辛酸なめ子「お金入門」 20.しめやかな出費

辛酸なめ子「お金入門」20
類いない感性で世相を活写しつづける辛酸なめ子さんが、お金と仲良くなって金運をアップするべく模索する日々を綴ります!

 その時は、突然やってきました。病院からの連絡があり、急いで駆けつけようとしたらこんな日に限って電車が止まっていて、別のルートを探して急いで行ったのですが、最期には間に合わず……。

 悲しみや感傷に浸っている間もなく、急いで葬儀社に連絡しなければなりません。葬儀の費用について、父が入院中に何度か危うくなったときに調べていました。ある葬儀社のサイトには「91万円〜」などとあって「〜」の部分がどのくらいの幅があるのか未知数でした。家族葬でだいたい100万円前後かかるイメージでしょうか。

 少し前に見た「葬儀費用の実態と納得度調査」のサイトによると、葬儀費用の全国平均は118.5万円。葬儀費用に対しては7割以上が「納得している」と回答したそうですが、3人に1人が見積もり額に比べて、平均19.5万円、支払い額が増加したとのこと。20万円なんて普通だったらかなり大きな金額ですが、亡くなってすぐだと冷静に判断できず、受け入れてしまいます。私も実際そんな体験をしたので、しめやかに報告させていただきます。

 結局、妹と相談して頼んだのは、母の葬儀でもお世話になって、わりと丁寧で感じが良かったX社。父は長く施設や病院に入っていて、近年交流していた人はいなかったので、姉妹で家族葬で見送ることになりました。病院から葬儀予定の火葬場の一室に移動して打ち合わせ。担当の方によると、「コロナがお葬式のスタイルを変えました。それまで参列者を呼ぶ一般葬が多かったのが、今は家族だけで見送る家族葬がほとんどです」とのこと。人を呼ばなければ受付や会葬御礼、食事の用意も必要なさそうです。テレビでもよくコンパクトな少人数のお葬式のCMが流れていて、需要が高まっているのだと思います。この会社のサイトを見ると、葬儀のスタイルは前述の「一般葬」「家族葬」そして「一日葬」というものがありました。通夜を割愛し葬儀のみ執り行うお葬式のこと。参列者の負担が軽減される利点がありますが、僧侶に要相談だそうです。

 父は花が好きでよく花の絵を描いていたので、大量の花に囲まれるお葬式が良いと思っていました。葬儀社の方に花で送るお葬式のパンフを見せてもらいました。蘭を集めた贅沢で優雅なお葬式は168万円、大輪の百合を集めたお葬式は148万円、バラを集めたお葬式は128万円、さらにその下には花の種類を限定しないプランが98万円、78万円、58万円と続きます。人数が少ないので78万円くらいのコースでも良いと思ったのですが「花が少なくて寂しいので98万円のコースがおすすめです」と言われ、あまり葬儀費用をケチるのも何なので、こちらのコースにしました。生花祭壇、花束、ご遺影、お棺、祭壇供物、枕飾り、ドライアイス、式場看板。霊柩車、式の進行司会、室内装飾ほか、いろいろ含まれている金額なので高いのか安いのかわかりません。選んだプランは約100万円でも、ご遺体の処置、保管料、火葬料、式場使用料がさらに加算されると約150万円に。予定している都内の斎場は最近中国資本が入り、値段が上がったそうです。葬儀社の方のセールストークに押し切られ、家族葬にしてはわりと高いコースにしてしまいました。この担当の男性はプリンターを持ち歩いていて、訃報の紙をその場で印刷するなど、仕事に対してのやる気がみなぎっていました。翌日も電話したときワンコールで出ていて、このくらい仕事に対して積極的にならなければ、と学ばされました。

 葬儀場には、関連商品のパンフも置かれていました。お骨を拾う特別なお箸が22000円、ご遺骨をより細かくパウダー化するサービスが33000円など。遺品整理業者や墓地のパンフもたくさん置かれていて、葬儀業界の市場規模の大きさを実感させられます。市場規模は1.8兆円前後とも言われています。

 コースが決まったところで、菩提寺の僧侶に連絡しなければなりません。高齢のご住職はしきたりを重んじるお方で、電話で伺ったら、お通夜なしの一日葬など言語道断、という感じでした。家族葬だけれど、お通夜と葬儀・告別式をしっかりさせていただくことになりました。「1月下旬に亡くなる年配の方が多くて……」と、住職が多忙なため約1週間後に執り行われることになりました。そんな住職も90代後半でいらっしゃって、自分より年下の檀家の葬儀に奔走されていると思うと、お体が案じられます。

 ところで懸案事項といえば住職へのお布施です。葬儀社の資料には、僧侶に費用を尋ねるセリフの例まで書かれていました。「私ども何もわかりませんので、お教え願いたいと存じます。お布施の用意をせねばなりませんので、恐れ入りますがいかほどご用意したらよろしいでしょうか」と、へりくだってお伺いしなければならないようです。葬儀において僧侶は最も尊敬されるお立場。電話したときにそれとなくお布施の金額を伺ったのですが、「電話ではちょっと申し上げられない」とのことで、日を改めてお寺にお伺いに行くことになりました。時間も気持ちも余裕がない中、やることが増えていきます。

 数日後、お寺を訪問。住職に戒名のランクについて説明をしていただきました。「浄土宗のお戒名には、一般的な『信士・信女』や、上のランクの『居士・大姉』などがあります。どれも目的地は同じで、特急か普通列車かという違いなので、一般的なお戒名でよろしいのではないかと思います」

 目的地は「極楽浄土」ということらしいですが、ご助言通り一般的な戒名にしてみます。昔からの地主は、上のランクの戒名を選ばれるようです。緊張しながらお布施の額を伺うと「こういうことは、親から子へ、子から孫へ口伝で教えることですが……」と、住職。「お布施の額がおわかりにならなくて、インターネットで調べられる方もいます。でも、そこで出てくる額は、全国平均というか、辺鄙な地方のお布施の相場も入っているのかもしれません。言いにくいんですが都内と環境は違いますよね。その金額だとお寺はちょっと厳しいです」と、回りくどくもだんだん核心に近づいていきます。

「それでは具体的にはいかほど……」「荒川から向こうとこちら側でも金額は違います。このあたりの一般的な相場は35万円です。荒川を超えると50万円くらいになります」戒名や読経などを入れた額なので、許容範囲に思えました。3桁と言われたらどうしようと心配していたのですが、良心的な住職でよかったです。

 そして迎えたお通夜当日。祭壇は大量の花で飾られていて、その後棺にも入れたので、父は喜んでいたと思います。しめやかな気が漂う葬儀場で、住職がいらっしゃるだけでもかなり心強いです。読経も朗々として力強く、年の功を感じさせました。お通夜の日には、「お車代」「お膳料」の2日間ぶん、計2万円を封筒に入れてお渡しし、葬儀の日にはお布施をお渡ししました。渡すタイミングも難しくて、調べたら、始まる前の挨拶の時に渡すのが一般的だと書いてあったり、終わったあと控え室で渡すのがマナー、と書いてあったりで、何が正解かわかりません。直接手渡しせず袱紗に封筒をのせて、お礼を言いながら渡す、お札の向きは肖像画の面を封筒の正面側に揃える、など細かいしきたりがあって緊張します。これまでの学校教育でも習わなかった葬儀の礼儀作法。結局、最初にお渡ししようとしたら制止され、最後に控え室で、ということになりました。

 翌日の葬儀の間、火葬の待ち時間で住職の話を伺えたのは少し気晴らしになりました。キリスト教では悪いことをしたら天国に行けないと言われますが、仏教では悪人でも反省すればお慈悲をいただいて極楽浄土に行ける、という話( ※ 住職の説です)。自分で車を運転する住職は、環七などでは法定速度を守ったら逆に危ないので、規定以上のスピードを出しているけれど、もしキリスト教だったら罪人として天国に行けなくなってしまう、という話( ※ 住職の説です)など。なんとこのお年で、車を自分で運転して京都のお寺に修行に行かれるというので驚きです。「電車を待ったり乗り換えたり切符を買ったりするのが苦手でして」とのこと。コロナのときに、発熱して救急車で病院をたらいまわしにされたエピソードなど、苦労話もこんな時には心にしみます。

「住職をされていると不思議な体験もあったりしますか?」と伺うと「虫の知らせというか、予告があることがあります。風も吹いていないのに、本堂でかすかに音が響く。すると翌朝、誰かが亡くなったと知らせがくるんです」

 そんな風情あるエピソードも伺いましたが、一方でこんな不穏なお話も。「最近、お坊さんの派遣サービスというものがあって、そこにはお寺を持っていないお坊さんだけでなく、頭を剃っただけの偽坊主も所属しているらしいですよ。そういう人だとお経も戒名もデタラメで、漢文も読めないので適当にごまかして読むこともあるとか。あとになって何か変だったと思い、葬儀をやり直す人もいるくらいです」安さを追求する葬儀社を選んだら、そんな付け焼き刃の派遣のお坊さんが来てしまう可能性もあるので要注意です。「葬儀場で、偽坊主らしき人に会ったことがありますが、やたら慇懃無礼な態度でした」と、住職。お経の知識も所作も素晴らしい本物の住職と出会えて良かったと思いました。「坊さんはいくつになっても修行です。一に掃除、二に勤行……」と、ストイックに仏教の道を歩まれています。ちなみに一見高額なお布施も、まずは母体の宗教法人に納めて、そこから給与として受け取る仕組みだそうです。お寺を持っているお坊さんは経済的に潤っていると思っていましたが、実は慎ましい暮らしぶりのようでした。

「人間にはいろいろな儀式がありますが、葬儀はその人の人生で最後の儀式です。きちっと送ってあげるのがいいのではないでしょうか。私は中途半端でいい加減な儀式は受けません」というお言葉に、背筋が伸びる思いです。

 ここまで、合計200万円弱の葬儀費用、そして住職の葬儀へのこだわりなどの話が出ましたが、もし父の霊が近くで一緒に聞いていたら、これは成仏しないとまずい、と思ってくれたかもしれません。お葬式関連は、生きている人が別れを受け入れるためだけでなく、亡くなった方をあの世に後押しする意味もありそうです。

今月の一言

葬儀は最後の親孝行。親との関係が微妙だったとしても最後やり切ったことでスッキリできます。

 

辛酸なめ子「お金入門」20 イラスト

(次回は4月24日に公開予定です)

 


辛酸なめ子(しんさん・なめこ)
1974年東京都千代田区生まれ、埼玉県育ち。武蔵野美術大学短期大学部卒業。漫画家、コラムニスト、小説家。著書に『辛酸なめ子の世界恋愛文学全集』『女子校礼讃』『電車のおじさん』『煩悩ディスタンス』『世界はハラスメントでできている』『この人生、前世のせいってことにしていいですか』など。
Xアカウント@godblessnameko

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