椹野道流の英国つれづれ 第32回

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そういえば、ジーンのイギリス式お皿洗いに、私はいつしか慣れてしまっていました。

洗い桶に水を張り、洗剤を入れて、そこに食器を全部浸けてしまう。

そして、スポンジかブラシで擦って汚れを落としたら、そのまま濯がずに拭き上げてフィニッシュ。

そんな日本人から見れば仰天の洗い方も、水が潤沢でない国だからこそ。

自分の国のやり方と違うからといって、いきなり異を唱えたりせずに、まずは「郷に入っては郷に従う」を心がけることを、私はこの国に来て学びました。

よそから来た人間に、自分たちが普通にやっていることをまるで異常なことのように言われたら、腹が立ちますからね。

私自身、語学学校のカフェで食事をするとき、「いただきます」と軽く一礼することをクラスメートたちにからかわれ、大袈裟に真似られたときの「君らに関係ないやろ! 危害も加えてへんやろ! ほっとけよ!」とやけに腹が立った経験があるので、そのあたりのことにはとても慎重になったのです。

とにもかくにも、大急ぎで洗い物を終えた私たちは、ジャックが運転する車に乗り込み、マイクの家へと向かうことにしました。

リーブ家のあるポートスレイドからマイクの家まで、自動車で20分ほどの道のりです。

そう遠くないとジーンは言っていましたが、それでも途中、10分ほどは高速道路を使ったので、距離はそこそこあるようです。

車窓から見える、なだらかな丘が続くイングランドの田園風景や、そこで草を食む羊や牛たち、そして、細い道路沿いに突然現れる小さな集落。

高速道路を下りるなりそんな風景が続くのも、何だか嬉しいところです。

マイクの家は、まさに「野中の一軒家」でした。

隣の家はずいぶん離れたところにあり、小さな家の周りには、畑が広がっています。

木製の柵で囲まれたそう広くない庭には、いかにも無造作に、色々な植物が植えられていました。

中でも目を引くのは、大きなアザミ。いわゆる、アーティチョークです。

食べるのかな、観賞用かな……と思っていると、家の中からマイクが出てきました。

「さあ、どうぞ。こっち。お父さんとお母さんは、家の中にいていいよ。勝手にお茶でも飲んでて」

「じゃあ、そうするわ。カップボードから、勝手にビスケットも出すわよ」

「俺も、鳥臭いのはごめんだから、そうするか」

いかにも親しい、遠慮のない親子らしいやりとりをして、ジーンとジャックは家へ入っていきます。

私はマイクに連れられ、家の裏側にある「鳥小屋」へと向かいました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

作家を作った言葉〔第26回〕武塙麻衣子
◎編集者コラム◎ 『ブレグジットの日に少女は死んだ』イライザ・クラーク 訳/満園真木