椹野道流の英国つれづれ 第32回
確実に8畳くらいはある立派な鳥小屋は、マイクがDIYで建てたものだそうで、エアコンはありませんが、温水ヒーターで冬は暖かく保てるようになっていました。
中に入ると、壁沿いにズラリと小鳥用のケージが設えてあります。
それぞれのケージに小鳥たちがいて、可愛いさえずりがサラウンドに聞こえました。
「今は、雛たちが売れて、数が少ない時期なんだ。カナリアのブリーダーは今はそう多くないから、けっこう人気がある」
マイクはそう言いながら、手前のケージの前に立ち、私を手招きしてくれました。
私は、足音を立てないように、ゆっくりと近づきます。
木製のケージはとても大きいので、中には複数羽の小鳥たちがいました。
「全部、カナリア?」
「そうだよ。カナリアといっても、色んな種類がある。あっち側は親世代、こっち側は、数は少ないが、僅かな売れ残りと、繁殖用に手元に残すことに決めていた雛たちだ。雛といっても、もう羽根が生え替わって、すっかり大人の姿だけどな」
「へえ……」
「こっち側の雛世代から、好きなのを1羽選べばいい。ずっと奥までよく見……」
マイクは、奥までよく見て決めろと言おうとしてくれたのだと思うのですが、私は、彼が最後まで言うのを待ちすらせず、「この子にします」と口走っていました。
小鳥だけに、くちばし、って。言うてる場合か。
マイクは「!?」と顔じゅうで驚きを表現し、熊っぽい身体を軽くのけぞらせます。
私も、自分自身に驚いていました。
でも、最初に目にした1羽が、あまりにも凄いインパクトだったのです。
そこにいたのは、カナリアと聞かされていなければ、「変わった雀ですね」と言ってしまいそうな子でした。
いわゆるカナリアイエローは、胸元だけ。胴体の大部分も翼も、完全に雀色のそれです。
さらに、そのカナリアには、「髪の毛」がありました。
正しくは、頭のてっぺんの羽根がこんもり立派で、まるでマッシュルームカットのように、目を覆い隠す勢いで垂れ下がっているのです。
ビートルズ……! 何これ可愛い。あまりにも可愛い。最高。
一瞬で、魂を撃ち抜かれた感じがしました。
「いや、奥のケージには、とても美しい俺の自慢のローラーカナリアたちがいて、毎年争奪戦にな……」
「この子がいいです」
「でも、チャズ。この子はメスだから歌わないよ?」
「いいです、この子にします。この子をください」
マイクはしばらく絶句していましたが、やがて、ちょっとやるせないように、でも面白がっているように、両手を広げて何度か振ってから、パンと手を打ちました。
「一目惚れだね。いいだろう。その子をあげよう」
それが、私とこの後10年を共にするカナリアとの出会いでした……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。