採れたて本!【デビュー#25】

採れたて本!【デビュー#25】

 たになっとうのデビュー長編『この恋だけは推理わからない』は、東京創元社が Web 小説投稿サイトの「カクヨム」と組んで実施した「東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」の受賞作。

 
 小説新人賞の投稿作品を広く募集して送られてきた作品を選考し受賞作を決めるまでには膨大な時間と手間がかかるが、小説投稿サイトのシステムを利用すれば、その手間のほとんどを省力化できる。というわけで、多くの出版社が、「エブリスタ」や「小説家になろう」などの投稿サイトと組んで新人賞を実施している。東京創元社はいままで Web 小説投稿サイトと組んだことがなかったが、今回は、KADOKAWA が運営する「カクヨム」と組んで学園ミステリを大賞とする新たな賞を創設した。

 学園ミステリの新人賞と言えば、かつて米澤穂信『氷菓』を世に出した角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門を思い出すが、「東京創元社×カクヨム 学園ミステリ大賞」の場合、応募要項に「異世界を舞台にした作品、この世に存在しないような特殊能力を扱った作品は対象外とさせていただきます」とわざわざ明記しているのが面白い。ライトノベル的な学園ものとは一線を画したいということか。

 この賞には367作品の応募があり、その中から大賞2作、優秀賞2作が選ばれ、2024年12月に大賞受賞作2作が書籍化された(もう1作の大賞受賞作はあまおと僕たちの青春はちょっとだけ特別』)。

 
『この恋だけは推理らない』の舞台となる学園は、かみじょうほく高校。最初に登場するのは、2年2組の岩永ちょう。窓際のいちばんうしろの席に座る彼は、これまで一度も彼女がいたことがないのに、なりゆきで「恋愛の神様」と呼ばれるようになり、評判を聞きつけた生徒たちからさまざまな恋愛相談を受けている。

 その朝司のもとにやってきたのは、2年3組の小井塚。少女漫画からインスパイアされてネットに発表した小説が商業出版され、晴れて小説家になったのだが、実体験がないためスランプに陥っているという。私に必要なのはリアリティー。だから、「恋愛の神様」として朝司が聞いてきた恋愛話を聞かせてほしいという。

 だったら自分で恋をすればいいじゃないかと言う朝司に対して、咲那は「恋愛はコスパとタイパの悪い贅沢品なんですよ!」と言い放つ。「そんな暇があるなら推しに課金して脳汁出してたほうがいいです。毎日が涅槃ニルヴァーナなんです」

 
 つまり、恋愛経験ゼロの「恋愛小説家」が、恋愛経験ゼロの「恋愛の神様」にコイバナを求めた結果、それと引き換えに「神様」の助手として、恋愛相談を一緒に解決していくことになる。実は咲那には相手の表情を観察して嘘を見抜く「シャットアイ」という能力があるのだが、これはこの世に存在する特殊能力なのでギリギリ応募条件の範囲内というか、なるほどうまく攻めたなあという印象。

 ここから、さまざまな恋愛相談を解決する一話完結スタイルに入っていくのかと思いきや、さらに大きな展開が待っている。ものすごく意外性があるというわけではないものの、プロットも構成もたいへんよく考えられ、キャラクター(とくに小井塚咲那)が魅力的。青春小説としても楽しめる。

 学園ミステリという鉱脈はもういいかげん掘り尽くされたような気がしていたか、まだまだ可能性がありそうだ。

この恋だけは推理らない

『この恋だけは推理らない』
谷 夏読
東京創元社

評者=大森 望 

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