曲者揃いのイヤミス小説5選【この結末を見届ける勇気があるか】
後味が悪く、嫌な気持ちで終わるミステリー作品、略して「イヤミス」。謎が解けてスッキリすることはなく、むしろ不快感を味わう作品のことを言います。今回は、そんな「イヤミス」小説の中から選りすぐりの5作品を紹介します。
とにかく後味が悪く、嫌な気持ちで終わるミステリー作品、略して「イヤミス」。殺人犯側のゾッとする心理描写や悲しい結末を描き、謎が解けてスッキリすることはなく、むしろ不快感を味わう作品のことを言います。
「イヤミスの女王」と呼ばれている湊かなえの『告白』や真梨幸子の『殺人鬼フジコの衝動』など、実写化された作品もあり、これから「イヤミス」というジャンルの本が増えていくことが予想されます。
今回は、そんな「イヤミス」の中でも、読み手の心を動揺させ、強い毒を持った作品をいくつか紹介します。
人間のダークサイドに興味はありますか-『GOTH リストカット事件』乙一
https://www.amazon.co.jp/dp/4048733907
多くの作品を世に出してきた乙一。ライトノベル雑誌に掲載されていた本作は、紆余曲折を経て一般小説として発売され、幅広い年齢の読者から支持を得ています。
第3回本格ミステリ大賞をはじめとした様々な賞を受賞し、2002年にコミック化、2008年に日本で映画化され、乙一のベストセラーとしても名高い1冊です。
【あらすじ】
クラスメイトの森野夜が手帳を拾ったと僕に見せてきた。そこには世間で話題の連続猟奇殺人事件の殺害手順について鮮明に記されていた。そしてまだメディアで発表されていない被害者のことも。これはきっと犯人のものに違いない。僕たちはもう生きてはいない「水口ナナミ」に会いに行くことにした。
主人公の「僕」と「森野」は、異常な事件や人間の
しかし、僕たちは手帳の持ち主が行った事件の禍々しさの虜となっていた。犯人は日常生活のある瞬間に一線を踏み越えて、人間の持つ人格や尊厳を踏みにじり、人体を破壊しつくしたのだ。
それが、悪夢のように惹きつけてやまない。
森野の持ってきた手帳には、楠田光恵という女を殺害し、どの部位から木に張りつけていったか、どんな種類の釘を使用したのかが、克明に感情を交えず何ページにもわたって記されている。
僕たちは警察に手帳を渡さず、本物の死体を見るために現場に向かい、まだ誰にも発見されていない水口ナナミの死体を見つけます。森野は遺された帽子や服を持ち帰り、後日水口ナナミのような服装をして、拾った帽子をかぶって現れます。
森野と別れた後に自宅のテレビをつけると、例の事件の被害者たちの写真が報道されていました。
写真に写っていた二人の被害者の髪型、服装が、水口ナナミに似ていた。
それはつまり、今の森野は、殺人鬼の追い求めるタイプだということだ。
三日後、森野から僕に「たすけて」というメールが届きます。森野は事件に巻き込まれたのかもしれないと思い、手帳の情報を頼りに森野の行方を捜します。助けたいというよりは、殺害されているのなら死体を見てみたいという気持ちで。
異常殺人犯と異常な学生たちが、同じ町の中で様々な殺人事件と関わっていく連作短編集です。乙一にとってはおとぎ話のような作品であると、あとがきに書かれています。ゾクゾクしながらも気軽に読み進められますので、イヤミス初心者におすすめです。
僕がいる世界と僕がいない世界の間違い探しをしよう-『ボトルネック』米澤穂信
https://www.amazon.co.jp/dp/4101287813
数多くの受賞歴を持つ米澤穂信が実力を磨きながら、着想から完成まで約8年の期間をかけたという本作は、2007年度の「このミステリーがすごい!」の15位と、2010年度の「大学読書人大賞」の5位にランクインしています。
まだ10代である主人公の心に少しずつヒビが入っていく様に、胸が苦しくなります。
【あらすじ】
2年前に断崖から転落してこの世から消えてしまった恋人を弔いに、初めて東尋坊を訪れた嵯峨野リョウ。海へ弔いの白い花を投げ込むと同時に強い風が吹き、平衡感覚を見失って自分自身も断崖へと落ちてしまう。しかし目を開けるとリョウは生きていて、なぜか金沢市の浅瀬川のほとりにいた。自宅に戻るとリョウの知らない「姉」がいる。そしてリョウは存在しないことになっている。一体リョウの身に何が起こっているのか……。
複雑な家庭環境が原因で心に重たいものを抱えたリョウは、パラレルワールドで「嵯峨野サキ」と名乗る人物に出会ってしまいます。その世界で嵯峨野家に住んでいるのは、リョウではなくサキ。サキはリョウの世界では存在しない「姉」でした。
「どう?どこか、キミの記憶と違っているところがある?間違い探しの要領でさ、あたしに話を聞かせてよ!」
間違い探しという言葉に、ぼくは少しひっかかりを覚えた。こちら側とぼくの側とで差があったとしてもそれは間違いじゃないだろう。それを間違いと呼ぶのはちょっと残酷じゃないか。
お互いの存在に疑念を抱きながらも、家族のことや町のことを話し、二つの世界の異なる点を見つける「間違い探し」を始めます。「自分がいる世界」と並行する「自分がいない世界」へと迷い込んでしまったリョウに、頼れる人はいません。興味を持ったサキはリョウに協力し、東尋坊をはじめとした思い出の地を辿り、この正体不明の現象の謎を解いていきます。
同じ世界では絶対に出会うことはない存在とともに、交わることのない並行世界の違いを探す3日間。世界と折り合いがつかないのなら、受け入れてしまえばいいと諦めてしまっているリョウと、考えることをやめずに解決策を導き出そうとするサキ。同じ両親から生まれたはずなのに徹底的に違う姉に対して、だんだんとリョウの気持ちはザワつき始めます。
10代の心の揺れ動きや、若さゆえに抱いた影が描かれた本作は、青春イヤミスとも言えます。最後の一行を読んだ時、読み手の心もリョウと同じようにザワついてしまう作品です。
毒親に育てられた毒娘-『ポイズンドーター・ホーリーマザー』湊かなえ
https://www.amazon.co.jp/dp/4334910947
「イヤミス作家として人気がある作家と言えば?」等という質問があれば、すぐに名前が挙がる湊かなえによる本作は、155回直木賞候補に選ばれた珠玉の短編集です。2019年夏にWOWOWで全6話の実写ドラマが放送される予定です。
収録されている短編の中から、表題作である『ポイズンドーター』を紹介します。
【あらすじ】
女優の藤吉弓香の母は「毒親」である。親の敷いたレールの上を歩かされ、言う通りにしなければいけなかった。母と関わる度、大人になっても頭痛に悩まされる弓香のもとに、MMSの人気トーク番組「人生オセロ」からメールが届く。出演依頼があったテーマは「毒親」だった―。
地元で行われる同窓会を欠席することにした弓香に、帰ってこないことを知った母から電話がかかってきます。そこから弓香は今まで母にされた仕打ちを振り返り始めます。
子どもを支配する親。特に、娘を支配する母親に多いと言われている。ここ数年で、多用されるようになった言葉だが、毒親がいきなり出現したわけではない。被害を受けた子どもがようやく声を上げられる世の中になってきたというだけだ。
いや、あの頃の自分、正確には、生活能力がなく、あの人に養ってもらわなければ生きていけなかった頃の私には、どんなに些細なことでも、あの人に刃向かうことなどできなかった。子どもが家を出ていけないことを前提に、抑圧するのは保護者として一番ズルい手段だ。支配関係を誇示しているようなものなのだから。
女一人で育ててくれたとはいえ、女優業にまで口出ししてくる母に対して、消化しきれない思いを抱いている弓香は、「人生オセロ」出演のオファーを受けることにしました。
未来のある若者の味方となるために、同じように毒親の支配に苦しんでいた親友の理穂の話をしようと考えますが、こみ上げる衝動を抑えきれず、自分の母のエピソードを暴露してしまいます。
『ポイズンドーター』と対になる『ホーリーマザー』には、こう書かれています。
子どもの幸せを願うことは、他者から非難されなければならないことなのでしょうか?
学校を出れば働くものだと当たり前のように考えていましたが、仕事に就くことを強要してはならないのでしょうか。
これが支配であり、毒親だというのなら、そうしない親は何と呼ばれるのですか?
毒親を持って苦しむ子どもと、毒親と言われてしまう母の心理描写が秀逸です。イヤミス女王の湊かなえが贈る、母と娘の確執の結末をその目で確かめてみてください。
僕はこの世で一番憎い人間を救わなければいけない-『代償』伊岡瞬
https://www.amazon.co.jp/dp/4041107105
本作は第5回山田風太郎賞候補に選ばれ、2016年にはネット配信ドラマとして実写化されました。清々しいほどの悪と対決する長編イヤミスで、モラルを失った人間の恐ろしさを垣間見ることができます。
【あらすじ】
父と母と幸せな生活を送る奥山圭輔の家の近くの団地に、母の遠縁にあたる浅沼一家が引っ越してきた。何を企んでいるのかわからない不気味な浅沼家の息子、達也は、少しずつ圭輔の生活に入り込んできた。そして不幸な事故によって圭輔は家族を失い、達也の家に引き取られるが、ひどい仕打ちを受け続ける。彼らの元を去り、弁護士となった圭輔に、「無実の罪で刑務所に入れられた自分を救ってほしい」と達也から連絡が届く。圭輔は誰よりも一番憎い相手を救わなければいけないのか。
圭輔は、この達也のことがどうしても好きになれなかった。
はじめて会ったときの印象を忘れることができない。
「よろしく」
達也は笑顔で挨拶をしたが、とても冷たい感じの目をしていた。どうしてそう思ったのかうまく説明はできない。
達也はネズミに毒を飲ませたり、女の子を騙して服を脱がせたりと、圭輔の同い年とは思えない悪質な遊びをしていました。さらに自分が罪に問われないよう、直接手は下さずに人を動かす狡猾さを持っています。
達也が奥山家に来るようになってから、お金や母の下着がなくなり始めます。一家は達也を疑い、家に招き入れなくなりますが、達也の両親が一週間だけ大阪に行くことになり、やむをえず達也を奥山家で預かることになります。そして預かっている時に奥山家で火事が発生し、圭輔は達也に先導されて逃げますが、圭輔の両親は逃げることができませんでした。
行き場のない圭輔は半ば脅され、達也の母・道子を後見人として選んでしまい、悪夢が始まります。
「すぐ『お父さん、お母さん』っていうけど、あの人たちは死んじゃったの。もうこの世にいないの。済んだことをいつまでもぐずぐず言ってたってしょうがないでしょ。あたしだって、好きでやってるわけないわよ。それとも、お骨になった人たちがなんか面倒みてくれるわけ?」
帰宅時刻が予定より遅くなったり特価品が売り切れていたりすれば、丸めたゴミや、ひどいときは中身の入った缶詰めを投げつけられることがあった。
お風呂にもろくに入れず、何日も洗っていない洋服を着させられ、まともな生活を送らせてもらえない圭輔に対し、友人たちは距離を置き始めますが、圭輔は中学校の図書館で出会った諸田寿人と仲良くなります。圭輔の事情を知った寿人は、自分の叔父と相談して圭輔を劣悪な環境から救い出します。
その後圭輔は、「助けてくれる人がいない人を助けたい」と弁護士になりますが、どこから聞きつけたのか刑務所に入った達也から私選弁護人になってくれと頼まれます。
達也の無実を信じられないまま、弁護を引き受けてしまった圭輔の心はボロボロになっていきます。
圭輔にはかつてひとりだけ、心底から憎いと思った人間がいた。具体的な殺人手段こそ考えなかったが、彼がこの世から消えてなくなることを、いくどとなく願った。
罪を犯したら代償を払わなければいけない時がやってきます。それでも人に罪をなすりつけ、巧くかわしていく恐ろしい人間もいるのです。達也や道子の腐った性根に不快感を覚えない人はいないでしょう。達也は本当に無実なのか……、彼らの裁判の結果を見届けてください。
阿鼻叫喚食べ散らかしナイトにご招待-『さんくすないと』根本起男
https://www.amazon.co.jp/dp/4777923134
10年以上放送界の取材を続け、新聞記者として活躍している
女性にとって桃源郷であるデパ地下が、命を守るために走り回る地獄となるパニックミステリーです。
【あらすじ】
絶品グルメが並んだ空間であるデパ地下。久光デパートでは、年に1回デパ地下メニューが好きなだけ食べられる深夜の宴であるサンクス・ナイトを開催している。抽選で参加権を勝ち取った12人の女性たちは好きなものを貪りますが、スイーツや惣菜に命を奪う神経毒が混ぜられていたことが発覚。天国は一変、地獄の饗宴と化した……。
年々規模を拡大してきた久光デパートで開催されるサンクス・ナイトは、深夜にデパ地下のショーケースから好きなものをお皿もお箸も使わず、マナーも気にせずに食べ散らかせるという夢のようなイベントです。警備員も待機せず防犯カメラも切っていると知らされ
た女性たちは、人目を気にせずスイーツや惣菜を食べ、幸福感に浸ります。
じっさいに参加した者の話では、もう死んでもいいと思う瞬間があったという。その瞬間がいつ自分に訪れるのか。
「デパ地下の食べたいものが、その場で好きなだけ食べられるんですから。だれだっていちどはやってみたいと思いますよ」
「まったくおれも妙なイベントを思いついたもんだ。つんとすました女たちを簡単に獣に変えられるんだからな。禁断の掟を破っちまった感じだ」
時には数量が限られている商品を奪い合いながら食欲を満たしていると、いきなり館内放送が流れます。それは「久光デパートで取り扱っている保存料には秘密があり、使い方を誤れば毒になる」という内容でした。そして今ショーケースに並んでいる商品には、その神経毒がたっぷりと噴霧されているとも……。
放送を聞いた参加者は顔面蒼白となり、イベントは阿鼻叫喚の地獄となります。
「どうしよう、血がとまらない」キッチンペーパーを束にしながら連れの女性が嘆いた。秀美だって泣きだしたかった。サンクス・ナイトはいつもこんな調子なのだろうか。もしそうなら会社の担当者が待機しているはずだ。だがそうでない以上、これはきっと緊急事態なのだ。
だってそうでしょう。
ただの食べ過ぎで、喉から血を噴く人間がどこにいるっていうの?
フロアに解毒剤が混ざっている商品があるという放送が流れ、満腹でも胃袋にものを詰め込まなくてはいけなくなります。
参加者全員の隠し事が少しずつ暴かれ、本能と欲望が曝け出された人間のぶつかり合いは、イヤミスの醍醐味とも言えるでしょう。食に執着する女性たちの食事シーンは悲惨な地獄絵図となるので、グロテスクな描写が苦手な人は目を逸らしたくなってしまうかも。ラストにはあっと驚くどんでん返しがありますので、ミステリー要素も十分楽しめます。
おわりに
ドロドロした展開やグロテスクな描写が苦手な人は、途中で読むのをやめてしまうかもしれない「イヤミス」。それでも物語に引き込まれて、先が気になってしまうものです。読み終えた後の何とも言えない疲労感と後味の悪さを堪能するのが、イヤミス小説の楽しみ方です。気がついた時にはイヤミスが持つ不思議な魅力に、どっぷりとはまっているかもしれません。
初出:P+D MAGAZINE(2019/03/12)