【著者インタビュー】葉真中 顕『Blue』/平成最初の日に生まれ、平成最後の日に世を去った青年

その殺人鬼は、なぜ生まれたのか――第21回大藪春彦賞と第72回日本推理作家協会賞をW受賞した最注目の新鋭作家が、平成の闇を浮き彫りにする本格クライムノベル!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

一家惨殺事件を引き起こした犯人はなぜ生まれたのか――児童虐待や外国人労働者問題等平成の暗部を抉るクライムノベル

『Blue』
Blue 書影
1700円+税
光文社
装丁/泉沢光雄 装画/青依青

葉真中 顕
20号 葉真中 顕
●はまなか・あき 1976年東京生まれ。東京学芸大学教育学部中退。2013年『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を全選考委員絶賛のもと受賞し、作家デビュー。同作及び受賞後第一作『絶叫』は各ミステリーランキングで上位を獲得し、本年は『凍てつく太陽』で第21回大藪春彦賞と第72回日本推理作家協会賞をW受賞するなど、目下最注目の社会派の新鋭。著書は他に『コクーン』『政治的に正しい警察小説』等。165㌢、60㌔、A型。

自分も社会の一角で何物かを成しているという自覚の蓄積が新時代を作っていく

 まさに〈主観の数だけ〉、平成の真実はあった。
 首都ハノイの繁栄からは見事に取り残された〈B省の農村〉。ここで朝から働き、学校にも通えなかったベトナム人女性〈ファン・チ・リエン〉や、昔気質の警視庁捜査一課班長〈藤崎文吾〉。そして「For Blue」と題された断章の正体不明の語り手〈私〉を含む13名の視点によって、葉真中顕はまなかあき著『Blue』は進行する。
 彼らが語るのは、奇しくも平成最初の日に生まれ、平成最後の日に世を去った、〈ブルー〉という青年のこと。母親が彼の出生日の青空にちなんで名付けたらしいが、記録には平成元年1月8日は雨とあり、〈無戸籍児〉として育った彼の存在自体、〈伝聞以上の証拠はない〉。
 物語は平成15年、青梅市内に住む教員一家を当時31歳の次女が惨殺し、自らも薬物による中毒死を遂げた、通称〈青梅事件〉を軸に展開。そして15年後、平成の闇を丸ごと背負ったブルーの運命が、さらなる事件を引き起こすのである。

 老人介護の暗部に迫ったデビュー作『ロスト・ケア』を始め、社会派ミステリーの新旗手として評価の高い葉真中氏。ちなみに本作は尾野真千子主演でドラマ化された話題作『絶叫』とも世界を共有し、時代と個人の関係や平成史そのものを本格クライムノベルに結実させた、刑事〈奥貫綾乃〉シリーズの第2弾でもある。
「本作も推理物ではありますが、当時14歳のブルーが青梅事件の現場にいたことは早々に読者に明かされていて、最後まで謎なのは『For Blue』の語り手くらい。『ロスト・ケア』の〈彼〉や本書の〈私〉にしろ、その呼称自体が謎を構造的に内包しているし、特に今回はこのが誰かという謎で読者を牽引しつつ、自分なりの平成史を書くことに全力を注ぎました」
 昭和51年生まれの著者は団塊ジュニア世代にあたる。
「僕は中学生の時に昭和が終わった就職氷河期世代で、バブル絡みの恨みつらみは、当然ながらあります(笑い)。
 もちろんどんな時代にも、その時代なりの悩みはありますが、生まれる時代や環境を選べない以上、全てを個人の資質や選択に還元するのは無理があると思うんです。例えば自己責任論も平成に入って注目された論点の一つですが、同じ人間がある環境では犯罪者、ある環境では善人になることは当然ありえて、人間を描くことと社会を描くことは僕にとって不可分でした」
 事件は私立高校に勤める長女〈篠原春美〉が終業式を無断欠勤したことで発覚する。現場からは元教師の父親と母親、春美と5歳の息子〈優斗〉の4人が血塗ちまみれで見つかり、死因は絞死。また浴室では次女〈夏希〉が合法麻薬の過剰摂取で突然死しており、室内にはヒット曲〈『世界に一つだけの花』〉が延々流れていた。
 夏希はこの16年間、引きこもり状態にあったらしく、光GENJIのポスターや尾崎豊のCDが並ぶ部屋を、〈昭和で時間が止まった〉と評した者もいた。藤崎らは薬物の入手先や共犯者の線を探り、やがてブルーという少年の存在に辿りつくが、なぜか政府筋から圧力がかかり、捜査本部は解散。事件は被疑者死亡のまま、15年後に持ち越されるのだ。

負の側面も可視化してこそ小説

〈平成の三〇年は、子供が減り外国人が増え続けた三〇年だ〉とあるが、児童虐待や子供の貧困、外国人技能実習制度の悪用など、くらい世相も平成の一部だった。
「女子高生ブームやオタク文化といった事象を僕自身懐かしく思う一方、人が人を搾取し、排除する傾向が強まり陰湿になったのも平成の側面です。
 例えば第Ⅱ部で15年後の事件を担当する綾乃自身、娘を虐待しかねない自分を恐れて離婚した過去を持ちますが、彼女やブルーが育った環境だけが酷いわけではない。たぶん本作に書いたことは平成を生きた誰にとっても他人事ではないし、時代も現実も個人の力ではなかなか変えられないからこそ、想像力の出番だという気がするんです。それこそ平成7年にオウム事件と阪神大震災が起き、平成23年に東日本大震災が起きたという鉄壁の事実、、、、、を前に、小説は何ができるかを僕は考えてきました。作中に引いた『世界に一つだけの花』にしても、多様性の享受という解釈と、指標やモデルの喪失という解釈の両方が可能なはず。そうしたみんなが見ないことにしている負の側面をも可視化してこそ、僕は小説だと思う」
 特に印象的なのが動詞、、だ。冷戦構造や対立軸を失ってあらゆる価値観が〈溶けた〉時代に、人は〈選ぶ〉こともできずに生まれ、もがき、綾乃の場合は苦悩の果てに我が子を〈手放す〉のだ。
「言葉にも両義性があって、手放す、、、も一見ネガティブな言葉ですが、娘のためには逆に賢明だったかもしれない。虐待や劣悪な労働環境から逃げる、、、もそう。溶けた社会に対して、個人は何かを選び、手放すことで抗うしかなく、たとえ法的に正しくなかろうと一矢報いた人間の物語、、、、、、、、、、を、書きたいんです。僕もロスジェネの恨みを書いて一矢報いてはいるし、小説で世界を変えようなんていう大げさな発想は、もう古いと思う(笑い)。むしろ誰もが時代や社会に否応なくコミットしている双方向的な関係の中で、自分も社会の一角で何物かを成しているという過小評価でも過大評価でもない自覚の蓄積が、令和の時代を作っていくと思うんです」
 その前提すら与えられなかったブルーの短く哀しすぎる生涯を、おそらく平成を生きた誰もが断罪はできまい。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト 2019年6.14号より)

初出:P+D MAGAZINE(2019/12/30)

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