採れたて本!【国内ミステリ#46】

「お客様は神様です」とは歌手の三波春夫の心構えとして知られたフレーズであり、お笑いトリオのレツゴー三匹が物真似の際に「三波春夫でございます。お客様は神様です」という表現を流行させたことから世の中に定着した。しかし最近は、客が店にクレームをつける際などに、居丈高にこの言葉を使ってスタッフを威圧することがあるようだ。「三波春夫オフィシャルサイト」にも、生前の三波の真意を離れてこのフレーズが使われていることへの嘆きが記されている。
さて、矢樹純の短篇集『怖い客』には、何種類もの怖い「お客様」が登場する。とにかく、表紙からして怖すぎる。
まず巻頭の「一点さん」を紹介しよう。舞台は駅前商店街にある洋菓子店。この店には、従業員たちのあいだで「一点さん」と呼ばれている謎の客がいた。いつも同じ格好で帽子とマスクをつけ、店内をうろついたあとで商品を1点だけ買って去ってゆくのだ。最近入ったイケメンのアルバイトに執着しているように見えたが、別にストーカー行為をしているわけではないので店側としても手の打ちようがない状態が続いていたところ、やがてクレーム騒動へと発展する。作中のあちこちから滲み出る違和感が、思いがけない真相へと収束して納得させられる構成が見事だ。
セレモニーホールが舞台の「恨人様」では、30代で死んだ女性の通夜が執り行われるが、故人は有名企業で活躍する研究員として世に知られていた人物なのに、参列者は喪主を含め3人しかいない。故人の死の状況には不審な点がありそうだ。保険会社のコールセンターが舞台の「ノゾキさん」には、オペレーターの対応を見透かしているかのような不気味なクレーマーが登場する。「三日月さん」の舞台は脱毛サロン。ある女性客から、自分の腕のタトゥーを写真に撮ってSNSに上げたスタッフがいると抗議が来る。騒動を引き起こした張本人は誰なのか。巻末の「サトリ夫人」は書店が舞台。あるスタッフをわざわざ指名して本を探させたりする謎の女性客の真意は。
各種各様の面倒な客が登場する物語ばかりだが、いずれも、起こった出来事の表層と、その裏側で進行していた真の企てとの落差が、思わず茫然とするほどの意外性を演出している。果たして、厄介なのは「お客様」だけなのか?
日本推理作家協会賞短編部門の受賞作が表題作の『夫の骨』をはじめ、『妻は忘れない』『血腐れ』など、短篇集の水準の高さには定評がある著者だが、本書も読者の思い込みを自在に操作したどんでん返しの技が冴える絶品だ。
評者=千街晶之






