【NYのベストセラーランキングを先取り!】実在の人物も登場! ヒラリー・クリントンと作家ルイーズ・ペニーによる初めての政治サスペンス小説 ブックレビューfromNY<第72回>

新国務長官が直面した連続バス爆破テロ

国際メディア企業を統括していたエレン・アダムスが大統領選挙で当選したダグラス・ウィリアムズから国務長官職を打診されたとき、本人だけでなく、側近も、世間も皆驚いた。というのも、党の大統領候補者指名争いでは、エレンはウィリアムズの対立候補を熱烈に支持していたからだ。しかし、大方の予想に反し、エレンはメディア界から一切手を引き、自分の分身ともいえる国際メディア企業のすべてを娘のキャスリンに託して国務長官職を受けた。

新国務長官にとって国際デビューの場となった韓国公式訪問は、まさかの不首尾に終わり、疲れ果てて、睡眠不足でよろよろのままアンドルーズ空軍基地でエアフォース3(国務長官専用機)を降りたエレンは、専用車でウィリアムズ大統領の初めての一般教書演説が行われるキャピタルヒル(国会議事堂、最高裁判所などがある地区)に向かった。演説開始時刻に遅れて到着した国務長官を大統領は不機嫌に迎えた……。予定時間からだいぶ遅れて始まったウィリアムズ大統領の一般教書演説は大成功に終わり、メディアには、旅先から駆け付け、くたびれた服装で化粧も崩れたエレンの姿も映し出された。もちろん新大統領は大いにたたえられたが、アダムス国務長官に対しても、不首尾だった外交交渉からそのまま駆け付け、ひるむことなく大統領や閣僚、議員たちとにこやかに対峙したことに対し、好意的な報道がなされた。韓国との外交関係の問題は、今回の選挙で敗れたエリック・ダン前大統領の外交政策の失敗の結果であるとして、新国務長官には同情的だったのである。

駆け出し外務官であるアナヒタ・ダヒルは、オフィスのテレビで一般教書演説を見ているときに1通のメールを受け取った。差出人は不明で、意味のわからない数字が書かれているだけだった。いたずらメールを受け取ることが多いオフィスなので、多分その手のものだと思ったが、念のため上司に相談したところ、消去しろと指示された。しかし何となく、パキスタンのイスラマバードに勤務していたときに知り合ったジャーナリストのギル・バハルからのメールではないかという気がして、消去する前に数字を書き留めた。

真夜中過ぎ、アナヒタは、ギルからメッセージを受け取った。彼は、《科学者》について何か情報がないか尋ねてきた。また、《科学者》を追って、これからフランクフルトに向かうとも書かれていた。アナヒタは、《科学者》とは誰のことかわからなかった。

同じ頃、ロンドンでバス爆破事件が起こり、多数の死者が出た。自爆テロであることは確かだったが、犯行声明はなかった。しばらくして、この爆破事件でパキスタンのそれほど著名ではない原子物理学者が死んだことが判明した。

同日、米国東部時間朝9時36分、今度はパリでバス爆破事件が起きた。この事件も、犯行声明がなかった。そして、この爆破事件でもパキスタン出身の原子物理学者が死んだ。彼らがターゲットだったのか? 同様の事件がまた起こるのか? 次もヨーロッパなのか、あるいは米国の可能性は?

朝起きてからロンドンの事件を報道で知り、さらにパリの事件を知ったアナヒタは、書き留めておいた謎の数字を眺めた。そして、そこにはロンドンとパリで爆破されたバスの路線番号と爆破時間(現地時間)が書かれていることに気付いた。おまけのもう1組、数字の組み合わせがあり、同じように、バス路線番号と爆破時間と解釈できた。この法則に従えば、「現地時間18:48に路線番号119のバスが爆破される」ことが読み取れたが、どの国の、どのバス路線を指しているかはわからなかった。

アナヒタは上司に知らせようとしたが、ロンドンとパリの事件対応の会議に忙殺されて会ってくれない。そこで、高校の同級生だったキャスリン・アダムスにメールを入れ、キャスリンの母であるアダムス国務長官との面会を頼んだ。アナヒタはキャスリンに連れられて国務長官に会うことができ、彼女に数字の謎を話した。

ヨーロッパ中の「バス路線番号119」のリストが出来上がったが、それだけではどのバスが標的になるか特定できない。リストを見ていたアナヒタは、そこに「フランクフルト」があることに気づく。ギルがフランクフルトに向かうと言っていたことを思い出し、すぐに彼にメールを入れた。するとギルは、フランクフルトに着いており、《科学者》の後を追って、これから119番のバスに乗ると答えてきた。この《科学者》こそ爆破のターゲットに違いないとアナヒタが気づいたとき、すでに爆破時間まで3分余りしかなかった。すぐ「爆弾、降りろ」とギルに伝えたが、返事がない。エレンとキャスリンに、ギル・バハルというジャーナリストがフランクフルトの119番バスに乗っていて、爆破のターゲットと思われる《科学者》も同乗していると話すと、驚いたことに、ギルはエレンの最初の夫との間の息子で、キャスリンの父違いの兄だった。キャスリンはすぐにギルに電話をかけ、その電話に向かってエレンは「そのバスはあと1分で爆発する。すぐ逃げて」と叫んだ。電話からは、バスを止めるよう運転手に話す声、爆弾があるから逃げるよう乗客に伝える声、そして怒鳴り合うような人々の声が聞こえてきたが、1分後、通話は切れた――。バスは爆破され、多くの死者が出たが、ギルは重傷を負いながらも命に別状はなかった。

アメリカ政府内に潜伏し続けてきた極右勢力

エレンが国際メディア企業を統括していた頃、彼女のメディアは、テロリストに武器を売って暴利をむさぼっていたパキスタンの武器商人バシル・シャーの悪行を暴いた。その結果、アメリカ政府の圧力で、パキスタン政府はバシル・シャーを逮捕し、自宅に軟禁した。フランクフルトの病院でギルを見舞ったエレンに、ギルは、バシル・シャーが軟禁を解かれていて、この事件には彼が絡んでいるようだと話した。シャーがすでに自由に身であることは、現在のアメリカ政府も知らなかった。アダムス国務長官は、事件の真相解明と解決に向けて、中立国オマーンで現在外交関係が中断されているイラン外相と会い、その後テヘランに飛び、大統領や最高指導者と会った。さらにパキスタンにも飛び、首相と会った。そして、前米国大統領エリック・ダンが任期の最後、バシル・シャーの解放をパキスタン政府に要請したことが判明した。自由の身になったシャーは現在どこにいるのか? 彼の究極の目的は何か?

アダムス国務長官には2人の補佐官がいた。1人は政府から正式に任命された若い新進気鋭の主席補佐官チャールス・ボイントン。もう一人は子供の頃からの親友、元学校教員のべッツィ・ジェイムソンだった。エレンはベッツィに秘密の任務を託した。ヨーロッパでの爆破事件の後、エレンは、政府内部にシャーと内通している人物がいると感じた。それを突き止めるよう頼まれたベッツィは、ひとりワシントンに戻った。そして、ダン前大統領の元報道官であり、不当に批判されて解雇されたピート・ハミルトンを雇い、政府内のコンピューターファイルから内通者の手がかりを探し出そうとした。しかし、真相に近づいたハミルトンはベッツィに「HLI」という頭文字を送ったのを最後に連絡が取れなくなり、死体で発見された。HLIとは、アメリカ政府の内部に何代にもわたり潜伏し続けてきた極右勢力で、政府のデータベースの奥底にその情報は隠され続けてきた。ダン前大統領はこの極右グループの傀儡だった。ダンが大統領選挙で落選した今、この勢力はバシル・シャーを使ってアメリカ現政権を倒そうとしていた。そして、シャーの背後に見え隠れするロシア大統領……。 ホワイトハウスが危ない!

エレン・アダムス国務長官の大活躍に、乞うご期待。

著者について

ヒラリー・ローダム・クリントンは、2016年の大統領選挙で、民主党大統領候補として共和党候補ドナルド・トランプと戦い、小差で敗れた。彼女は1993年から2001年までファーストレディとして夫ビル・クリントン大統領を支えたが、2000年、まだ大統領夫人だったときに、ニューヨーク州で上院議員となった。2008年の大統領選挙では民主党大統領候補をバラク・オバマと争い、予備選挙で敗れている。この小説で、エレン・アダムスが政敵だったウィリアムズ大統領から国務長官に任命されるという設定は、ヒラリーが第一次オバマ政権で国務長官に任命されたことを連想させる。また、エリック・ダン前大統領は、明らかにドナルド・トランプ前大統領をイメージしている。

ルイーズ・ペニーはカナダの小説家。アーマンド・ガナーシュ警部を主人公にした小説シリーズが代表作。彼女とヒラリーがどのような経緯で共著者になったかについては、実在したベッツィが橋渡し役をしたことが巻末で明かされている。実在のベッツィ・ジョンソン・エイベリングも小説同様にヒラリーの親友だった。2016年の大統領選キャンペーン中、ヒラリーとベッツィはインタビューで2人の共通点を訊かれ、ベッツィが「犯罪小説を読むことだ」と答えていた。さらに、今読んでいる小説を訊かれて、2人ともルイーズ・ペニーの作品を挙げた。そのインタビュー記事を読んだ出版社の担当者は、ルイーズとベッツィを引き合わせ、2人は意気投合した。その数週間後、ルイーズの夫が病死し、意気消沈しているルイーズのもとに1通のカードが送られてきた。送り主はまだ会ったことのないヒラリー・クリントンだった。そこからヒラリー、ベッツィ、ルイーズの親交が始まり、2019年7月にベッツィが乳がんで亡くなるまで続いた。そして2020年春、ルイーズのもとに、ヒラリーと共著で政治スリラー小説を書かないかという話が持ち込まれるとルイーズは喜んで引き受け、2人は小説の中でベッツィを蘇らせることにした。ヒラリーとルイーズにとってこの作品は、政治サスペンスであるとともに、女性の友情やパートナーシップの証しでもある。

佐藤則男のプロフィール

早稲田大学卒。米コロンビア大学経営大学院卒(MBA取得)。1971年、朝日新聞英字紙Asahi Evening News入社。その後、TDK本社およびニューヨーク勤務。1983年、国際連合予算局に勤務し、のちに国連事務総長となるコフィ・アナン氏の下で働く。 1985年、ニューヨーク州法人Strategic Planners International, Inc.を設立し、日米企業の国際ビジネス・コンサルティングを長く手掛ける。この間もジャーナリズム活動を続け、ヘンリー・キッシンジャー元国務長官、ズビグニュー・ブレジンスキー元大統領補佐官らと親交を結ぶ。『文藝春秋』『SAPIO』などに寄稿し、9.11テロ、イラク戦争ほかアメリカ情勢、世界情勢をリポート。著書に『ニューヨークからのメール』『なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか?』など。 佐藤則男ブログ、「New Yorkからの緊急リポート」もチェック!

初出:P+D MAGAZINE(2021/11/12)

吉川 凪『世界でいちばん弱い妖怪』
葉真中 顕『灼熱』/終戦後ブラジルで起こった「勝ち負け抗争」の真実に迫るフィクション