椹野道流の英国つれづれ 第32回
◆前髪のある小鳥の話 #2
いつもなら、サンデーディナーをいただいたあと、みんなで居間の暖炉の前に移動し、お茶とビスケットをいただきながら、テレビでお決まりの「アンティーク・ロードショー」を見る……という流れですが、その日は違いました。
「じゃあ、俺は先に帰って、君を迎える準備をしておくから」
食事を終えるなり、マイクがそう言ってすっくと立ち上がり、家を出て行ってしまったからです。
「じゃあ、チャズ、大急ぎで片付けをして、出掛けましょう。ジャック、車のエンジンをかけておいてね。最近、上手くかからないことがあるでしょ?」
ジーンもやけに張り切った様子で、私とジャックを急かしました。
いつもは、心臓が少し悪いせいか、動きがゆっくりなジャックも、「わかった」と外へ出て行きます。
何だか、ふたりともやけに張り切っているし、嬉しそう。
勿論、食卓を片付けないことには何もできないので、私は食器を集めてシンクに運びながら、ジーンに訊ねてみました。
「マイクの家には、あんまり行かないの?」
するとジーンは、こともなげに答えてくれます。
「いいえ? そんなにしょっちゅうではないけれど、まあまあ行くわよ。そう遠くないし」
「そうなの? 何だかふたりが嬉しそうだから、よっぽど久し振りなのかと思った」
「そうじゃないのよ。でも、珍しくあの子がやる気になっているから、早く行ったほうがいいと思って」
「珍しく?」
驚く私に、ジーンはお皿を洗いながら、秘密めかした小声で言いました。
「あの子はちょっと気難しいところがあって、気に入った人にしかカナリアを売らないの。まして、あげるなんて言うのを聞いたのは、初めてなのよ」
「そうなの?」
「そう。何だかやけにあなたが気に入って、しかも心配なのね。動物を大事にする人だと知ったこともあるんじゃないかしら」
「ああ、これまで色んな動物と……鳥だったら、アヒルと暮らしたことがあるって話をしたから?」
「ええ。アヒルと暮らすよりは、カナリアと暮らすほうが簡単でしょうし」
「それはどうかなあ。大きい鳥には大きい鳥の、小さい鳥には小さい鳥の大変さがあると思う」
「あら、そう? マイクはきっと、あなたのそういうところがよかったのね」
ジーンは、洗い上げたお皿を次々と私に手渡しながら、そんなことを言いました。
私は受け取ったお皿をティータオルでごしごし拭いて、重ねて棚の所定の場所にしまい込みます。
すっかり、勝手知ったる他人の食器棚です。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。