊が迎えに来た。しかし、歩き進むうちに、メルコーが手下を使って荒らしまわった一帯を見て怖くなったノルドールはトゥオルを残して逃げ去ってしまった。ところがそのうちの一1人、ヴォロンウェ[14]だけは思い直して戻って来て、それからトゥオルはヴォロンウェと2人で旅を続けることになった。

ゴンドリンのエルフはノルドール・エルフの身内で、かつて「数えきれない涙の戦い[15]」で、多くのノルドールが殺されたり、メルコーにとらわれて魔法をかけられ「鉄の地獄[16]」に閉じ込められたりしている中、ゴンドリンのエルフだけは逃げおおせて、山中深くに建設した隠れ王国に潜んでいた。

ついに2人はゴンドリンへ通じる「魔法の通路[17]」を見つけた。通路の先の門をくぐると朝日に輝く丘の上にそそり立つ王都が見え、2人はゴンドリンを守る戦士たちに囲まれた。自己紹介をし、海の神ウルモに導かれてこの地に来たことを述べると、2人はトゥアゴン王のもとに通された。王はトゥオルを歓迎した。海の神ウルモが乗り移ったトゥオルは、神たちと一緒に邪悪なメルコーと戦ってほしいとトゥアゴン王に頼んだ。しかし王は、ゴンドリンの人々を危険な目にあわすわけにはいかないと、頼みを断った。失望したトゥオルはもう帰ろうかと思ったが、王はトゥオルに王国にとどまるように頼んだ。

トゥオルは王国にとどまり、息子のいないトゥアゴン王のお気に入りとなった。王にはメアグリン[18]という名の甥(王の妹の息子)がいた。黒いエルフと呼ばれていたメアグリンは王の一人娘のイドリルが好きだったが、イドリルはトゥオルのことが好きになっていた。イドリルはトゥオルと結婚し息子のエアレンディルが生まれた。ある日、山に鉱石を掘りに行ったメアグリンはメルコーの手下につかまり、メルコーのもとに連れて行かれた。そこで、命と引き換えに王国を裏切ることを約束させられ、ゴンドリンに戻された。メルコーはメアグリンの助言に従いありったけの鍛冶屋や魔術師を集め、鉄、ブロンズ、銅をふんだんに使い、堅固なゴンドリン王都を攻撃するための金属製のドラゴンや大蛇などの怪獣を大量に作りはじめた。

メアグリンの裏切りから7年目、準備万端整ったメルコーはゴンドリン攻撃を始めた。王は諸侯を招き戦略会議を開いた。選りすぐりの部隊による城からの出撃を主張するトゥオルに対し、メアグリンは城に籠っての防戦を主張した。結局ほかの諸侯も防戦に傾いてしまった。メルコーは、手下のバルログ[19]、オーク[20]を総動員しただけでなく、空からは火を吐くドラゴンを、城壁には火を吐く大蛇を使って火攻めを仕掛けてきた。勇敢に戦う諸侯や戦士たちだったが、次第に戦況はゴンドリンにとって厳しいものになっていった。そしてついに生き残った戦士、諸侯たちや住民が王宮の周りに追い詰められた時、トゥアゴン王はトゥオルに、生き残った諸侯や住民たちを率いて秘密の通路を通って城からの退却を命じ、自らは城に残り王国と運命を共にする決意を伝えた。王への忠誠心からトゥオルは王とともにゴンドリンに残りたかったが、妻イドリルと息子のエアレンディル、そして多くの住民や女子供の命を助けたかったので、王国からの退却を決心した。

そして、困難な逃避行が始まった。途中、険しい山中では、山脈を守る「鷲の王[21]」が追撃してきたメルコーの部下を撃退、また後方を守っていたグロールフィンデル候率いる一隊の勇敢な戦いで、何とか一行はシリオン川の河口付近まで落ち延びることができた。以後ゴンドリンから逃れてきた人々はこの地で暮らし、自分たちのことをロスリム[22]と呼んだ。ゴンドリンの名前は思い出すには悲しすぎたのだ。トゥオルの息子のエアレンディルはこの地で育ったのだった……。ゴンドリン陥落の「最初の物語」はここで終わっている。

その他の5つの草稿

クリストファーはゴンドリンに関し、その他の5つの草稿を紹介している。どれも「最初の物語」と違い、完結した物語ではない。一番古い草稿は「失われた物語の書[23]」の中の一つだ。「最初の物語」ではメアグリンの母となっているトゥアゴン王の妹が、この草稿では、「黒のエルフEölから求愛されたが彼を嫌った」と書かれている。この草稿は「最初の物語」以前に書かれた覚書で、ここに書かれたEölのエピソードは「最初の物語」には採用されなかったようだ。次の“Turlin[24] and the Exiles of Gondolin”という草稿は明らかに「最初の物語」以後に書かれていて、トールキンはゴンドリンの物語の改訂版を書くつもりだったが途中で挫折したようだ。この草稿では、トゥオルやメアグリン(トゥアゴン王の甥)の生い立ちについて、「最初の物語」より詳しく記述されている。1926年の“Sketch of the Mythology”(神話のスケッチ)は『シルマリル物語』の下書きになったものだといわれており、この中のゴンドリンに関する記述は「最初の物語」とあまり変わってはいないが、「最初の物語」ではメルコーの部下がメアグリンをとらえた時、メルコーは既に隠れ王国ゴンドリンが存在することを知っていて、攻撃するための秘策をメアグリンから聞き出そうとしたが、「スケッチ」では、メルコーはゴンドリン王国のことをメアグリンから聞いて初めて知ったことになっている。そして4つ目の“Quenta Noldorinwa”(『シルマリル物語』の原稿)の中で語られているゴンドリンの物語は、「スケッチ」の中で語られたのと同じことを「シルマリル物語スタイル[25]」で語っている。

そして、1951年のゴンドリンの物語の最後の草稿“Of Tuor and the Fall of Gondolin”ではトゥオルの生い立ちに関し、両親のことも含めより詳しく記述されている。ゴンドリンへの旅路に関しても、前の草稿との違いが多く見られる。例えば、旅の早い時期にトゥオルは偶然2人のノルドールに出会い、ゴンドリンへはミスリム湖の水の流れに沿って歩けばよいと教えてもらっている。海の神ウルモとの出会いは「柳の地」ではなく、ある嵐の日、海の中から現れたウルモとトゥオルが会話を交わすことになっている。そしてそのあと、ヴォロンウェと会い一緒にゴンドリンへ旅をすることになる。この2人の旅の道筋については、ゴンドリン王国の入り口に到着するまで30ページにも及び詳細に記述されている。そして2人はゴンドリンへの門の前で、エクセリオン候から尋問を受けた。海の神ウルモの使者だとわかると候は2人をトゥアゴン王のもとに案内すると宣言した。そしてその時点で物語は中断している。

「最初の物語」は前半のトゥオルの生い立ちやゴンドリンへの旅に関してはあっさりと記述されている割には、メルコーのゴンドリン総攻撃の場面に関して非常に詳細な記述をしている。一方、その他の5つの草稿はすべて物語の前半に関するものだ。「最初の物語」のあっさりしすぎる前半を補うような、より詳細な、あるいは修正されたストーリーが記述されている。トールキンはおそらく「最初の物語」のあっさりしすぎる前半を膨らませることで、後半とバランスの取れた物語を完成させようと意図したのだろうが、クリストファーは、この最後の草稿の途中でトールキンはゴンドリン物語を書き続けることを放棄したと述べている。[26]

クリストファーによれば、トールキンは彼の遺稿のあちこちで、トゥオルとゴンドリン王国の物語の結末は、次の「エアレンディルの物語」に続くと示唆している。成人したエアンディルは、クリストファーが去年編集、出版した“Beren and Lúthien”のベレンとルーシエンの孫娘エルウィンと結婚することになり、トールキンの歴史物語は続いていくことになる。エアレンディルに関しては、遺稿のあちこちに記述はあるものの、トールキンが「エアレンディルの物語」としての完成した原稿を書くことはなかったようだ。

[2]ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/J・R・R・トールキン)を参照
[3]“The Book of Lost Tales”
[4]“The Hobbit”
[5]“The Lord of the Rings”
[6]ウィキペディア(https://ja.wikipedia.org/wiki/J・R・R・トールキン
[7]Middle-earth
[8]“The Silmarillion” 「シルマリル」は最も優れたエルフと言われたフェアノールが作った3つの宝玉のこと
[9]Melkor。この原稿ではMelko
[10]The Original Tale
[11]“Then said Littleheart son of Bronweg(ヴォロンウェのこと)・・・・” P.37
[12]Noldor。この原稿ではNoldoli。エルフの一族
[13]Land of Willow
[14]Voronwë. Bronwegとも言う。
[15]Battle of Unnumbered Tears
[16]Hells of Iron
[17]Magic Passage
[18]Maeglin。この原稿ではMeglin
[19]炎の鞭と鋼鉄の爪を持つ悪鬼
[20]邪悪な勢力によって兵士として使われた人間に似た種族
[21]Thorondor, King of Eagle
[22]Lothlim
[23]“The Book of Lost Tales”
[24]Tuor(トゥオル)のこと。
[25]P. 128
[26]P. 203

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2018/10/18)

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