【著者インタビュー】坂爪真吾『「身体を売る彼女たち」の事情 ――自立と依存の性風俗』

デリヘルなどの性風俗で働く女性たちは、いま何に悩み、どんな問題を抱えているのか? 学生時代から15年にわたって性風俗を研究し、風俗の現場と司法・福祉をつなぐ活動を実践している坂爪真吾氏にインタビューしました。

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

デリヘル等で働く女性たちを絡めとる「共助」構造とは――「自己責任論」に陥らない新視点!

『「身体を売る彼女たち」の事情 ――自立と依存の性風俗』
「身体を売る彼女たち」の事情 ――自立と依存の性風俗 書影
ちくま新書
880円+税

坂爪真吾
39号_坂爪真吾
●さかつめ・しんご 1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。新潟市在住。「新しい『性の公共』をつくる」という理念のもと、一般社団法人ホワイトハンズ代表として重度身体障がい者に対する射精介助サービスを行なうほか、風俗店で働く女性の無料生活・法律相談事業「風テラス」にも取り組んでいる。『性風俗のいびつな現場』など著書多数。近著に『パパ活の社会学』。「性の未来予想」についても執筆中。177㎝、70㎏、O型。

風俗と司法と福祉が連携してもなお救えない領域というのは絶対にある

性風俗で働く女性たちは、何に悩み、どんな問題を抱えているのか。弁護士やソーシャルワーカーとともに始めた、無料の生活・法律相談事業「ふうテラス」に寄せられる相談事例と、若い女性が派遣されてマッサージなどのサービスをする「JKリフレ」などの現場取材を通して、著者の坂爪真吾さんは女性たちが風俗の世界に身を投じる背景や、働くうえでの問題を明快に伝える。
「風俗業界が女性たちを搾取していると非難するだけでは絶対に見えてこない、共助、、とでも言うべき構造がそこにはあるんです」
〈多重化した困難を抱えた女性たちが、複雑に絡まり合った困難を一発で解決するための「快刀」を求めて集まってくる世界〉こそが性風俗だと坂爪さんは見る。彼女たちの求める乱麻を断つ〈快刀〉=〈解答〉は、はたしてこの社会にあるのだろうか。


性風俗を研究対象として選んだのは東大で社会学を学ぶ学生時代のことで、以来、15年にわたり、研究・執筆と活動・実践を並行して続けてきた。
風俗の現場と司法・福祉をつなぐ、「法テラス」ならぬ「風テラス」を立ち上げたことも実践のひとつだ。
「誰かがやっている現場にお邪魔して研究するのもいいけれど、それなら初めから自分で現場を作り、データを集めて書いたほうが絶対、事実に迫れるし、その方が面白いんじゃないかと思ったんです」
本書でとった、女性たちへのアプローチのしかたもユニークである。たとえば「JKリフレ」で働く女性に話を聞くため、「リフレ」の経営者に協力を依頼。彼女たちの仕事の必需品であるスマホを充電できる部屋を「楽屋」として提供するなど、少しでも来やすくなるように工夫する。
女性だけでなく、デリヘルの経営者やスタッフ、風俗情報サイトの運営会社の人からも話を聞いているのが本書の特徴のひとつだ。
「風俗業界は一般的に閉鎖的だと思われています。ですが、かつての店舗型風俗が無店舗のデリヘルに移行し、インターネット主体の営業になる過程で、IT産業からの参入がありました。元会社員という経歴の人も増えて、普通に話のできる経営者が多くなった気がします。『風テラス』と連携しているのも、脱サラの人の店が多いですね」
相談事例や取材を通して風俗の世界で働く女性たちの背景が浮かび上がる。人それぞれに働く理由は違い、本の冒頭で紹介される「JKリフレ」のように、〈必ずしも貧困ではない少女たち〉〈荒稼ぎ〉することもあれば、幼い子供を抱え生活に困窮しても、〈車が使えなくなる〉から〈生活保護は、嫌〉だと、風俗を選択する若い母親もいる。家庭や健康面、経済面にいくつもの問題を抱え、この世界で働くしか選択肢がないという人も少なくない。
〈居場所〉もキーワードのひとつだ。〈店をやめてから居場所がなくなったように感じて、精神的に辛い〉と相談員に訴える元風俗の女性も。「デリヘルの待機場所には独特の『居場所感』みたいなものがあります」と坂爪さん。
風俗は、〈多重化した困難を抱えた女性〉だけでなく、男女を問わず、〈既存の制度や労働市場から排除された人たちを吸い寄せる世界〉でもある。〈デリヘルは、多重化した困難を抱える人たちが共に助け合い、支え合う「共助」の世界なのだ〉
「『自助』と、福祉などの『公助』のはざまにあるものが『共助』です。特に地方都市では、助け合いとしか言えない状況だと感じました。だからこそ、なかなかそこから抜けられない面もあります」

法に追いやられた人の人権は?

助け合いの側面だけでなく、〈奈落〉と言わざるをえない深刻なケースも紹介される。遊興費で多額の借金を抱え、地方都市に〈出稼ぎ〉させられる女性などは、現代の〈人身売買〉とでもいうべき状況だろう。若いときは稼げたが、この世界から抜けられないまま40代、50代になった人の切実な不安の声が「風テラス」に届くこともある。
あらゆるものを〈現金化〉でき、源氏名という〈匿名化〉に守られている世界は逆に、女性たちがその世界を抜け出た後も〈アウティング〉(=暴露)の危険にさらされる世界でもある。SNSをめぐるトラブルや、店を辞めたのでホームページから顔写真を削除してほしい、といった相談も多い。
問題が多すぎて、〈そもそも何に困っているのか自体が分からない〉人もいるというが、そういう場合でも、相談員はできることから一つずつ片づけていくことを提案するそうだ。
「弁護士やソーシャルワーカーが入ればそれで全部、問題解決と思う人もいるかもしれないけど、そうではありません。ニヒリスティックに受けとられるかもしれませんが、多重化した困難をきれいに一刀両断する『快刀=解答』なんてどこにもない。『快刀』をほしがる人と、これが『快刀』だって思わせたがる人はたくさんいますけど。風俗と司法と福祉が連携しても救えない領域というのは絶対あって、そういう領域があるとはっきりさせただけでも、連携した意味はあると思います」
風俗で起きていることを福祉や司法の人に翻訳して伝えることも目的のひとつ。多重化した問題を抱える人の〈多くのニーズは縦割り制度の谷間や隙間に落ち込んでしまう〉現状を明らかにしたうえで、そうした人たちへの支援をどうするかがこれからの課題だ。
性風俗の世界は、規制とのイタチごっこでもある。冒頭と最後に取り上げた〈JKリフレ〉がその典型で、二〇一七年に東京都のJKビジネス規制条例が施行され女子高生が働けなくなったが、そのため〈JK風ビジネスはさらに怪しい輝きを増す〉のが現実だ。
風俗が無店舗型に移行したことで、派遣される女性たちが危険にさらされる機会はかえって増えた。〈性暴力被害を受けやすい仕事の一つであるにもかかわらず、法的保護が極めて手薄〉という指摘は重い。
「今の法律の、『いかがわしいものを見えないところにやっとけ』という視点では、じゃあ、そっち側に行った人の人権はどうなるんだよって話ですよね。『風テラス』に集まるデータをもとに、どんな政策が必要かの提言もしていきたい」
〈彼女たちの〉問題ではなく、〈私たちの〉問題として今後も考えたいという。

●構成/佐久間文子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2018年11.23号より)

初出:P+D MAGAZINE(2018/11/29)

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