書店を舞台にした小説5選
新しい本との出会いを求めて書店巡りをしたり、初めて訪れる書店を探検したり、開拓するワクワク感を味わったり。もちろん欲しい本を探し求めて書店に足を運ぶなど、読書好きの方が書店を訪れるのにはさまざまな理由があるでしょう。今回は、書店を舞台に繰り広げられる物語を、本格ミステリから恋愛小説まで集めました。読み終えた時には書店に足を運びたくなるでしょう。
古書には秘密が隠されている-『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~』三上延
https://www.amazon.co.jp/dp/4048704699
【あらすじ】北鎌倉駅に年季の入ったお店を構えるビブリア古書堂。そのお店は豊富な古書の知識を持つ、人見知りの若い美女・篠川栞子が店長をしています。本を愛する彼女の元には、様々な古書や古書にまつわる不思議な事件が集まってきます。古書が持つ謎と秘密をテーマに贈る、心を震わせる4つの物語。
第一話では夏目漱石の『漱石全集・新書版』(岩波書店)が取り上げられています。
今年で23歳になる五浦大輔は子供の頃から本が読めませんでした。向き不向きという問題ではなく、読みたいのに体が拒絶してしまう体質なのです。この体質は生まれつきではありません。
幼い頃の大輔が祖母の部屋に入って気になる本に触れた時、後ろから祖母に声をかけられます。その瞬間に、「部屋にはなるべく入らないように。本棚の本には絶対に触らないように。」と言われていたことを思い出します。
気付いた時には遅く、祖母は大輔の頬を2発本気で張り飛ばしました。怖い祖母ではあったけれど、殴られたのは最初で最後でした。
正直言って、このことが本当に例の「体質」の原因なのか、心理学の専門家でない俺には断言できない。俺自身、あれが原因じゃないと思い当たったのは成人してからだ。
はっきりしているのは俺が祖母の逆鱗に触れ、以来活字の苦手な人間になったということだけだ。
そこから月日が経ち、祖母は亡くなりました。「あたしが死んだらこの本は自由にしていい」と言っていた大量の本を整理していると、母がある古書を差し出してきます。それは幼い頃の大輔が手を伸ばした『漱石全集』でした。母はその中から『第八巻 それから』と書かれた筐から本を出します。
「こんなの見つけちゃったのよ、ほら!」
なにも印刷されていない見返しの右側に、細い毛筆で文字が記されていた。さほど達筆とは言えない。文字のバランスや感覚が微妙に変だった。
「夏目漱石 田中嘉雄様へ」
田中嘉雄という人物に聞き覚えはないけれど、本物の夏目漱石のサインだったら……、と考える大輔と母。値札にはビブリア古書堂と印刷されています。大輔はビブリア古書堂の場所を知っていて、何度か見かけた美人の書店員のことが気になっていたので、話すきっかけを得たという下心を少し持ちながら、サインが本物か確かめに行きます。しかしそのサインにはとても重大な秘密が隠されていたのです。1冊の古書からどのような秘密が暴かれたのでしょうか。
作中で栞子はこのように言っています。
「わたし、古書が大好きなんです……人の手から手へ渡った本そのものに、物語があると思うんです……中に書かれている物語だけではなくて」
栞子が言うとおり、人の手に触れて様々な歴史を持つ古書。新刊とはまた違った良さが存分に伝わってくる物語です。古書にまつわる並々ならぬ知識を持つ栞子の名推理は圧巻です。
こんなデートに憧れる-『デートは本屋で』石田衣良
『デートは本屋で』収録 https://www.amazon.co.jp/dp/4087461564/
【あらすじ】本と男が好きな織本千晶には最近気になる存在がいます。お相手は月に何度か千晶の会社にやってくる、精密機器会社のSE・南条高生。ある時高生に本を読むか尋ねたところ、本が好きな人と付き合いたい千晶の中で合格点をとれる程度には読書家でした。千晶は思い切って「今度本屋に行かない?」と高生をデートに誘います。2人の本屋デートの行方は……。
物流会社に勤める千晶は、歴戦の男性社員と一緒に仕事をする成績トップの社員です。以前付き合っていた同じ会社の島津直行とはいまだに本の感想を伝え合う仲ではあるけれど、彼にはもう婚約者がいます。島津のように本好きで知的向上心を持つ人が現れないかと考えていた千晶。
そして最近、月に何度か備品の補充や機器の点検のために会社に訪れる、精密機器会社のSE・南条高生が気になり始めます。高生がトナー交換を行っているときに初めて声をかけ、本が好きか尋ねると、千晶の心に響く回答が返ってきました。
「ねえ、南条さん、今度いっしょに本屋へいかない。南条さんが読んでおもしろかった本を教えてもらいたいんだけど」
高生は空になったトナーの容器をもって立ち上がった。
「あの、それはデートの誘いなんでしょうか」
「そうかもしれない」と答えた千晶は、さっそく約束を取り付けます。
当日、新宿の大型書店では、ある作家のサイン会を行っていました。待ち合わせの時に高生はその行列の中に並んでおり、千晶のためにサイン付きの本を購入していたのです。千晶はどんどん高生に惹かれていき……。
おしゃれなレストランやバーより、千晶には本屋のほうがずっとよかった、まだ読んでいない本が、ぎっしりと飾られた書棚の列には、ほとんどエロティックといえそうな吸引力を感じる。ある男性が熱中した本は、その人の学歴や職歴などよりずっと深いところで人物を語るのだ。
「本は読み手の心の底を映す鏡」という千晶の意見に共感する人も多いでしょう。お互いの好きな本を紹介し合いながら大型書店を歩き回ることで、相手への新しい発見やときめきが生まれるかもしれません。
本格書店ミステリはいかが?-『配達あかずきん―成風堂書店事件メモ』大崎梢
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【あらすじ】杏子は駅ビル内の書店、成風堂で働く社会人です。成風堂は本を探しに来る人だけではなく、暗号解明から人捜しまで様々な謎を持ち込んでくる人もいる不思議な書店です。杏子と法学部に通う女子大生アルバイト・多絵が数多くの謎を鮮やかに解いていきます。書店ミステリ・成風堂シリーズの第一作目です。
著者名やタイトルがわからない本を探しに来る人たちのうろ覚えのキーワードを元に、求めている本を探し出す書店員たち。ある日、杏子がお客さんの求めていた本を言い当てます。
数日後、その現場を見ていた別の男性客・西岡から声をかけられた杏子。自宅の近所で1人暮らしをしている清水というお爺さんに「本を買ってきてほしい」と頼まれてメモをとったのだけれど、痴呆が始まったようで求めている本がわからないと言うのです。杏子は渡されたメモを見て唖然としてしまいます。
メモにあった言葉は日本語になっていない。というか、そもそもこれはなんだろう。
あのじゅうにさーち いいよんさんわん ああさぶろうに
寝言よりひどい。
「どうやらこれで三冊の本を指しているらしいんだ。指を三本立てていたから」
清水は経済関係の本や歴史小説、古典まで幅広く読破していて、書斎まで持っている生粋の読書家だというのです。杏子は西岡に探している本の出版社を尋ねてみます。
「一言だ。出版社はどこですか?って聞いたら、『パンダ』って」
男性客は「パンダ」と口にしながら情けない顔になるばかりだったが、杏子はすぐにひとつの出版社を思い浮かべた。書店員にとってのそれは、今どき上野動物園にいる中国四千年の歴史ではない。「YONDA?」というキャッチフレーズで派手にプロモーション展開をする新潮社の顔なのだ。
「パンダ出版社」と考える西岡の横で新潮社の本を探そうと考える杏子。その話を聞いて持ち前の勘の鋭さを活かして謎解きに取り組むアルバイトの多絵。書店員ならではのひらめきを武器に、謎を持ち込んできた様々な人たちの力になっていきます。果たしてこの暗号は何を意味しているのでしょうか。
第1話の『パンダは囁く』から始まり、ある本を読んでからいきなり母が失踪してしまった女性の人捜しを手伝う『標野にて 君が袖振る』など、日常の不可解な出来事をテーマにしたミステリをたっぷりと楽しめます。有名な本のタイトルや出版社も出てきて、「この本知っている」「こういうお話だったのか」という発見も多いはず。読み終えたときには成風堂シリーズの続編を読みたくなることでしょう。
俺は書店員になって良かったのだろうか-『傷だらけの店長〜それでもやらねばならない〜』伊達雅彦
https://www.amazon.co.jp/dp/4101278717/
【あらすじ】「大学を出たにも関わらず本屋で働くなら家を出て行け」と勘当された伊達雅彦。店長まで上り詰めるも、終電で帰宅できるかすら危うい、せわしない日々が続きます。万引きと戦い、安月給と戦い、人手不足と戦い……。常に何かと戦いながら傷を負ってきた街の本屋(※注釈1)の店長が贈る、本屋の裏側が暴露された毒舌炸裂エッセイ。
ネット販売や電子書籍が普及してから減少し続けている本屋。それでも本屋の仕事はいつだって山積みで、帰れないこともしばしばある重労働。著者が自身の店舗を閉店するまでの店長経験を綴った本作は、「書店員になりたい」と夢を見る人たちに戸惑いを与えてしまうような苦労やもどかしさを包み隠さず暴露しています。
大切に扱っていた本の返品や万引き犯との追走劇、近所に大型書店がオープンするなど、様々な問題と向き合う日々。多方面から攻撃を受けながら怒りを露わにする著者は、まさしく「傷だらけの店長」です。
万引きは絶対許さない。
老若男女の区別なく、私は常に過酷な態度で彼らに臨む。逃げれば徹底的に追うし、捕まえればトラウマで二度と本屋に足を踏み入れられないくらい散々な目に遭わせてやる。
危険はある。正直、会社のためでもない。確かに自己満足のためかもしれない。私はただ、必死で仕入れをして陳列した商品が、バカどもにぬけぬけと盗まれていくのが我慢できないだけだ。
これまで返品など日々、数えきれないほどしてきた。そのたびに一冊一冊の本にすまないと思ってきた。心の中で「ごめんな、ごめんな」とつぶやいてきた。返品することが好きな書店員などいるのだろうか? 少なくとも私はいつも辛かった。
もちろん新刊の箱が届く喜びや常連客とのコミュニケーションなど、書店員だからこそ味わえる感動も多いのは事実です。そして本に囲まれて仕事ができることも大きな魅力です。
しかしおすすめの本を尋ねられて提案しても、お好みに合わないときにはクレームに発展することもあり、取り寄せが多いと文句を言われ……悲しいほどに苦労は絶えません。
私は本のプロである。
プロである以上、本のことで困っている人や尋ねてくる客がいれば全力で当たらなければならない。そう信じて仕事をしている。
本を愛するがゆえに様々な問題に直面し、時には本のことを嫌いになってしまうこともあった書店員生活。本の面白さを伝えるために、全身全霊を懸けて本屋の店長を勤め上げた著者の生き様が赤裸々に綴られています。
※注釈1:本作の中では「書店」と「本屋」という単語が混在しています。
宮部ワールドを楽しめる連作短編集-『淋しい狩人』宮部みゆき
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【あらすじ】荒川の土手下にある古書専門店・田辺書店。故・樺野裕次郎が開業した田辺書店を、樺野亡き後雇われ店長として引き継いだ親友のイワさん。孫・稔と共に古書店を営む日々の中、不思議な相談を持ちかけてくる客が現れます。事件に巻き込まれてしまうイワさんは、稔と協力して謎解きをしていくのですが……。
古書を専門に、「愉しみを約束する娯楽本だけを置こう」という経営方針を守り続けてきた田辺書店は、大きな赤字を出すこともなくのんびりと営業しているのですが、時折不思議な事件が舞い込んできます。
1話目『六月は名ばかりの月』では、佐々木鞠子という女性がイワさんのことを訪ねてきます。
「わたし、以前にこちらで助けていただいたことがあるんですよ」
二ヵ月ほど前の夜のことだという。
「会社の帰りに、妙な男にあとを尾けられて、怖くなってここへ逃げ込んだことがあったんです。覚えていらっしゃいませんか? わたしははっきり記憶してるんですが」
それを聞いて、その時のことを思い出したイワさんと稔に、鞠子はお願いがあると申し出ます。
「あのとき、わたしを尾けていた男の顔を覚えていらっしゃいますか? 今でも見分けがつきますか? それ、わたしにとって、とても大事なことなんです」
最近結婚式を挙げたばかりだという鞠子に付きまとう男が、鞠子の姉・美佐子が4ヵ月前に失踪した事件に関係しているかもしれないというのです。
美佐子はある日、いきなり鞠子の職場に電話をかけてきて、「歯と爪に気を付けなさい」と言っていなくなってしまいました。美佐子は水商売をしていて、以前駆け落ち騒動を起こしたことがあるため、警察にまともに取り合ってもらえず困っているとのこと。
さらに披露宴の引き出物に小説を準備したところ、鞠子が自宅で友人と梱包してホテルに預けたはずなのに、毒々しい赤色で小説に直接「歯と爪」と落書きされていたのです。
歯と爪という言葉がどちらの事件にも関わっていることに気付いた鞠子は、2つの事件は関連しているのではないかと考えます。
そして自分に付きまとっていた男が、姉の美佐子の失踪事件と落書き事件の犯人なのではないかという考えに行き着いた鞠子は、警察に証拠を提出する際イワさんに「以前から鞠子はこの男に付きまとわれていた」と証言してほしいと言うのです。
失踪事件と落書き事件の鍵を握る「歯と爪」。ビル・S・バリンジャーの『歯と爪』という小説に関係があるのではないかと考えるイワさんと稔は……。
定年退職をしてから田辺書店の店長を始めた経験豊富なイワさんと、推理小説好きな孫・稔が、本をきっかけに繰り広げられる6つの事件の真相を丁寧に紐解いていきます。
おわりに
「書店に行きたくなる」、「書店で働きたくなる」そんな作品を紹介しました。
物語の中には、実際に存在する著者や購入できる本も数多く登場します。物語を通じて新しい本との出会いも見つけられるので、ぜひ読んでみてください。
初出:P+D MAGAZINE(2020/03/25)