青山七恵『みがわり』/自分と瓜二つの人間の伝記小説の執筆を頼まれた作家の物語
新人作家・園州律の前に大ファンと名乗る女性が現れ、山岳事故で亡くなったという姉の伝記の執筆を依頼する。しかし、彼女の姉は律と容姿が瓜二つで……。奇妙ないびつさと自虐的なユーモアを併せ持つ小説を、翻訳家の鴻巣友季子が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け!】
鴻巣友季子【翻訳家】
みがわり
青山七恵 著
幻冬舎
1700円+税
装丁/重実生哉
伝記執筆を引き受けた作家を描く重層的な「分身小説」
人に伝記の執筆を頼まれる小説は面白い。デヴィッド・ゴードンの『二流小説家』然り、又吉直樹の『火花』然り。『みがわり』は、自分と瓜二つの人間の伝記小説の執筆を引き受けた小説家の話だ。重層的な分身小説であり、不思議なシスターフッド小説でもある。
「書くもの」はなにかに書かされていること、「書かれたもの」は常に反乱を起こしうることを改めて実感する。
最初に語り手/主人公として登場するのは、本名を「
あちこちにダブル(分身)が登場する。律は、自分と容姿がそっくりな百合の物語を書くために、彼女の「憑代」となっていく。あるいは、百合と梗子は幼いころ両親を交通事故で亡くしており、伯母「小宮尚子」に育てられたが、姉妹の母と尚子も、早くに両親を亡くしている。尚子は両親と妹を亡くした人であり、梗子は両親と姉を亡くした人で、ふたりは分身的な関係にある。
さらに、律は大親友だというバリキャリの「柏木繭子」から服を借りたり、彼女の名前を借用したりするうちに、繭子の身代わりのようになる。「書く人」である律の奮闘と、「書かれる人」である九鬼家の人々の懊悩、それは家族のある秘密を反映している。こうした成り行きや、律と腐れ縁の「雪生」との関係の間に、律が執筆する小説の断章が挟まれていく。梗子、伯母の尚子、百合、謎の二人称文体と、語りの視点を変えながら。
さて、本作はみごとな整合性に、奇妙ないびつさと自虐的なユーモアを併せ持つ。これはなぜか? そこにこの小説が生まれた秘密が隠れている。書くもの、書かれるもの、それを運ぶもの。真実は言葉にならない「未文字」にあるというホフマンスタール的な後退の先へ進んでいく果敢な小説である。
(週刊ポスト 2021年2.19号より)
初出:P+D MAGAZINE(2021/02/18)