池上彰・総理の秘密<8>

アメリカではいよいよトランプ大統領が就任。国家のリーダーの動静に注目が集まります。好評の連載の第8回目は、総理大臣を取材する記者たちの間で使われる「ぶら下がり」という言葉、その意味とは? 池上彰氏がわかりやすく解説します。知っているとニュースがより面白くなり、他の人に自慢したくなるコラム。

「ぶら下がり取材」とは?

総理大臣を取材する記者たちの間で使われる言葉に「ぶら下がり取材」があります。不思議な言葉です。

これは、記者会見場での正式な記者会見とは異なり、総理が総理官邸に出入りする際、記者たちが総理を取り囲んで話を聞く形式の取材のことです。大勢の記者たちが、まるで取材対象者にぶら下がっているようにみえるため、この言い方が定着しました。もともとマスコミ業界用語でしたが、いまでは政界でよく使われるようになりました。

古い総理官邸では、執務室の近くに記者たちのたまり場があり、総理が執務室を出入りするたびに、記者たちが声をかけていました。このときの総理の応答がニュースになったりしたのです。

2002年(平成14)に総理官邸が新しくなると、警備体制が強化され、出入りする総理を記者たちがよびとめることが、むずかしくなりました。そこで、当時の小泉純一郎こいずみじゅんいちろう総理が、1日2回、記者やカメラが待ち構える場所に出てきて、短い質問にこたえるようになりました。移動中の総理をつかまえて話を聞くわけではないので、厳密に言えば「ぶら下がり」ではありませんが、便宜上、こうよばれています。小泉総理は、この場を使い、国民に直接話しかけ、国民の支持を獲得しました。

民主党政権になり、鳩山由紀夫はとやまゆきお総理まではこの形式が維持されましたが、菅直人かんなおと総理になってから1日1回に減り、東日本大震災以降は、「震災対応で忙しい」として、ぶら下がり会見には応じなくなりました。

安倍晋三あべしんぞう総理も原則としてぶら下がりに応じていません。この姿勢に対して、「国民の知りたい質問に答えるべきだ」との批判があるいっぽう、「日々の質問に答える準備に時間を取られすぎ、本業に支障が出る」と擁護ようごする意見もあります。

池上彰 プロフイール

いけがみ・あきら
ジャーナリスト。1950年、長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。報道記者として事件や事故、教育問題などを取材。「週刊こどもニュース」キャスターを経て、2005年に独立。著書に『そうだったのか! 現代史』『伝える力』『1テーマ5分でわかる世界のニュースの基礎知識』ほか多数。2012年、東京工業大学教授に就任。16年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。

 報道陣に囲まれ「ぶら下がり会見」をする小泉首相=18日、旧首相官邸

記者に囲まれる小泉総理
ぶら下がり取材をうける小泉総理。2002年(平成14)4月。写真/共同通信社

(『池上彰と学ぶ日本の総理8』小学館より)

初出:P+D MAGAZINE(2017/01/20)

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