【NYのベストセラーランキングを先取り!】ジュリア・ロバーツ主演でドラマ化が決まった話題のミステリー ブックレビューfromNY<第68回>

結婚14か月目、夫の失踪

主人公ハナ・ホールの一人称で語られるこの小説は、彼女が見知らぬ女の子から、夫オーウェン・マイケルズの手書きの短い伝言が書かれたメモを手渡されるところから始まる。

ハナは、オーウェンと結婚するまではニューヨークに住み、ウッドターニング(woodturning:轆轤を使用する木工細工)のデザイナー・職人としてソーホー[3]にスタジオ兼ショールームを構えていた。彼女の作品が高級インテリア雑誌で取り上げられて以来、金持ちの顧客が増え、仕事は順調だった。なじみの顧客の一人に、カリフォルニアの新興IT企業のCEOアヴェット・トンプソンの妻ベルがいた。2年前、仕事でニューヨークに来たアヴェットは妻に付き添い、ハナの店を訪れた。アヴェットの会社の重役だったオーウェンも一緒で、これがハナとオーウェンの出会いだった。

そして14か月前、ハナはオーウェンと結婚し、カリフォルニア州北部の小さな町サウサリート[4]の《ボートの家》[5]に移り住み、オーウェンと彼の前妻との間の16歳の娘ベイリーと暮らし始めた。幼い時に母が交通事故死して以来、父オーウェンと2人だけでこの《ボートの家》で暮らしてきたベイリーは、なかなかハナに心を開かなかった。実はハナの父親は有名な写真家だったが、彼女が幼い時に家族を捨て、その父親を追って母親も出て行ったという過去を持っている。両親がいなくなってからはウッドターニングの職人だった祖父に育てられたが、優しかった祖父が亡くなってからは一人ぼっちだった。だから、幼くして母を失ったベイリーに共感を抱いたが、ハナの思いは空回りし、ハナのやることなすことベイリーにとっては的外れで、なかなか2人は嚙み合わなかった。

そんなある日、ハナがノックに答えて玄関を開けると、サッカーのユニフォームを着た12歳の女の子が立っていて、「ハナへ」と書かれた畳んだメモを渡してきた。開いてみると、オーウェンの筆跡で「彼女を守ってほしい」と書かれていた。女の子は学校の廊下で出くわした見知らぬ男性から、ミセス・ミッチェルズに渡すようにと頼まれ、住所を書いた紙と20ドルを渡されたと言った。《彼女》とは、ベイリーを指すと思ったものの、一体どういう事情なのだろう。ハナはすぐに会社にいるはずの夫の携帯に電話したが出ない。その後も一切連絡が取れなくなってしまった。

程なくして、テレビやラジオは、オーウェンの勤めるIT企業「ザ・ショップ」のCEOアヴェット・トンプソンが横領と詐欺の容疑で身柄を拘束されたと報道し、会社ぐるみの不正に発展しそうな気配だった。オーウェンの失踪は、この事件と関係あるのだろうか?

実在しなかった「オーウェン・ミッチェルズ」

それから間もなく、ハナは連邦保安官グラディ・ブラッドフォードの訪問を受けた。失踪している夫が「ザ・ショップ」の詐欺事件と関係あるのかというハナの問いには答えず、グラディは、オーウェンの失踪が長引けばベイリーの養育権が問題になり、最悪の場合、ベイリーは養子縁組をしていないハナとは暮らすことができなくなるから、弁護士を雇っておいたほうが良いと助言した。その後、今度は2人のFBI特別捜査官がハナを訪ねてきて、オーウェンの行方を本当に知らないのかと問い詰めた。不思議なことにこの2人の捜査官は連邦保安官がすでにハナに会いに来ていることを知らなかった。

手掛かりを求めて夫のパソコンを調べたハナは、ベイリーの小学校から現在までのたくさんの写真を見つけたが、それ以前の幼い頃の写真がほとんどないこと、そして前妻オリビアの写真や情報がほとんどないことに気づいた。

元々過去をあまり語らない夫だったが、疑問が深まり、思い切って元婚約者であるニューヨークの弁護士ジェイク・アンダーソンに電話した。夫が失踪したこと、夫の娘のこと、夫が重役をしている会社が不正・詐欺事件に巻き込まれていることなどを相談すると、しばらくして、ジェイクは驚くような調査結果を知らせてきた。夫が卒業したと語っていたプリンストン大学の卒業生名簿にオーウェン・ミッチェルズの名前はなく、オーウェンがサウサリートに引っ越してくる前に住んでいたはずのシアトルにはオーウェン・ミッチェルズという名の人物が住んでいた痕跡が一切なかったというのだ。どうやらオーウェンはサウサリートに移ってくる際に過去の自分を捨て、ベイリーと共に新しい名前で人生を再出発したようだった。ベイリーには、サウサリート以前の幼かった頃の記憶はほとんどなかった。

そして、ハナとベイリーによる過去の謎解きが始まった。

テキサス州オースティンへ[6]

ベイリーはサウサリートに引っ越す前、フラワーガールとして結婚式に父とともに出席したこと、誰かがここはオースティンだと言ったことをうっすらと覚えていた。ハナの家に来たグラディ・ブラッドフォードはテキサス州オースティンの連邦保安官であり、カリフォルニアで起こった「ザ・ショップ」事件は管轄外のはずだから、実際は事件の前からオースティンでオーウェンと接点があったのではないかとハナは考えた。その他にもオーウェンに関する幾つかのかすかな手掛かりを追ううちに、ハナとベイリーはオースティンへと導かれて行った。

そこでハナは、ついにオーウェンと幼かったベイリーに何が起きたかを知ることとなる。すべては、「ザ・ネバー・ドライ」(The Never Dry)という家族経営の古いバーから始まった……。そして、「彼女を守って」という伝言の意味を理解したのだった。

⚫︎ 名前を変える前のオーウェンと「ザ・ネバー・ドライ」の関係は?
⚫︎ なぜオーウェンは幼い娘と名前を変え、別人になってオースティンを去ったのか?
⚫︎ オーウェンはベイリーを何から守ろうとしたのか?
⚫︎ ハナは、夫の願い通りベイリーを守り通すことができたのか?
⚫︎ オーウェンは「ザ・ショップ」社の不正・詐欺に関与していたのか?
⚫︎ 連邦保安官グラディとオーウェンとの関係は?
⚫︎ ハナは失踪した夫と再会できるのか?

その後の思いがけない展開は、読んでのお楽しみ。

この小説は凝ったストーリー展開のミステリーであると同時に、ギクシャクしていたハナとベイリーが、オーウェンとベイリー自身の失われた過去を探る過程で、徐々に信頼や愛情を確立し、家族として新しい未来を作り上げていく物語でもある。

著者について[7]

ローラ・デイヴは1977年ニューヨーク市生まれの小説家。ペンシルバニア大学卒(英語学)、バージニア大学で修士(MFA in creative writing)を取得。2006年から本書を含め6作の小説を出版し、それぞれベストセラーになっている。本作品は出版前の2020年12月にメディア制作会社「ハロー・サンシャイン」が映像化のための権利を取得し、ジュリア・ロバーツ主演で、アップル・テレビでドラマシリーズ化される予定である。[8]

[3] SoHo=South of Houston Street:ニューヨーク市マンハッタン南西部の地区。1960年代に倉庫などを利用して芸術家たちが住むようになり、前衛芸術・ファッション中心地
[4]Sausalito: アメリカ合衆国カリフォルニア州マリン郡にある市。 ゴールデンゲート海峡を挟んでサンフランシスコ市と対岸関係にある。リゾート地であり住宅地。
[5]Home boat, house boat, boat house, floating homeなどと呼ばれ、サウサリート市では《ボートの家》が桟橋に係留され、住所もあり、正式な住宅として使用されている。
[6]Austin:テキサス州の州都
[7]Laura Dave – Wikipedia
[8]Julia Roberts to Star in Apple Series ‘The Last Thing He Told Me’ From Hello Sunshine (msn.com)

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2021/07/09)

◎編集者コラム◎ 『警視庁殺人犯捜査第五係 少女たちの戒律』穂高和季
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