こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』最初の1篇(+α)まるごとためし読み!
『依子? 眠れないのか?』
トトがそう言って、私の寝床に潜り込んできた。
『次の襲撃がいつ来るかわからない。眠れる時に眠っておいた方がいい』
「うん、わかってる」
『またその写真を見てたのか』
「……うん」
枕元の明かりに、持っていた写真をかざす。そこに写っているのは、かつての、そしてもうここにはいない親友の姿だった。
依子、助けて──。
あの日の光景が、今も頭に焼きついて離れない。ついさっきまで目の前で笑っていたはずのあの子を、突如空から降ってきた宇宙人が連れ去っていった。私は何もできず、あの子が奪い去られていくのを眺めていることしかできなかった。さきちゃんは泣きながら、私に助けを求めていたのに。
「その時誓ったんだ。宇宙人から、必ずあの子を取り戻すって」
それが、私が宇宙人と戦い続けている理由のひとつでもある。もちろん私に、あの子はきっともう帰ってこない、忘れた方がいい、と言う人もいる。でも、それでも私は。
「私、信じてるの。さきちゃんは生きて、私の助けを待ってる」
目的を果たすまでは絶対泣かないと決めたのに、声に涙が滲んでしまった。トトから隠れるように、シーツで目元をぬぐう。
すると、それまで黙って話を聞いていたトトが初めて口を開いた。
『わたしも信じているよ。絶対にさきを取り返そう』
ありがとう、とつぶやくと、トトは昔のように、私に体をすり寄せてきた。昔はこうして、ひとつの布団で一緒に寝ていたことを思い出す。セラミックのつるつるとした感触を、指の腹でなぞった。たとえ温もりなんかなくたって、その体はとてもあたたかかった。
***
私がさきちゃんと友達になったのは、小学五年生の時の身体測定がきっかけだった。たまたま後ろの席だったさきちゃんが、私の測定結果を覗いて、驚いたように声を上げた。
『わ、すごい』
その言葉に振り返ると、さきちゃんが自分の結果を指さして、興奮したように言った。
『身長も体重もほとんど一緒。こんなことってある? あたし達、双子みたいじゃない?』
クラスメイトからこんな風にやさしく声をかけられたのは初めてで、すごく戸惑ったのを覚えている。それから、さきちゃんと仲良くなるのにそう時間はかからなかった。
『高橋さんちの犬、トトっていうんだ。かわいいね』
さきちゃんは、私がトトと喋れるようになったと打ち明けた時も、他の人達のように馬鹿にしたりはしなかった。むしろ、かっこいい、あたしの好きなアニメのキャラみたい、と褒めてくれた。なんとかというアニメに出てくる、ノエル、という名前の男の子だ。
『ノエルは昔のトラウマで、仲間にも心を閉ざしてるんだ。でも、唯一動物にだけは心を開くのね。動物は嘘を吐かないからって。ノエルは動物の心が読めるの。なんでかって言うと……』
互いの家を行き来するようになって、しばらく経ったある日のこと。さきちゃんのうちに遊びに行った帰り、マンションのエレベーターで偶然、大型犬を連れたおばあさんとすれ違った。あれ、と思った。私達の距離がぐっと縮まったのは、さきちゃんのこんな一言がきっかけだったから。
『あたし、ずっと犬飼ってみたかったんだ。でも、うちは動物禁止のマンションだから、ダメって言われてる。今度、トトに会わせてよ』
おばあさんを見かけた次の日、勇気を出してさきちゃんに、犬飼えなかったんじゃなかったっけ、と聞いてみた。すると、さきちゃんは観念したように肩をすくめ、ぺろりと舌を出してみせた。
『嘘、吐いちゃった。依子と早く仲良くなりたくて』
私はその時、生まれて初めて自分が「友達から嘘を吐かれた」ことに気づいた。だってトトは、嘘を吐かない。嘘を吐くのは、人間同士だからだ。たったそれだけのことですら、友達がいなければできないのだ、ということを私はその時初めて学んだ。
『依子も三月生まれなの? 早生まれなんて、いいことないよね。春休みだし、クラス替えもあるし……。ねえ、そうだ。今度、一緒に誕生日パーティーしようよ』
『今度の社会科見学、依子と一緒の班がよかったな』
『家庭科で作るエプロンの生地、まだどれにするか迷ってるの? あたしと同じのにしなよ。ほら、この星柄のやつ。お揃いでいいじゃん』
『ねえ依子、髪ふたつに結わえてあげよっか。あたしと一緒』
ひとつずつ思い出が増えていくたび、さきちゃんに近づけたような気がした。さきちゃんはやさしかった。小学校を卒業する時、中学でクラスが分かれても一生友達だからねと言ってくれた。入学式でまさかの同じクラスになって、運命だねと言って喜び合った。こういう日々が、これからも永遠に続いていくんだろうと、本気でそう思っていた。
なのに今年のクラス替えで、私はさきちゃんと初めてクラスが分かれた。
『あたし、このクラスでうまくやっていける気がしないよ。依子がいないとさみしい。放課後、絶対一緒に帰ろうね』
新学期当初、さきちゃんは涙ながらにそう語っていたけど、蓋を開けてみれば、一緒に下校をしていたのは最初の一週間だけだった。さきちゃんは新しいクラスで、同じ趣味の「同志」を見つけたらしい。その子達との予定があるとかで、放課後の約束は今日に至るまで、なんのかんのと言ってはぐらかされてしまっている。私はといえば、クラス替えから一ヶ月が過ぎた今も、一緒に下校するような友達はできていない。
『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。