椹野道流の英国つれづれ 第20回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯20
「というわけでね、友達のホームステイ先だったってだけのおうちに、これから毎週、サンデーディナーをいただきに行くことになって……」
「毎週!」
「う、うん。もちろん、お互いに用事がないときだけど。……やっぱり、変?」
翌日の午後、私が、リーブ夫妻からのお誘いについて打ち明けた相手は、個人レッスンを担当してくれている教師、ボブでした。
私より5歳年上の彼は、擦る程度にトム・クルーズ似の、端整な顔立ちをしていました。トムを上からぎゅーっと圧縮したような感じといえば伝わるでしょうか。
内気を克服したことが何となくうかがい知れる感じの、社交的でありながら、相手の反応次第では素早く撤退する用心深さがむしろ好もしくて、私はすぐに彼と打ち解けました。
授業のときは気をつけていましたが、それでも話が盛り上がってくるとつんのめるような早口になる癖があって、一部の生徒からはクレームがあったようです。
でも、実はけっこう「ええとこの坊ちゃん」であったらしい彼は綺麗なクイーンズイングリッシュを話し、何よりいつもほどよく快活、ほどよく穏やかな態度で気持ちのアップダウンがあまりなく、私にとっては安心できる話し相手でもあったのです。
「変とまでは言わないけれど……誰かに何か言われた?」
探るようにボブに問われ、私は正直に頷き、答えました。
「午前のグループレッスンでその話をしたら、みんなに、それは危険だって言われて」
「まあねえ」
ボブは両手の指を頭の後ろで組み、椅子の背もたれにぐーっと体重をかけて笑いました。
「普通に考えたら、わりと奇妙だよね。ほとんど見知らぬ人が、無関係のジャパニーズに毎週ご馳走を食べさせてくれるなんて。先方には、何の得にもならない話だし」
「……それはそう。ホントにそう」
「でもね、大丈夫だよ」
急に楽観的な発言をするボブに、項垂れていた私は驚いて顔を上げました。
ボブは、くすんだブルーの目でパチリとウインクして、こう言いました。
「実は知ってるんだ、リーブ夫妻のこと。直接の面識はないんだけど」
「えっ? どうして?」
「彼らが長年ホストファミリーをしている語学学校に、僕はここに来る前、勤めていたから。学校のアコモデーション担当からも、学生からも、ちょいちょい話を聞いた。特に学生からは、日常的なことをあれこれとね」
「あー!」
なるほど。ブライトンとポートスレイドは、とても大きく括れば隣町みたいな位置関係です。ありえる話でした。
日本だけでなく、イギリスでも「世界が意外と狭い」現象は起きるのですね。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。