【先取りベストセラーランキング】人里離れた一軒家で、突然社会から隔離されてしまった2つの家族の物語 ブックレビューfromNY<第60回>

プール付き別荘でのバケーション

クレイとアマンダは共働きで、ティーンエージャーの息子アーチー(15歳)と娘ローズ(13歳)がいる。クレイはニューヨーク市立大学の教員、アマンダは広告代理店の営業部門の中間管理職をしている。一家はブルックリン[2]に住み、贅沢とは程遠いが、典型的な白人中産階級の暮らしをしている。この夏、アマンダはAirbnb[3]で見つけたロングアイランド[4]の避暑地の一軒家を1週間、格安で借りる契約をし、一家はロングアイランドへと車で向かった。

その家は、レンガ造りで頑丈に作られているにもかかわらず、白くペンキが塗ってあるので、明るく軽快な感じがした。内装はコンテンポラリーで、しかも非常にお金をかけてリフォームされ、大きな窓からプールを見晴らすことのできるキッチンは、大理石をふんだんに使い最新の設備と電化製品が設置されていた。子供たちは庭のプールに歓声を挙げた。家は緑に囲まれ、見渡す限りほかの家はなかった。予想以上の素晴らしい家で、こんな贅沢な別荘を自分たちは一生所有することはできないだろう、というあきらめのような気持ちが、一瞬クレイの胸をよぎった。

アマンダはさっそく車で食料品店まで行き、1週間分の食料を買い込んだ。夕食はバーベキューで、クレイは、ハンバーガーとホットドッグを作り、平和で平凡な避暑地の別荘生活が始まった。

真夜中の訪問者

翌日、一家はランチ用のサンドイッチやデザートのスイカを持ってビーチに行き、一日そこでのんびり過ごした。その日の夕食はアマンダがパスタを作った。バケーション2日目も穏やかに終わろうとしていた。

しかしその夜遅く、突然年配の黒人男女が玄関のドアをノックした時から、楽しくも平穏なバケーションの歯車が狂い始めたのだった。

ブレザーに縞のワイシャツ、ニットのタイを結んだ男性と、リネンのジャケットを着た女性は夫婦で、G.H.(ジョージ)とルースと名乗り、この家の所有者だと主張した。そして驚くべき話をした――外出先から車でマンハッタンに戻ってみると、大規模停電で街中が真っ暗になっていたと言うのだ。カー・ラジオからは雑音しか聞こえず、何が原因の停電なのか全然わからなかったが、ビルの14階にある自分たちのアパートメントにはとても階段を上がってはたどりつけないと思い、そのまま車から降りず、光を求めて、真っ暗な道をドライブしているうちにロングアイランドまで来てしまったという。そして自分の別荘の灯を見て、思わずドアをノックしてしまったというのだった。

クレイとアマンダにとっては、にわかに信じられない話だった。しかし、凶悪な人には見えなかったし、夜遅くで気温も下がり、天気も怪しげになってきていたので、家の中に入ってもらった。そもそも、このような年配の黒人夫婦が贅沢な別荘の所有者だということが、アマンダには信じられなかった。もしかすると別荘の所有者に雇われた管理人の夫婦が所有者を騙っているのではないかと思ったりもした。……それにしても、いったいマンハッタンでは何が起こっているのか、ケーブルテレビをつけてみたが何も映らず、インターネットも、携帯電話どころか卓上電話も繋がらなくなっていた。はたしてこの黒人夫婦が言っているマンハッタンの大規模停電は本当のことなのだろうか? この別荘では少なくとも停電は起きていないが……。

とりあえず、お酒でも飲んで気を落ちつけようと、G.H.はポケットからキーホルダーを取り出し、その中の鍵を使って戸棚を開けると、中には高級酒のボトルが何本も入っていた――どうやらG.H.とルース夫妻は本当にこの別荘の所有者らしい。子供たちが寝静まった夜更け、今日知り合った2組の夫婦は、夕食の残りのパスタを夜食に、アルコールも入って少し気持ちが落ち着いてきた。そして、マンハッタンの停電の原因はいったい何だろうと話し合った。発電所がテロに遭った? ハリケーンのせい?(ロングアイランドでは天気が悪くなっているが、停電になるほどの悪天候ではない)、北朝鮮によるミサイル攻撃? などと想像はどんどん悪い方へと進んでいった。ついにルースは、停電しているマンハッタンに戻る気にはなれないので、この家に滞在したいと言い出した。G.H.も、もしこの家に滞在できるのであれば、1週間分の賃貸料は返還すると言い出した。クレイも何が起こっているかわからないブルックリンの自宅に子供たちを連れて今すぐ戻ることはできないと言い、結局、もう少し事情がわかるまで、2家族はこの家に同居することになった。幸い、地下室はバスルームも完備したゲスト用の部屋になっているので、G.H.とルースはこのゲストルームに落ち着いた。家には食料品やその他の必需品は十分買い置きがあるので、2家族がこの家に籠ったとしてもしばらくは大丈夫そうだった。

大惨事の前兆?

彼らを取り巻く環境は、好転するどころか、ますます混迷の度を増していった。相変わらずテレビも電話もインターネットも繋がらず、家の外で何が起こっているのかわからない。早朝、裏庭を通り抜けて雑木林に入ったローズは、林を抜けたところで鹿の大群を見て驚愕した。100頭以上に見えた。しかしそのあと、兄のアーチーを連れて同じ場所に行ってみると、そこには鹿など1頭もいなかった。その日の午後、ガラス戸にひびが入るほどのものすごい爆音がした。何が起こったのか、皆目見当もつかなかった。雷が落ちるような天気でもなかったし、飛行機でも墜落したのだろうか? その日の午後、庭のプール付近にフラミンゴが数羽たわむれていた。ロングアイランドに野生のフラミンゴなど生息していない。一体どこから飛んできたのだろう?

夕方、元気だったアーチーが熱を出してぐったりしていた。アマンダは、明日、息子を病院に連れて行かなければと思ったが、その夜、アマンダ自身が突然、嘔吐した。翌朝には少し熱が下がったアーチーだったが、今度は歯茎から出血し、歯が抜けてしまった。アマンダとクレイは途方に暮れるばかりだった。結局、この辺の地理に詳しいG.H.の運転で、クレイがアーチーを病院に連れて行くことになった。ルースは危険ではないかと難色を示したが、G.H.はクレイとアーチーを車に乗せて出発した。

G.H.は病院へ行く途中で、地元住民のダニーの家に立ち寄り、何が起こっているのか聞いてみようと思った。ダニーはG.H.の別荘の改装だけでなく、小さな修理など何でもやってくれる便利な男だった。しかし、家から出てきたダニーには普段の愛想の良さはなく、G.H.の一体何が起こっているのか? という質問に、ニューヨークが大規模停電になっていることをアップル・ニュースで知ってから、インターネットもテレビも電話も繋がらなくなっているので何もわからないし、昨日の爆音は爆弾なのか、ミサイル攻撃なのか皆目わからない、と答えた。自分は家に籠って家族を守るのに精いっぱいで、他人を助けるどころではない、危険だから早く家に戻って守りを固めたほうが良いと言い、すぐにドアを閉めてしまった。

アーチーたちを送り出した後、アマンダはローズがいないことに気付いた。ルースと家中を捜したが見つからず、その後、病院まで行かずに引き返してきたクレイやG.H.も加わったが、見つからない……。

そして、奇妙な別荘での共同生活は、さらに疑惑と困惑の度合いを深めていく。読者も何が起きているのかわからないまま物語は展開していく。

新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来、アメリカ人はコロナ以前のノーマルな生活に戻れない状態が続いている。当たり前だった日常生活が、もはや当たり前ではなくなった現実を体験している今、この小説のテーマが注目されているのだろう。当コラムでも、前回はテロによる突然の大規模停電の恐怖を描いた小説を紹介した。そしてこのLeave the World Behindを読めば、生活の一部となっているテレビ、電話、インターネットが急に繋がらなくなり、世の中から隔離された状態に置かれる困難と不安に、読者は共感するだろう。 Rumaan Alamがこの小説を書き始めた時は、まだコロナ問題などなかったが、結果的には非常にタイムリーなテーマになった。

この小説は、発売の3カ月前(7月)に既にNetflixが映画化権を獲得し、ジュリア・ロバーツ(アマンダ役)とデンゼル・ワシントン(G.H.役)の出演が決まっている[5]

著者について

Rumaan Alamはバングラデシュ系アメリカ人。オハイオ州オーバリン大学卒。2016年に上梓した、ゲイの著者による女性目線で書かれた最初の小説Rich and Prettyは、「アメリカにおける最も偉大な芸術的センセーション」と評された[6]。本書はAlamの3作目の小説。その他、ニューヨーク・タイムズ紙、ニューヨーク・マガジン、ニューヨーカー誌などに執筆している。パートナーと2人の子供とともにニューヨーク市ブルックリンで暮らしている。

[2]ニューヨーク市ブルックリン区。不動産価格がマンハッタンより安く、マンハッタンへの通勤にも便利。
[3]Airbnb(エアビーアンドビー)は、宿泊施設・民泊を仲介するウェブサービス。世界中で80万以上の宿を提供している。
[4]ロングアイランド(Long Island)は、アメリカ合衆国東海岸北部、ニューヨーク州南東部に位置する、大西洋に浮かぶ島。
[5]https://meaww.com/leave-the-world-behind-release-date-plot-cast-julia-roberts-denzel-washington-netflix-rumaan-alam
[6]https://wikibioage.com/rumaan-alam-wiki-bio-age-instagram-house-book-wife-net-worth

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2020/11/14)

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◎編集者コラム◎ 『銀しゃり 新装版』山本一力