ニホンゴ「再定義」 第3回「ガンダム」

日本語「再定義」第3回バナー


『キャプテン翼』

 浦和レッズからドイツ・ブンデスリーガ1部のVfLヴォルフスブルクに移籍した長谷部誠が「チーム全員がキャプテン翼を知っていた」のに驚いた! という逸話がサッカー業界のみならず広く有名な作品。実際にジダン、デルピエロ、メッシ、イニエスタ、シャビ、ポドルスキといった錚々たるレジェンドたちが『キャプテン翼』ファンだったことを公言しているのが凄い。主人公の大空翼が作品内でリーガ・エスパニョーラのFCバルセロナに入団した際、バルサの永遠のライバル、名門レアル・マドリードの幹部が(作品内ではなく実世界で)「なぜウチに来んのじゃ!」と激怒したという逸話も素晴らしい。しかしいくらサッカーが世界的人気スポーツとはいえ、本作がこれほど国家や文化の分け隔てなく歓迎されたのは何故か? という点については、いわゆるスポ根ドラマ的な湿度や息苦しさを突き抜けた、主人公を取り巻く「サッカーって凄い!」「素晴らしい!」「面白い!」「ボールはともだち!」というポジティブ気概の連鎖で形成されるドラマ構造が汎人類的に刺さったのでは? という説が最有力とされる。また、日本人と外国人の顔立ちを描き分けていなかった(これはマンガ連載当時よく揶揄ネタになったらしい)のが、結果的に国際市場で有利に機能したという説もある。実際、翻訳版はその国に合わせたキャラ名に変えて違和感なく通用していたし。なお揶揄といえば、スカイラブハリケーンなど「それ絶対無理だろ」的な荒唐無稽な必殺技はお子様の間でもしばしば揶揄冷笑されていたが、シャビとかが「ああいう描写があればこそ、現実サッカーでの想像力や情熱が高まったのだ」と述べると、冷笑は一気に引っ込むのであった。レジェンドって素晴らしい。

『もののけ姫』

 というか『もののけ姫』以降の宮崎駿系作品という括りになるが、これらは特に欧米では(フランスが誇る)アートコミック系の延長上の文脈で評価されている印象がある。それまでの『ルパン三世カリオストロの城』『風の谷のナウシカ』『天空の城ラピュタ』といったギャグ・シリアス・活劇の混淆をさらに練り上げた結果、こういう凄い作品が出てきましたか! ではなく、うちのハイカル的な評価レンジの枠内に入る作品がついに来ましたよ! という感じ。しかし冷静に考えてみて、日本的コンテンツの文脈を熟知していない人の感覚ではやはりそうなっちゃうな、という結論に至るしかない気もする。

 …以上。ガンダムはこのどれにも近くない。

 そもそもガンダムシリーズ、派生作品がやたらに多いため外野から理解しにくいという一面がある。仮想空間における競技的ガンプラバトルを描く「ビルドファイターズ」シリーズなどは、ガンダムというよりガンプラアニメというべきだろう。いやそれはそれで全然オッケーなのだが、すべてを等価に扱ってしまうと「なんでもアリ」的な解釈のインフレ状態が発生する。そこで敢えて観点を絞り、ここでは「宇宙世紀もの」と呼ばれる初期シリーズの眷属をベースに考えたいと思う。要するにアムロやシャアが存在する時間線の話ですよといえばわかりやすいだろうか。

 アムロが出てくるガンダム世界についての思い出インプレッションでよく聞くのが「学校の戦争教育よりも戦争というものを考えさせられた」「いわゆる【敵=悪】というありがちな図式を裏切る展開がインパクト大だった」というもので、えーでもそれだったら『銀河英雄伝説』と同じじゃん! といえないことも無いのだが、やはりガンダムは違う。根本的に違う。何がといえば、RX-78ガンダムという主役メカの、形といい色といい顔といい、
どう見ても小児用玩具タイアップありき
な外見だ。そこには当然「このビジュアルなら、子供だましの勧善懲悪な内容に違いない」という先入観が生じるのだが、フタを開けてみればなんとビックリ、名も無い敵の雑兵がすごく立派でいい人だったり、正義のはずの地球連邦政府がいろいろ腐敗していたり、等々、なんともいえない意表のハイブロー展開の連打にお子様はシビれたのだ。お子様というのは実は大人の期待値よりも数段かしこい存在で、たとえば学校の「平和」「戦争」「道徳」教育のたぐいなど、端から肝心な結論が透けて見えているため、子供ながらおもいっきり萎えまくりなのが相場だったりする。ゆえに、そんな彼らにこそ
ガンダムは効く。
そして彼らは思う。大人たちは、ロクに見もしないでガンダムをお子様コンテンツと決めつける。だが違う! これは、あんたらが思っているのより数段も素晴らしい、中身のある、大人の鑑賞に堪える作品なのだ! と。ちなみにこのファン層においては、主役メカたるガンダムよりも、敵役かつやられメカであったジオン軍の量産型ザクのほうが人気が高かったといわれる。その真相を確認するすべはないが、喩え話としての的確さは濃厚に窺える。

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