著者の窓 第41回 ◈ 浜口倫太郎『サンナムジャ ヤンキー男子が K-POP に出会って人生が変わった件』

著者の窓 第41回 ◈ 浜口倫太郎『サンナムジャ ヤンキー男子がK-POPに出会って人生が変わった件』
 焼き肉店のツケ100万円を払うため、アイドルグループを結成して、コンテストの賞金獲得を狙うヤンキー高校生・春井戸貫太。しかしメンバーは一癖も二癖もある男子生徒ばかりで……。浜口倫太郎さんの『サンナムジャ ヤンキー男子が K-POP に出会って人生が変わった件』(小学館)は、ひょんなことから K-POP を始めることになった高校生と、元アイドルの女性顧問の熱い奮闘を描いた、笑えて泣けるエンターテインメント小説です。令和の K-POP ブームを背景にした新たな青春物語について、浜口さんにインタビューしました。
取材・文=朝宮運河 取材中撮影=松田麻樹

〝サンナムジャ〟って何だろう、という疑問から生まれた物語

──浜口さんの新作『サンナムジャ ヤンキー男子が K-POP に出会って人生が変わった件』は痛快な青春小説です。ヤンキー男子高校生 × K-POP、という物語のコンセプトはどのように生まれたのですか?

 去年知り合いの女性から「うちの息子が出るから見てほしい」と、韓国のネット番組を薦められたんですよ。韓国でのアイドルデビューを目指す若者が世界中から参加して、選抜試験を勝ち抜いていく『BOYS PLANET』というネット番組でした。それに豊永拓斗という彼女の息子さんが参加していたんです。中学を出てすぐ韓国に渡って、アイドルになるためのレッスンを積んできたらしくて、「そんな世界があったんや」と驚いたんです。

──それまで K-POP シーンへのご関心は?

 全然なかったです。韓国映画は好きでかなり観ていますが、アイドル系はチェックしていなかった。ところが拓斗を応援しているうちにまんまとハマってしまって(笑)。残念ながら彼は途中で脱落してしまったんですが、番組内の自己紹介動画が TickTok でめちゃめちゃバズって、「トヨナガタクト」が2023年のトレンドワードになりました。その動画で拓斗が「サンナムジャ」と言っていたんです。サンナムジャって何? と調べてみたら、どうやら「男の中の男」を意味する韓国語で、BTSとか他のアイドルグループもよく使っていることが分かってきた。アイドルと男の中の男っていうギャップが面白いな、と感じたのが物語創作の発端になっています。

浜口倫太郎さん

──主人公の春井戸貫太はヤンキー漫画の世界に憧れ、リーゼントヘアに改造した学生服という昔ながらの不良スタイルで通学する高校生です。

 男の中の男といったら、自分の引き出しにはヤンキーしかない(笑)。それで主人公の貫太は気合いの入ったヤンキー高校生にしました。といっても昭和のような本物のヤンキーは、この時代に受け入れられないような気がしたので、煙草も酒もやらないし弱い者いじめもしない、服装自由の進学校に行けるくらいの真面目さを持っているキャラクターに設定しました。それと僕は夏目漱石の『坊っちゃん』を愛読しているんです。悪童小説である『坊っちゃん』はある意味、ヤンキーものの元祖だと思う。無鉄砲な主人公が次々に騒動を巻き起こす『坊っちゃん』の面白さは、常に意識しています。

──貫太は行きつけの焼き肉屋のツケ100万円を支払うため、韓国語部の部員たちとアイドルグループを結成、テレビ番組のコンテスト優勝を目指すことになります。

『がんばれ!ベアーズ』っていう映画がありますよね。酔いどれの中年男が少年野球チームのコーチになって、ダメダメな少年野球チームを勝利に導いていく、あのパターンが好きなんですよ。韓国語部の部員たちはみんな冴えない男子高校生で、いわゆる陰キャですよね。それぞれに悩みを抱えた彼らが、慣れない K-POP に打ち込むうちに成長して、絆を深めていくというのは定番だけど面白いんじゃないかと思ったんです。
 実はこの小説、当初は貫太が韓国でアイドルデビューを目指すという話だったんです。でもアイデアを練っているうちにその前段階が気になってきて、今回は『がんばれ!ベアーズ』風の学園ものにすることにしました。

うまくいかない人生が K-POP によって回り始める

──ダンス未経験の貫太たちを指導するのは、韓国語部の顧問・殿上七海。一度は K-POP グループのメンバーとしてデビューを果たした彼女ですが、今は夢破れて故郷の町に戻ってきています。

『がんばれ!ベアーズ』でいうところの、飲んだくれコーチの役ですね。これは僕のこだわりなんですが、先生を立派な大人として描きたくはないんです。先生も一人の人間だし、教えることで変わっていく部分ってあると思うから。七海も感情的になったり、うまくいかないのを人のせいにしたり、先生としてそれはアカンやろという行動をいっぱいしますが(笑)、貫太たちと接することで少しずつ大人になっていくんですね。

──貫太のグループに最後に加わったのが、イケメンと評判の帰国子女・藤野来人。彼がメンバーに入ったことで、テレビ番組のコンテストで優勝するという夢にわずかに近づきます。

 アイドルものには100%のイケメンキャラが必要ですからね。来人のようなイケメンが大勢の女の子に追いかけられて、顔をしかめているという構図は、コメディとして見せ場になるし、やっぱり面白い。『坊っちゃん』にも笑えるシーンが結構ありますから、思わず噴き出してしまうようなシーンはなるべく多めに入れるようにしました。

浜口倫太郎さん

──迷いがちな貫太や七海を励まし、美味しい冷麺で胃袋を満たしてくれるのが、焼き肉屋・サンナムジャのオモニ(お母さん)。若者たちを優しく見守る彼女は、この物語のもう一人の主役ともいえます。

『坊っちゃん』で一番感動的なのって、主人公とお手伝いの清の関係ですよね。あれを貫太とオモニの関係に当てはめたんですが、オモニは七海や他の部員たちにとっても清的な存在なんです。オモニのバックボーンについては、以前テレビで見たドキュメンタリーがヒントになっています。北朝鮮出身で今は韓国に住んでいる女性が、平壌のホテルで覚えた冷麺のレシピでお店を出しているという話ですごく印象的だったんです。韓国カルチャーを扱うならグルメの要素も入れたかったですし、オモニの人生を象徴するうえでも平壌冷麺という料理はぴったりでした。

オモニの人生に隠された、激動の歴史

──ダンスがほぼ未経験の部員たちを、七海はあの手この手で鍛えていきます。コスプレをしてのメイド喫茶のビラ配りなど、愉快なエピソードが満載ですね。

 ああいうエピソードはほぼ放送作家時代に見聞きした実話がもとになっています。メイド姿でビラ配りをさせるというのも、一昔前のお笑い芸人がさせられていたことの応用です。今はもうなくなったと思いますが、昔は繁華街で大声を出させるとか、度胸をつけるための訓練があったんですよ。ダンスについてはまったく知識がないので、知り合いの振付師にいろいろ教えてもらって書きました。空手経験者はダンスが上手い、というのもその人から聞いてなるほどと思ったエピソードです。

──夏休みには合宿をして、集中的にレッスンに打ち込む部員たち。共同生活を通してばらばらだった彼らの気持ちも、少しずつひとつになっていきます。

 合宿は K-POP の世界でも実際に行われているんです。拓斗に韓国での暮らしを聞いたら、4人チームがひとつの部屋で一緒に寝起きしていると言っていました。レッスンだけでなく生活を一緒にすることで絆が深まって、パフォーマンスも向上するんでしょうね。
 韓国語部のメンバーはそれぞれ葛藤を抱えています。太っているとか、いじめられているとか、成績に悩んでいるとか。イケメンの来人も居場所を見つけられずに苦しんでいるし、何もないように見える貫太にも抱えているものがある。それをひとつひとつ克服していく過程を、大事に描きたいなとは思っていました。

──オモニが音楽を愛し、七海や貫太たちの活動を応援するのは、彼女自身の波瀾の人生が関わっていました。賑やかな青春コメディの裏側には、朝鮮半島の分断が生んだ悲劇が存在しています。

 K-POP という韓国の音楽をテーマにするからには、歴史的な背景も欠かせないと思って。『国際市場で逢いましょう』という朝鮮戦争で離ればなれになった家族を描いた韓国映画がありますけど、あれを観ると朝鮮半島の分断が大勢の運命を左右したことがよく分かります。オモニはまさにその世代を生きた人なんです。それにしても以前は同じ国だったのに、北朝鮮では海外の音楽が敵性音楽として禁止されていて、かたや韓国では K-POP が世界的な人気を集め、日本やタイやベトナムなどさまざまな国の若者が、K-POP グループのメンバーとして活躍している。歴史の皮肉を感じますよね。

韓国カルチャーが普及した現代ならではの青春小説

──さまざまな挫折や失敗を乗り越えて、ついに貫太たちはコンテストのステージへ。クライマックスに向けて、物語はどんどん盛り上がっていきます。

 ぱっとしない高校生たちがそれまで蓄積してきたものをステージ上で一気に爆発させる。リオのカーニバルのような、〝晴れの日〟ならではの盛り上がりを意識しました。放送作家をしていたのでよく分かるんですが、有名な芸能人の方々も普段は僕らとそんなに変わらない、普通の人たちなんです。それがステージに上がった瞬間、スイッチが切り替わってスターの顔になる。そういう瞬間をクライマックスでは描けたらとも思いました。

浜口倫太郎さん

──大勢の観客を前にパフォーマンスすることの緊張と興奮も、貫太の目を通してひしひしと伝わってきました。

 あそこは文章でないと表現できない部分ですよね。本の帯にあるように実写ドラマ化を狙っている作品ですが(笑)、ああいう心境は小説が一番うまく伝えられるような気がします。

──貫太や来人たちはこの先どんな人生を送るのか。果たして K-POP アイドルになれるのか。続きが知りたくてたまりません。続編のご予定は?

 それは機会があればぜひ書きたいですよね。さっきも言ったとおり、当初のアイデアでは貫太が韓国に渡って、アイドルデビューを目指して奮闘するという話だったんです。韓国を舞台にすれば日本とはまた違ったライフスタイルやグルメが描けますし、絶対面白いものになると思います。

──現実に日本人メンバーが K-POP グループで活躍している現在、貫太のデビューも夢物語ではありませんね。

 面白い時代だなと思いますよ。僕らの世代では、10代の子が韓国でアイドルをやろうなんて誰も考えていなかった。最近は日本にも K-POP の世界を目指す専門学校のコースがあって、オーディションに受かった子は韓国で練習生としての生活を始めている。若い世代は政治的なあれこれに足をすくわれることなく、フラットに韓国のカルチャーに接していますよね。

──そうした時代を映した青春小説としても読み応えがありました。では最後にこれから『サンナムジャ』を手にする読者にメッセージを。

 かしこまって読むような小説じゃありませんし(笑)、基本的には楽しんでもらえれば十分です。笑って泣いてちょっと考えさせられて、そんな読書経験をしてもらえる本になっているんじゃないかと思います。作品を通して K-POP の世界に興味を持ってもらえたら、大成功といえるんじゃないでしょうか。


サンナムジャ ヤンキー男子がK-POPに出会って人生が変わった件

『サンナムジャ ヤンキー男子がK-POPに出会って人生が変わった件
浜口倫太郎=著
小学館

 

浜口倫太郎(はまぐち・りんたろう)
奈良県生まれ。漫才作家、放送作家を経て『アゲイン』で第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞しデビュー。著書に『いつも二人で』(文庫化にあたり単行本『ワラグル』より改題)『コイモドリ』『廃校先生』『お父さんはユーチューバー』など多数。


◎編集者コラム◎ 『百年厨房』村崎なぎこ
「妄想ふりかけお話ごはん」平井まさあき(男性ブランコ)第15回