【先取りベストセラーランキング】電力供給網の崩壊で浮き彫りになる、人間の恐ろしさと社会の正体 ブックレビューfromNY<第59回>

アメリカン・アサシン

『アメリカン・アサシン』は2017年公開されたアメリカ映画で、ヒットしたので覚えている読者もいると思う。ヴィンス・フリンの2010年の小説American Assassinを映画化したものだ。ヴィンス・フリンは1999年から、CIA諜報員ミッチ・ラップを主人公にしたシリーズを出版していたが、2010年のAmerican Assassinで初めて、どのような経緯でミッチ・ラップが暗殺を行うCIAの対テロ諜報員になったかを描いている。ミッチ・ラップ・シリーズをヴィンス・フリンの死後引き継いだカイル・ミルズによる最新作Total Powerでは、《アサシン(暗殺者)》のラップは、サイバーテロによって、アメリカ全土の電力供給網を破壊しようとするテロリストと対峙することになる。

ラップはIS(イスラム国)のリーダーの1人をソマリアの砂漠で殺害したが、どうやら死んだテロリスト・リーダーの後継者が決まったらしいことを知った。そして、スペインのマドリードにいる諜報員から、ISのテロリストの1人であるITの専門家が明日ワシントンD.C.で誰かと会う予定で、スペインからの飛行機を予約していると知らされた。そのミーティングにはISの新しいリーダーも参加しそうだということだった。新リーダーを捕らえるチャンスである。同盟国の諜報員たちの協力を得て、テロリストのIT専門家が乗る予定の飛行機に大掛かりな罠を仕掛け、ラップはこのテロリストを捕らえた。その自白によれば、彼と新リーダーは、アメリカに対するサイバーテロ計画について話し合うため、計画の首謀者とワシントンD.C.で会う予定だということだった。自白を引き出した後、CIAは、テロリストの乗った飛行機が墜落し、乗客は全員死亡したという偽情報を発表した。IS側は、IT専門家は飛行機事故で死んだと思い、別の専門家をアメリカにすぐに送り込んだ。

電力供給網へのサイバーテロ計画

安全で安定した電力供給が政治、経済、社会を正常に動かすために必須であるにもかかわらず、アメリカ全土の電力供給網を結びつけるコンピューター・システムは旧態依然で、全国に散らばる変電所はほとんど警備がない。そうした電力供給網の弱点を突いて、アメリカ全土に大規模停電を起こし、その状態を1年以上継続させればアメリカの人口の90%が死亡し、国は消滅すると綿密な計画を立てた男がいた。彼は電力供給網のシステムにマルウェア(コンピューターウィルス)をすでに潜伏させていて、いつでも稼働させることができる状態にしていた。マルウェアが稼働すれば、彼は電力供給網のコンピューター・システムを完全に乗っ取ることができる。しかし、アメリカ全土に散らばる変電所を破壊することは、いくら警備がずさんだとはいえ、彼だけの手には負えず、協力者が必要だった。彼はPowerStationというコードネームで、アメリカに敵対しそうなロシア、中国、イラン、キューバ、そしてISテロリスト・グループにネットを通じて呼び掛けたが、本気で応じてきたのはISだけだった。できればテロリスト・グループとは手を結びたくなかったが、彼はISリーダーとその部下のIT専門家に、ワシントンD.C.近くのバージニア州南西部のさびれたモーテルで会うことにした。

このミーティングの情報を、捕らえたISのIT専門家から聞き出したラップは、モーテルに張り込み、待ち伏せをしたが、結果的には失敗に終わった。PowerStationも、ISのリーダーと代わりのIT専門家もモーテルには現われなかったのである。用心深いPowerStationは約束時間より前に丘の上からモーテルを監視し、ラップたちの動きを察知したのだった。

ロシアの女性スパイ

PowerStationからの呼びかけに対し、ロシアは他の国のように完全無視はしなかった。SVR(ロシア対外情報庁)は16年前からアメリカに送り込んでいるIT専門の諜報員ソニア・ヴォロノヴァに対し、PowerStationと会って計画の信憑性を確かめるよう指示した。ソニアは任務を遂行した後、モスクワのSVR本部に呼ばれ、上司とロシア大統領に対しPowerStationとのミーティングを報告した。ソニアはPowerStationの計画が緻密で実現性は高いと報告したが、大統領は、アメリカ合衆国を崩壊させるような計画そのものに興味を示さず、このことは忘れてワシントンD.C.の自宅に戻れと指示した。そして、ロシア政府はPowerStationとの接触を一切絶った。しかし、この危険な計画をアメリカ政府に警告することもしなかった。

エネルギー省のコンサルタント

エネルギー省は、数年前からジョン・アルトンをコンサルタントとして雇ってアメリカの電力供給網の調査を行い、最近議会に報告書を提出した。2800ページに及ぶ報告書はアメリカの電力供給網のサイバーセキュリティと、変電所などの施設のセキュリティの甘さを詳細に厳しく指摘していた。しかし、議会公聴会では、明らかに電力会社に加担していると思われる議員から、報告書は不必要に危機感をあおる極端な内容だという酷評された。

大規模停電

そしてクリスマスの早朝、突然、アメリカ全土の大規模停電が始まった。午前3時にマルウェアが稼働し、電力供給網を乗っ取って、全国各地で次々と停電を起こしていった。

ロシアのスパイであるソニア・ヴォロノヴァは、ジョン・アルトンがついに計画を実行したことを知った。彼女はPowerStationと会った後、SVRの上司やロシア大統領からこの件は忘れろ、と言われていたが、ある日テレビで議会公聴会の中継を見て、PowerStationがテレビに映って驚愕したのである。その男こそが、エネルギー省に雇われているジョン・アルトンという名のコンサルタントで、公聴会に提出された報告書を作成した人物だった。停電が始まった時、ソニアはアメリカ政府にジョン・アルトンがPowerStationであることを知らせなければならないと思ったが、ロシアのスパイである自分には、FBIやCIAに連絡を取る手段もなく、信じてもらえる可能性も低かった。FBIの建物の近くまで行ってみたが、停電で怒り狂った人々が何重にも建物を取り囲み、とても中に入れそうもない。

政府は非常事態を宣言し、大統領府はホワイトハウスからウェストバージニア州の非常時用の地下壕に移され、大統領はそこで指揮を執った。ITの専門家が集められ、マルウェアを検出・分析し、取り除こうとしたが、うまくいかなかった。PowerStationを捕らえてマルウェアの撤去をさせなければ電力供給の正常化は望めなかった。そしてミッチ・ラップによるPowerStation追跡が始まった。

⚫︎ ソニア・ヴォロノヴァはPowerStationがジョン・アルトンであることをアメリカ政府に知らせることができたのか?
⚫︎ ラップやアメリカ政府は、PowerStationであるジョン・アルトンにどうやってたどり着くことができたか? 
⚫︎ マルウェアは取り除かれるのか? アルトンはアメリカ政府に協力したのか?
⚫︎ マルウェアが稼働した後、ISにとって用済みになったはずのアルトンは、なぜテロリストに殺されなかったのか?

読者は、ミッチ・ラップがPowerStationとISテロリストを追跡するサスペンス・ストーリーに手に汗を握るだろう。同時に、大規模停電が始まってから事態収拾までの1か月弱、いかに市民生活に深刻で危険な影響が生じたかに驚くだろう。現代の当たり前の生活が、電力供給がストップした時点で過去のものとなり、人々は家族や大切な人を守るため、サバイバルのために何でもする。食料やその他の必需品を奪うために、商店や住宅は襲われ、人々は殺される。ハリケーンなどの自然災害での停電の時は、いずれ復旧するだろうという期待があるので人々は耐えて助け合うが、回復の見通しが立たない状況では、人々の心は荒んで、自分と家族の生き残りをかけて、自己中心的に行動する。この小説は、そんな恐ろしい人間と社会の正体が詳細に描かれている。

著者について

ミッチ・ラップ・シリーズの生みの親であるヴィンス・フリンは1966年ミネソタ州生まれの小説家。セント・トーマス大学卒業後、食品会社に就職した。1990年、海兵隊のパイロットになる訓練を受けるために会社を辞めたが、結局、医学的な理由で海兵隊のプログラムを諦めざるを得なくなった。その後は不動産会社で働いたが、小説を書こうと思い立って会社を辞め、夜はバーテンダーをしながら最初の小説Term Limits(1977年)を自費出版した。[2]この処女作がヒットし、2作目からはすべてミッチ・ラップが主人公のシリーズとなった。日本では、シリーズの初期の2作品が翻訳されている[3]だけなので、あまり日本人に好まれなかったのかもしれないが、アメリカでは根強いミッチ・ラップ・ファンがいて、小説が出版されると必ずベストセラー・リストの上位に登場した。2013年にフリンが没した後、カイル・ミルズが引き継いでシリーズ14作目から最新の19作目まで執筆し、すべてベストセラーとなっている。

カイル・ミルズは1966年生まれのアメリカ人小説家。ジャンルは政治スリラー・サスペンス。ヴィンス・フリンの死後、ミッチ・ラップ・シリーズを継承し、2015年から毎年1作品ずつ出版している。

[2] https://www.vinceflynn.com/about-vince (From Self-Published Author to New York Times #1 Bestseller)
[3]The Third Option (2000)『謀略国家』、Separation of Power (2001) 『強権国家』

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2020/10/14)

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