【古事記の神代を学ぼう】日本神話を楽しく語る:その2 国生み
神話は好きだけど、『古事記』や『日本書紀』は難しくて嫌い……。そんな人たちのために、『古事記』の神話の世界をわかりやすく紹介していくこのシリーズ。その2では、いよいよイザナキとイザナミの物語が始まります。
いよいよイザナキとイザナミの物語がはじまります。
前回の「天地開闢」でも述べたように、天と地が分かれてからすぐに現れたアメノミナカヌシからアメノトコタチまでの5柱の「別天神」に続いて、「神世の七代」と呼ばれる12柱の神が現れました。イザナキとイザナミは、その神世の七代の最後に現れた兄妹神でした。
天神(高天原に住むすべての神々)は、このイザナキとイザナミに、美しく立派なアメノヌボコという矛を授けて、「是のただよへる国を修理め固め成せ」と命じます。つまり国造りをせよ、と言ったのです。そこでイザナキとイザナミは、その矛を使って、地上初の島、オノゴロ島をつくり、そこを拠点にして日本づくりに取りかかります。
日本の国土も日本の神々もすべて、この二柱の神から生まれていきます。つまり、このイザナキとイザナミから日本神話の幕が開くのです。
今回は、この兄妹神の国生みのお話を紹介します。
イザナキとイザナミの国生み
天降りによってオノゴロ島に降り立ったイザナキとイザナミの兄妹神は、そこで日本の国づくりをはじめます。
さて、この2柱の神は、一体どのような方法で日本をつくっていくのでしょう。
兄と妹の結婚
イザナキとイザナミは、オノゴロ島に、まず、天つ神と交信を行うために、世界の中心となる天の御柱を一瞬にして出現させ、次に、八尋殿という壮大な神殿を、これもまた一瞬にして出現させました。つまり、二神の新居を用意したのです。
一段落したところで、イザナキは、自分の体を眺めまわしました。そして自分の体に何かぶらさがっているものがあることに気がつきました。そこで、イザナキはイザナミに向かって、「お前の体は、一体どのようにできているのだ」と言いました。
それに対してイザナミは、こう答えます。
「わたしの体は、ちゃんとできているのですが、1カ所だけ、まだできていないところがあるようで、へっこんで穴のようになっていますわ」
するとイザナキは、「わたしの体も、ちゃんとできてはいるのだが、どうも1カ所だけ、何か余ってしまったようで、でっぱっているところがあるのだ。そうだ、このでっぱっているところを、お前のへっこんでいるところに挿し込んで国を生んだらいいのではないだろうか。この考え、お前はどう思う?」とイザナミにたずねたのです。
イザナミは、「それはとてもいい考えですわ……」と答えました。
そこでイザナキは、「では、こうしよう。天の御柱をそれぞれに反対側からぐるりと回って、行き会ったところで美斗の麻具波比をしよう」と告げました。「美斗の麻具波比」の「美斗」は「大切なところ」を意味する言葉で、「麻具波比」は「夫婦の交わり」を意味する言葉です。つまり、イザナキはこの時、イザナミに正式にプロポーズをしたのです。
そうしてイザナキは御柱を左から回り、イザナミは右から回りはじめました。そして出会ったところで、まずイザナミが、「まあ、何ていい男なのでしょう!」と言い、それに次いでイザナキもまた、「ああ、何と見目麗しいオナゴなのだ!」と言いました。が、すぐに、イザナキは、「女のお前から先に言葉を発したのはよくなかったのではないだろうか」と言います。ここでやめておけばよかったのでしょうが、2柱の神は、そのまま夫婦の交わりを行ってしまいます。
悪しき結婚
そうやって生まれてきた子は、骨のないヒルのような水蛙子でした。残念でしたが、この子は葦船に入れて流されてしまいました。次に生まれた子も、泡のようなはかない淡島で、子の数に入れることができない存在でした。
2度も続けて子生みがうまくいかなかったことで、イザナキとイザナミは悩んだ末に、やはり天つ神に相談するしかないだろう、という結論を出し、早速高天原へ昇っていきました。天つ神は、太占という、鹿の肩の骨を焼いてできるヒビの入り方で鑑定する古代の占いで、どうして若い2柱の神の子生みに問題が生じたのか、その理由をみます。
結果は、やはり、女神の方から先に誘いの言葉を発したのがいけなかったとのことでした。当時は、結婚は男から申し込むべきものと考えられていたようです。
そこでイザナキとイザナミは急ぎオノゴロ島へ立ち戻って、再び天の御柱を回りました。今度はしきたりどおりに、イザナキから「何と見目麗しいオナゴなのだ!」と声をかけ、次いでイザナミが「何ていい男なのでしょう!」と言ってから、夫婦の契りを交わし直したのです。
日本国土の完成
すると次々に素晴らしい国が生まれたのです。まず、最初に生まれたのが、アハヂノホノサワケの島(淡路島)でした。次に生まれたのが、イヨノフタナの島(四国)です。この島は胴体は1つですが、顔が4つありました。その顔ごとに名前がついていて、エヒメ(伊予の国)、イヒヨリヒコ(讃岐の国)、オホゲツヒメ(粟(阿波)の国)、タケヨリワケ(土佐の国)と呼ばれました。
さらに、オキノミツゴの島(隠岐島)が生まれます。この島は別名をアメノオシコロワケと言いました。
次に生まれたのは、ツクシの島(九州)です。この島も、胴体は1つですが顔が4つありました。顔ごとに、シラヒワケ(筑紫の国)、トヨヒワケ(豊の国)、タケヒムカヒトヨクジヒネワケ(肥の国)、タケヒワケ(熊曾の国)という名前がついていました。
次に、イキの島(壱岐島)が生まれました。この島は別名をアメノヒトツハシラと言いました。そしてツの島(対馬)が生まれます。この島も、アメノサデヨリヒメという別名がついていました。次に、サドの島(佐渡島)が生まれ、次いでオホヤマトトヨアキヅの島(北海道や東北を除く本州)が生まれました。この島は別名、アマツミソラトヨアミヅネワケと言いました。
我が国のことをオホヤシマの国(大八島国)と呼ぶのは、このようにして、はじめに生まれたのが8つの島だったことに由来しているのです。
この国生みの後に帰るときにも、イザナキとイザナミは、キビノコの島(岡山県の児島半島)、別名をタケヒカタワケを生み、次に、アキヅの島(小豆島)、別名オホノデヒメを生みます。さらには、オホの島(周防大島)、別名オホタマルワケを生み、次にオミナ島(姫島と考えられている)、別名アメノヒトツネを生みます。次いで、チカの島(五島列島)、別名アメノオシヲを生み、フタゴの島(五島列島南の男女群島の島と考えられている)、別名アメノフタツヤを生みます。
このようにしてイザナキとイザナミは、さらに6つの島を生んで、国生みを終わらせます。これで日本の国土づくりが完成したということです。
おわりに
どの国の神話にも、いろいろな教訓が示唆されていることが多いのですが、古事記のイザナキとイザナミの「国生み編」にも、なるほど、とうなずける教訓が含まれています。
現代の日本には通用しないかもしれませんが、古き日本における男尊女卑の世界で考えられていた「結婚は男性が申し込むべきもの」といった教訓です。
この物語では、最初の子生みで失敗したのは、イザナキとイザナミが、この教訓に反して女性から誘って交わったことに原因がある、とされています。この部分に関しては、一説には、兄と妹の近親相姦のタブーを犯したことで不完全な子ができたのだ、という解釈も行われているようです。
さて、次回は、イザナキとイザナミによる「神生み編」に進みます。この2柱の神は、森羅万象の神々、八百万の神々を生んでいくわけですが、その途中で予想だにしていなかった悲劇が起こります。徐々に物語の様相を呈していく日本神話の世界、楽しみにしていてください。
1 国生み神話の世界観は、中心を淡路島~瀬戸内海に置き、九州が南に位置し、最北に位置するのは佐渡島だという認識で展開されていたようです。オオヤシマの国の最後に生まれたオホヤマトトヨアキヅの島(本州)も、古事記の版図では、東北地方以北は認識されていなかったこともあり、現代の本州ではなく近畿を中心とするエリアだとした方が自然だと考えられているようです。
2 イザナキとイザナミは、子生みがうまくいかなかったことで、高天原へ昇って天つ神に相談します。そしてその天つ神の助言によって、今度は子生みが成功して、立派な国が次々と誕生するわけですが、これは、日本国が天つ神の指導や守護の元にあると解釈できるのではないか、という指摘もあるようです。
参考文献:『口語訳 古事記 [完全版]』文芸春秋/三浦佑之
『現代語 古事記』学研/竹田恒泰
『新版 古事記 現代語訳付き』角川ソフィア文庫/中村啓信
『古事記(完全版): 現代語訳+古事記物語+英文と絵画で読む』楽しく読む名
作出版会/太安万侶、鈴木三重吉、武田祐吉、稗田阿礼
初出:P+D MAGAZINE(2019/10/03)