【Netflixオリジナルドラマ『メイドの手帖』原作ほか】困難を生き抜いた女性が主人公の物語
DVから逃れたシングルマザーが生き抜くために奮闘するNetflixオリジナルドラマ『メイドの手帖』。その原作を筆頭に、貧困、毒親、ホームレスなど苦境を乗り越える女性を描いた小説を紹介します。
「ニューヨーク・タイムズ」紙「ノンフィクション部門」で第3位にランクインした、(他にも、Amazonの1月の「ベストブック」にも選出)、『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』が原作のNetflixオリジナルドラマ、『メイドの手帖』。女優のマーゴット・ロビーが製作総指揮を務めたことでも話題を集めました。
【公式予告編】https://www.youtube.com/watch?v=TWZPKiUa1B4
原作について、第44代大統領バラク・オバマは、2019年の推薦する読書リストに選び、「シングルマザーの個人的な体験記であり、アメリカ格差社会の現実を綴った一冊である」と話しました。(『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』訳者あとがきより)今回は、さまざまな試練を抱える女性がどの様にして困難を生き抜いたのか、紐解いていきます。
『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』ステファニー・ランド
ステファニー、28歳。シングルマザーの底力
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4575315583
『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』
は、著者ステファニー・ランド自身の体験を基に書かれたデビュー作です。
ホームレスシェルターで生活をしていた彼女が、本作を発表するきっかけになったのは、作家バーバラ・エーレンライクが創立した、エコノミック・ハードシップ・リポーディング・プロジェクト(経済的苦難記録プロジェクト)に才能を見いだされたからでした。
主人公は、作者である28歳のステファニー。支え合っていたはずの彼氏のジェイミーに妊娠を告げた事で、ステファニーへのDVがはじまってしまいます。
赤ちゃんのことをジェイミーに告白したのは、彼がバイクでの旅を終えたときだった。中絶すべきだと優しく説得しようとした彼の最初の反応は、私が断ると突然変化した。ジェイミーのことを四か月しか知らなかった私にとって、彼の怒りと、私に対する憎しみは恐ろしいものだった。
ステファニーは、疎遠になっている父親に相談をしてみますが、「自分も若い時は同じだった。なんとかなる。」と言われてしまいます。その言葉を受け入れ、一緒に育てることが難しくても、生むことを決意しました。
しかし、娘のミアが産まれてからもジェイミーのDVはおさまる事はありません。ステファニーは限界を迎え、家を出ていく事にしました。養育費について相談をすると、ジェイミーは目を鋭くします。
「養育費なんて払わない」(中略)「お前が俺に払うべきだ!」せわしなく前後に歩きながら話す彼の声は、徐々に大きくなっていった。「どこにも行かせないからな」彼はミアを指さしながら、「連れ去ってやる」と言った。そう言って背中を向けてその場を離れながら、怒りを吐き出すように叫び、ドアにはめ込まれた樹脂製ガラスの窓にパンチして穴を開け、出ていった。
ドメスティック・バイオレンス・ホットラインに電話をかけるステファニーの手は震えていました。そうして、まだ赤ちゃんのミアを連れてシングルマザーとして生きていくことになったステファニー。
私の娘はホームレスシェルターで歩くことを覚えた。
身寄りのないステファニーは、公的機関に頼るしか生きていく術が残されていませんでした。90日間の期限付きホームレスシェルターの次に移り住んだのは、低所得者用の暫定住宅。滞在するには、必ず同意しなければいけない規則があります。
ここは緊急シェルターです。
あなたの家ではありません。
尿検査が行われる場合もあります。
シェルター内にゲストを招くことはできません。
例外はありません。
担当するケースワーカーは、暫定住宅に空きがあったことについて、「ラッキー」だと伝えます。ステファニーは、ラッキーだとは思えず、その言葉が耳について離れませんでした。
貧しいということ、貧しい暮らしをするということは、「生き残る意味に欠ける」という罪状によって保護観察下にいるに等しい
絶望的な状況で、ステファニーは娘のミアと生き抜くため、政府のあらゆる援助を受けます。食料補助のフードスタンプ(注:低所得者世帯に対し、食料品購入用のクーポン券を支給する、米国の制度。)、育児手当、光熱費援助プログラム、低所得者層向け医療補助制度。しかし、税金でまかなわれているそれらの制度を使う人々への偏見は、ステファニーをさらに苦しめていました。
娘のミアのため、そんな現状から脱出しなければいけないとステファニーは考えます。そして、ありつけた仕事は、家の清掃をするメイドでした。ステファニーは娘との未来に希望を膨らませます。
メイドの仕事は、想像以上に過酷なものでした。一生懸命働いても、最低賃金しか稼げないため、貯めることが難しく、仕事を増やしてしまうと、政府からの補助が受けられなくなってしまうため、出口の見えない日々に精神的にも追い詰められていきました。
私は絶望の淵を歩き続けていた。朝になると、車が故障せずに通勤できて家に戻ることができますようにと考えて、ストレスを感じていた。背中は痛み続けた。コーヒーで空腹を和らげた。この穴から這い出すことは不可能だと感じた。私の唯一の現実的な望みは学校だった。教育が私の自由への切符になるはずだ。(中略)この絶え間ない卑屈な日々は、一時的なものに違いない。ベッドの中で泣いたこともあった。唯一の慰めは、私の人生の物語はこんな風に終わりはしないと信じていたことだった。
DVから逃れても、ステファニーを待っていたのは苦難の連続でした。頼れる人がいない状況、細かい規則でがんじがらめの補助システム、最低賃金の労働環境、そして政府援助を受ける者への容赦ない偏見。それでもステファニーはミアのため、未来を諦めず奮闘します。その姿から勇気をもらえることは勿論のこと、困っている人に手を差し伸べることがどれほど大切なことであるかを考えさせられる一冊です。
『神さまを待っている』畑野智美
愛、26歳。ホームレスになって見た景色
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4167917661/
畑野智美による貧困女子をリアルに描いた衝撃作『神さまを待っている』。本作の解説を、小説好きとしても知られる女優の佐久間由依が務めたことでも話題になりました。
主人公は、正社員を目標に派遣OLとして働く26歳の水越愛。ところが、会社の業績悪化により、派遣切りにあってしまいます。失業保険を受け取りながら、ハローワークに通い、就職活動をしますが、仕事を見つけることができません。
正社員にこだわっている場合ではない、アルバイトでも派遣でもいいから働かなくてはいけない。そうわかっているのに、面接に行く気力もなかった。部屋の隅で丸くなり、連続して届いた不採用通知のことばかり思い出していた。
失業保険の受給期間もとうとう終わり、働き口を見つけられないまま貯金も底をついてしまいます。家賃を払うこともできなくなった愛は、家を解約する事にしました。
大晦日、わたしはホームレスになった
愛には、頼れる家族がいません。唯一、頼りになりそうな同級生の雨宮という福祉関係で働いている友人がいます。しかし、しっかり者の彼には、いつも説教されてしまうことが多く、愛は自分の状況を打ち明ける気持ちになれませんでした。そんな愛が辿りついた場所は、漫画喫茶。日雇いのアルバイトで僅かなお金を稼ぎ、漫画喫茶で寝泊りする日々を送ります。
そんなある日、同じく漫画喫茶で寝泊まりしている、同い年のマユと知り合います。愛が、日雇いのアルバイトで食いつないでいる話をすると、もっと簡単に稼げる方法があると誘われました。
「出会い喫茶って知らない?」
出会い喫茶は、出会いカフェとも言われている。
業務形態としては、あくまでも喫茶店やカフェだ。出会いを目的で知り合った女の子と男性が店を出た後でどこへ行って何をしようと店には関係ないので、性的な風俗店ではない。鏡の中の部屋に待機している女の子は、無料でジュースを飲めてお菓子を食べられて、雑誌を読めるしゲームもできる。その代わりに何かするように店から強制されることはない。(中略)
「いちご」は一万五千円ということだ。ここに来る女の子の中には、その金額で男性とホテルへ行く人もいる。ホテルに行ってどこまでやるかは、交渉次第だ。これを「ワリキリ」と言う。わたしもマユもホテルへは行かず、お茶やごはんやカラオケに行き、男性から三千円から五千円をもらう。これを「茶飯」と言う。
こうして、愛は出会い喫茶でお金を稼ぎ漫画喫茶で寝泊りする生活を送るようになります。出会い喫茶の中でマユ以外の人と話すことがなかった愛でしたが、ふたりの幼い子どもを持つシングルマザーのサチさんと交流を深めるようになります。そして、話の流れで、サチさんの家に泊まりに行くことに。着いてみると、そこには酷く汚れた部屋で小学2年生のルキア君と五歳になる妹のキララちゃんが待っていました。幼稚園に行く必要がないと言うサチさんは、キララちゃんを学校に通わせていません。
掃除や料理もできず、出会い喫茶で生活費を稼ぐサチさんを母親に持つルキア君とキララちゃんが心配になり、愛は生活保護を受けることを提案してみます。
「生活保護は、健康な人がもらったらいけないんだよ。テレビで言ってたもん」
「サチさんが健康でも、ルキア君やキララちゃんは、どうなんでしょうか?」
「二人だって、元気だよ。風邪もひかない」
(中略)
身体が健康だとしても、サチさんもルキア君もキララちゃんも、生活に困難を抱えている。サチさんは、軽度の知的障害や発達障害なんじゃないかという気がする。ぼんやりしているとか、忘れっぽいとか、そういうレベルではない。
サチさんも生活保護の申請をしてみた事がありました。しかし、役所の人には怒られる事ばかりでうんざりしていたのです。
「わたしがバカだから、みんな嫌になっちゃうんだよねえ。書類に書いてある漢字も読めないもん。読み方を教えてもらっても意味わかんない。最初は優しくしてくれたのに、どういう事ですか?って、何度も何度も聞くうちに、だんだん疲れた顔になるの。それでイライラし出して、長いお説教が始まる。なんかさ、優しくしてくれた人の方がお説教が長いんだよね。あの人たちは頭いいくせに、わたしみたいなバカの気持ちなんて、想像ができないんだよ」
愛はそれを聞いて、自分が生活保護について調べたときに、用意する必要がある沢山の書類や、難しい文章が連なった説明文を思い出しました。愛は、改めて生活保護、そして国の制度について考えさせられる思いでした。
高校も大学も出て、ホームレスになったのはわたしの自己責任というやつなのかもしれない。けれど、サチさんは違うし、ルキア君やキララちゃんも違う。彼女たちのように、自分ではどうすることもできない人を守るために、法律や制度はあるべきだ。
サチさんのことも気がかりでしたが、それ以上にホームレスから抜け出せない自分の現状に不安を抱いていた愛。「茶飯」だけでは稼ぐことが難しくなっていき、それ以上をすることを周囲から勧められます。「茶飯」以上のことはしない主義を貫いていた愛でしたが、信じてしまった常連客からの悲惨な裏切りにより悲劇を迎えてしまいました。
どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのだろう。
もっと楽して生きている人は、たくさんいるはずだ。
世の中には、わたしより大変な人がいるとわかっている。健康なだけでも充分だ。自分に両親が揃っていて、父がもっと優しくしてくれたら、違う今があったんじゃないかという気持ちは消えない。
(中略)
人のせいにしているだけでしかなくて、自分が悪いんだ。
自分の人生なんだから、自分でどうにかするしかない。
わかっているけれど、もう何もしたくない。
頼る人がいない。説教されるのが嫌。さまざまな事情が重なり試練の道を歩むことになってしまった愛。そんな彼女が見た景色は、あまりにも残酷な世界でした。自分よりも困難な状況にいる女の子と知り合って行くことで、愛が感じてきた嫌悪感は、自分も他人に対して無意識にやってしまっていた事だと気がつきます。相手の立場に立って物事を考えるという想像力が、社会的弱者を救う上での第一歩なのではないかと気付かされる一冊です。
本書の解説を務めた女優の佐久間由衣は、このように綴りました。
私は、誰かの声なき叫びを、絶対に聞き逃したくない。瞳の奥の一瞬の曇りを、決して見過ごしたくない。手を差し伸べる勇気と、愛を、いつだって雨宮のように暑苦しく、しつこいくらい持つ人でいたい。
『ラブレス』桜木紫乃
百合江の一生。毒親、最貧困、借金の肩代わり、不運の果てに
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101254818/
桜木紫乃が描く壮絶な人生を生きた女性の物語『ラブレス』。
物語は、主人公の百合江と妹の里実のパート、そしてそれぞれの娘である理恵と小夜子のパートが交差して進んでいきます。
百合江と里実は、北海道にある村の極貧の家で育ちました。父親はお酒に溺れ、母親に暴力をふるう毎日。3人の弟もいましたが、百合江と里実だけ時を経て、それぞれ別のタイミングで家を出ていきます。
最初に家を出た百合江は、自分の描く未来に進む事は許されず、父親の借金の肩に薬局に住み込みで働きはじめました。しかし、薬局の店主に暴行を受けてしまった百合江。その後、お祭りで歌を披露した旅芸人に弟子入りをすることで、逃げ出すことができました。
ようやく自分の道へと進むことができた百合江でしたが、再び不幸が彼女を襲います。師匠が突然、病に倒れてしまったのです。旅芸人一座は、解散することに。百合江は仕事もお金も失い、一座の仲間である宗太郎と東京に向かうことになりました。
必死に生き抜く百合江と宗太郎は、次第にお互いを支え合う関係になっていきます。そうして、妊娠してしまった百合江。家も職もないふたりは、百合江の妹の里実の手助けにより、再び北海道で暮らし始めます。出産を無事に終え、帰宅すると宗太郎は家にいません。そのまま彼が戻ることはありませんでした。
今までは宗太郎がいたからなんとか乗りきってこられた。たとえ誰がどう思おうと、宗太郎は百合江を支えてくれていた。今日からはそれが綾子に代わるだけなのだろう。
貧しいながらも、百合江は娘の綾子を育てていましたが、里実に紹介された男性と再婚することに。真面目そうに見えたその男性は、借金を抱えていました。その借金を返すため、百合江は娘を連れて旅館で働きます。
そんな中、2人目を妊娠。出産当日、娘の綾子の預け先が見つからなかった百合江は、仕方なく仲の悪い姑に預けていきます。
嫌がっていた綾子を思い出し、出産を終えてからも気がかりだった百合江。迎えに行ってみると、そこに綾子はいませんでした——。
壮絶な百合江の人生だけでなく、対比する妹との関係。暴力を受け続けてきた母親、消えてしまった娘の綾子。百合江を取り巻くさまざまな運命に、思わず引き込まれる物語です。
不幸にも思える百合江の人生ですが、不思議なことに、彼女に悲壮感はありません。時の流れに身を任せ、愛に生きた百合江。その生き方から、「幸せとは自分の中にあるもの」ということに気づかされる一冊です。
本書で解説を務めた小説家の小池真理子は、このように綴りました。
たとえ極貧に生まれ育とうとも、不治の病に罹ろうとも、悲劇の連続の果てに死を迎えたとしても、そのことだけを取り上げて幸福だったか、不幸だったか、誰も決めつけることなどできやしない。
■おわりに
ステファニー、愛、小百合、それぞれに立ちはだかる大きな壁。彼女たちは、どん底に落ちてしまったからこそ、もがき苦しみながらも、最終的には自分の力で、上を向いて生きていきます。社会的弱者と言われるその人たちは、痛みや辛さを味わったことで、誰よりも大きな強い芯を手にしたのかもしれません。
彼女たちから、生き抜くヒントを、そしてどんな時も思いやりの心を持ち続ける大切さを学べる3作品です。
初出:P+D MAGAZINE(2021/11/22)