ニホンゴ「再定義」 第4回「呪う」
当連載は、日本在住15年の〝職業はドイツ人〟ことマライ・メントラインさんが、日常のなかで気になる言葉を収集する新感覚日本語エッセイです。
動詞「呪う」
オカルト大国といえば心霊協会で有名な大英帝国に対するリスペクトを忘れてはいけないが、わが日本もなかなかのものだ。実話怪談系が大人向けのコンテンツとして立派に成立している(もっとあけすけにいえば、インテリ路線な人がソレ系のブツを満喫しても特に恥ずかしくないとされる)あたりで、何気に勝ったも同然といえる。
………というか、日本人の知人の話によればむしろ過去、80年代や90年代のオカルトコンテンツのほうが、子供だまし感が強かったそうな。統計的に調査したわけでもないから断言はできないけど、興味深い体感証言ではある。
いっぽうわがドイツにて、大人でオカルトに関心を持つのは基本的にイタいふるまいとされている。ぶっちゃけ、現代ドイツでオカルト趣味といえば、
・キリスト教系サブカル雑誌の幸運グッズ通販広告に象徴される何か。
・ハーレクイン耽美系イケメン吸血鬼ドラマに象徴される何か。
・ナチス超技術伝説に象徴される極右系な(ただし安直な)何か。
にだいたい収斂してしまう。受け皿の狭さが凄い。ゆえにたとえば書店は、海外産の上質なホラー小説をどの棚に置けばよいのかわからなかったりする。ドイツでも評価の高いスティーヴン・キングが良い例だ。恐るべきことに「ホラー」という棚区分がそもそも存在しないので、作品ごとに「ファンタジー」「サスペンス」「ヴァンパイア」「SF」「ミステリ」「歴史フィクション」に無理やり分散配置していたりする。同じ本が書店によって違う棚にあったりするのはいうまでもない。探しづらいぞ。ちなみに気の利く書店の場合「著者別」の棚を設けてそこにキングを集中配置していたりするが、それも満足な解決策とはいえないだろう。キングが救済されてもDVD・ブルーレイ売り場で『リング』の居場所が無いという問題が残ってしまう。「きっとくるぅ~♪」とか歌ってる場合ではない。ともかく、知的な潜在ニーズがあるのにジャンル設定を拒否するドイツの文化的姿勢は不自然とさえいえる。
かくいうドイツ社会も、最初からオカルト不毛地帯だったわけではない。
「ヒンターカイフェック事件」をご存じだろうか? 20世紀未解決事件トップ10にだいたいランクインする、1922年にバイエルンの農場で起きた奇怪な一家殺害事件だ。詳細については各自でWeb検索していただきたい。犠牲者たちのキャラが横溝正史ワールドばりに濃いのも印象的だが、それ以上に濃ゆかったのが捜査に当たったミュンヘン警察である。
行き詰まりを見せ、迷宮入り確実に思われた捜査状況を打開するため、なんとミュンヘン警察は霊能力者を起用する。霊界交信による証言ゲットの試みだ。そのために、遺体の頭部を切断して霊能者のオフィスに送るという凄いことをやっている。犯人よりもヤバいだろミュンヘン警察。しかも結果的に成果無し!
組織の威信をかけた霊能捜査の失敗で警察の面目丸つぶれ。残されたのは頭部だけ。いったい、どうしてくれるんだ! という感じですね。
で結局、この「役に立たない」「面目を潰しやすい」という、技能の不確実性に由来する問題点が、どうもドイツ社会でのオカルト文化の地位失墜につながったように見受けられる。「ホントかウソか」ではなく「役に立つかどうか」が重要という世界。ヒンターカイフェック事件はその決定的な一撃だったというべきか。もし役に立ちさえすれば正当化のための論理構築などいくらでも後付けできるわ! と言ってしまうとなかなか怖いが、そういえばナチス第三帝国とはまさにそういう世界だったわけで、残念ながら納得せざるを得ない。