ニホンゴ「再定義」 第4回「呪う」
そして彼らは世界を呪う。許すな格差! 社会の公正・公平性の実現を! といったお題目は次第に建前となり形骸化し、既得権層に対する怨念の具体化こそが目的となり、組織の求心力となる。
ゆえにここに、ネット呪詛攻撃が「役に立つツール」としてドイツで浮上する可能性が存在する。実際、ドイツのいまどき的極右はネットカリスマ化を意識していろいろ頑張っているものの、いまいちダサいというか、呪怨マインドや反教養主義のツボを押さえていないというか、ひろゆき流の「それってあなたの感想ですよね?」的な必殺自在スタンスを目指していながら、まるで足元にも及ばない感じだ。
しかし、やがて誰かが台頭するだろう。
そのとき、伝統的教養勢力がネット呪詛の力学をまるで知らないままでいるのもどうかなーと思うので、私は問題提起したいのだ。まあ、ドイツ本国のメインストリーム知性がそんな話をまともに聞いてくれるかどうか甚だ疑問ではあるのだが、言いたいから言うのだ。
ときに本格呪怨といえば、ワールドクラスに展開した最近の例にも言及しておかねばならない。
ウラジーミル・プーチンである。
彼が2022年にウクライナ侵攻に踏み切った経緯と動機についてはいろいろ言われているが、たとえばプーチン分析のトッププロの一人であるフィオナ・ヒル(ブルッキングス研究所上級研究員)などは、「冷戦終結以来、【ロシアを対等な仲間として受け入れると見せかけて、政治的にも社会的にもさりげなく見くだし続けてきた】西欧諸国の姿勢に対する【世代的】怨念の蓄積」を非常に重視している。まあ怨念はあくまで怨念であり、そのままでは呪いとしての効力を発揮するものではない。が、プーチンが偽史カルト的な研究組織をプロデュースし、それに「権威付けを行って」「自ら信じ込んでいる」という分析情報が出るにおよび、ああ、これは呪術以外の何物でもないな、と感じた次第。実はナチ時代、親衛隊長官ハインリヒ・ヒムラーがアーネンエルベ(ナチス親衛隊のシンクタンク)でやってたことの真似という気もするのだけど……
まあ、なかなかすごいなこれは。
とはいえ実際にはプーチンの思い通りにはいかない、たとえば『帝都物語』の「魔人」加藤保憲に比べて大幅に手際が悪いのも事実で、なぜかといえば理由はいろいろあるが、ひとつにはプーチンの呪力に対する戦後ドイツ人・ドイツ政府・ドイツ外交の鈍感力が強いからかもしれない。「効いてないよ~!」と虚勢を張るのではなく「そもそも感じてない! ゆえに効かぬわ!」という究極防御である。
ナチの罪業に対してひたすら土下座外交することで有名なドイツ人だが、あれは「論理的・法律的に明確に罪業を定義された」ことを踏まえた、よそ見をしない鋼鉄の意志でやっているものであり、決して感性の繊細さが表れたものではない。ホロコースト史跡で心霊話をいっさい聞かないのもそのへんと絡んでいるのかもしれない。おそるべしドイツ鈍感力! ある意味、究極の「呪術返し」といえるかもしれない。
そうなると、ドイツ新右翼が今後展開するであろう呪怨ネット戦術についても特段心配する必要は無かったりするのか? いやいや、ドイツならではの面倒くさい双方向的サムシングが何かしらそこに炸裂するだろう、きっと。ということで、私も引き続き考えようと思う。
(第5回は6月30日公開予定です)
マライ・メントライン
翻訳者・通訳者・エッセイスト。ドイツ最北部の町キール出身。2度の留学を経て、2008年より日本在住。ドイツ放送局のプロデューサーも務めながらウェブでも情報発信と多方面に活躍。著書に『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』。