作家を作った言葉〔第22回〕青松 輝
これから一冊の詩集と、戦いの話をする、すごく幼いころから、何かと戦っているような感覚がずっとあった、もしかするとあなたもそうかもしれない、まわりの人間はみんな敵なので、冗談以外でしゃべることができず、夜は眠れなくて、手に入れていたものと与えられていたもの、どれも無意味に感じ、すべてを否定して、否定しようとすること自体も否定した。
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長い時間をかけて、誰も知らないような本を読んで、誰も知らないような音楽を聴いて、誰も知らないような動画を観て、それは自分にとっては遊びというより戦いで、そうすることで自分を守れる気がしていた、その途中で、平出隆の『胡桃の戦意のために』というふるい詩集を読んだ。
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そのころの僕は20歳くらいで、もう短歌を真剣に書きはじめていたが、誰も僕のことを知らず、言葉はほとんど誰にも届いていなかった、お金もなかったから詩集はあまり買えず、『胡桃』も、当時の恋人にプレゼントされて読んだ、その日の夜の、読後の感覚を今でも思い出すことができる、集中力が高まって、視界がどこか一点にズームしていくような、頭の中が透明に澄んでいくような、それは都内のどこかの喫茶店で、自分と恋人が座っているテーブルを、そのときやたら茶色く感じた。
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何度も読み返すうちに、この詩集は戦いの記録で、自分もこのようにして戦わなければならないと、言葉をつかって世界と対決することができると、確信するようになった、自分の短歌が誰かに読まれるようになっても読み返したし、インターネット上で多くの人に向かって話すのが仕事になっても読み返したし、本を贈ってくれた恋人と別れてからも、もちろん読み返した。
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たった一冊の歌集を出したばかりの僕が、〈作家〉として何かを言いたいとはまったく思えない、ただ、今でも、戦わなければいけない、と思う、すべてに勝ちたいと思う、敵はどこにでもいる、もしかするとあなたも僕の敵かもしれない、もしそうなら、僕はあなたとも戦う。
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―くるしみはくるします敵をくるみから奪った。だが、それが好機なのだ。ぼくたちも、愛などと言いあいながら転び、そこらじゅうの生きものの入りくんだ管を根の指で探し出し、折れ曲った光の歯で、喰いちぎる気だ。
(平出隆『胡桃の戦意のために』「111」)
青松 輝(あおまつ・あきら)
1998年生まれ。東京大学Q短歌会に2018年から2022年まで所属。「ベテランち」「雷獣」の名義で YouTube でも活動。著書に歌集『4』がある。