【『三つの金の鍵』など】絵本作家ピーター・シスの魅力とおすすめ作品

故郷の街を幻想的に描いた『三つの金の鍵 魔法のプラハ』や、サン・テグジュペリ、ガリレオ・ガリレイといった偉人の伝記絵本などの代表作を持つ、チェコスロヴァキア(現チェコ共和国)出身の絵本作家、ピーター・シス。彼が世界的な人気作家になるまでの背景と、おすすめの作品を紹介します。

ピーター・シスというチェコスロヴァキア(現チェコ共和国)出身の絵本作家をご存じでしょうか。日本においてはそこまで知名度の高くない作家ですが、アメリカでは誰もがその名を知るような人気作家です。ピーター・シスの名前に覚えがなくても、絵本好きであれば『三つの金の鍵 魔法のプラハ』といった作品は読んだことがある方もいるかもしれません。

シスは、祖国チェコにまつわる絵本や、サン・テグジュペリやダーウィンといった偉人の伝的絵本を多く手がけており、幻想的なタッチと哲学的なストーリーを特徴とする作家。現在、練馬区立美術館ではシスの日本初となる展示『ピーター・シスの闇と夢』が開催されています(※展示は11月14日まで)。

今回はそんなピーター・シスの半生と、絵本のおすすめ作品をご紹介します。

ピーター・シスの半生──祖国からの亡命後、世界的な評価を得るまで

ピーター・シスは、1949年に共産党政権の支配下にあったチェコスロヴァキアに生まれました。3歳のとき、シスの一家は首都プラハに移り、シスは幼少期から青年期までをプラハで過ごします。

当時のチェコスロヴァキアは西欧諸国から分断されており、国外への旅行や自由な表現活動は許可されておらず、あらゆるものが検閲下にある状況でした。しかしシスの父は映像作家として政府の仕事を多く受けていたこともあり、例外的にヨーロッパの国々への渡航が許可されていたため、シスにもいずれ世界を旅する夢を捨ててほしくないと語り聞かせていました。また、母はアーティストとして活動しており、家庭においてはシスに絵や音楽での表現を自由にさせていました。そんな両親の影響もあって、シスは1968年、プラハ工芸美術大学に進学します。

チェコスロヴァキアでは多くの表現活動が禁じられていましたが、子どもの教育にもなるアニメーション作品は検閲の手が比較的伸びにくいジャンルでした。そのため、シスは大学でアニメーションを制作しつつ、その隙間を縫うように音楽ジャーナリストやラジオDJとしての活動をおこなうようになりました。同じ頃、プラハの街がソ連軍に占領され、検閲体制もより強化されたことで、シスは何度も秘密警察に呼び出されたといいます。

シスが制作する緻密なアニメーション作品は、順調に国内での評価を高めていきました。1982年、シスは2年後に迫ったロサンゼルスオリンピックのためのアニメーション制作チームの一員として選ばれ、アメリカへの移住というまたとない機会を得ます。ところが、シスがロサンゼルスに移った直後に、チェコスロヴァキアはオリンピックのボイコットを決定。ただちに帰国するよう政府から命令を受けますが、シスはようやく掴んだチャンスを手放したくない一心でそれを拒否し、アメリカへの亡命を決めました。

亡命後、仕事探しに必死になっていたシスのもとに、1本の電話がかかってきます。それは、アメリカの絵本作家、モーリス・センダックからでした。「絵本作家になるつもりがあるなら、ニューヨークに移ってくれ」とセンダックに言われたシスは、すぐにニューヨークに向かいます。


モーリス・センダックの代表的な絵本『かいじゅうたちのいるところ』/
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4572002150/

センダックから紹介された編集者を介し、絵本の挿絵の仕事を受けるようになったシス。しだいにシス自身で絵と文をつけた絵本も発表するようになり、国内外で注目される絵本作家になっていきます。

1989年、ベルリンの壁が崩壊しようやく祖国との行き来ができるようになると、シスは7年ぶりに両親と再会を果たしました。その後アメリカ市民権を得て、アーティストのテリー・ライタと結婚したシスは、現在72歳。妻とふたりの子どもと暮らしながら、いまもなお精力的に絵本作家・イラストレーターとしての活動を続けています。

『三つの金の鍵 魔法のプラハ』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4776401096/

ここからは、そんなピーター・シスの絵本のおすすめ作品を紹介していきます。

『三つの金の鍵 魔法のプラハ』は、シスが1994年に発表した作品。自らの幼少期を振り返って描いた、故郷・プラハの街を舞台とする物語です。主人公の少年「ぼく」が乗った気球が嵐にさらわれ、至るところに幻と魔法が潜む街・プラハに降り立つところからお話は始まります。プラハの街には、とりわけ特別な訪問者に3つの金色の鍵を渡すというならわしが古くから続いていました。

「ぼく」は黒猫に導かれてプラハの街を巡りながら、プラハにまつわる伝説を読み進めていきます。伝説は、勇敢な王とお供の獅子にまつわるお話やプラハの天文台時計にまつわるお話など、見たことも聞いたこともないものばかり。ひとつの伝説を読み終えるたび、「ぼく」の手には金の鍵が1本ずつ残っていきます。実はその鍵こそ、家族との思い出が残る家の扉を開くための鍵なのでした。

シスはこの絵本を、アメリカに生まれ、シスの祖国・プラハを知らない娘のマドレーヌのために作りました。シスにとって、満足に表現活動ができなかったチェコスロヴァキア時代は暗い日々でしたが、それでも街の至るところに伝統的な美しさや幻想性を感じさせるものが溢れていたプラハのことは愛している、と数々のインタビューの中で語っています。

本書では、シスの絵の最大の特徴でもある繊細な点描画を堪能することもできます。この画法はシスがニューヨークに移住直後の1980年代、絵本と並行してニューヨーク・タイムズなどの挿絵の仕事を受ける中で、自らの個性をアピールしようと生み出したものでした。緻密さゆえに膨大な時間が必要になるこの画法ですが、のちにこのスタイルこそがシスの絵らしさを象徴するものとなりました。

『星の使者 ガリレオ・ガリレイ』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4198607826/

『星の使者 ガリレオ・ガリレイ』は、シスが1996年に発表した作品。「近代自然科学の父」と呼ばれ、コペルニクスの地動説を立証したことで宗教裁判にかけられたガリレイの生涯を描いた伝記絵本です。

ガリレイが活躍した16世紀から17世紀には、聖書の教えに基づいた天動説がローマカトリック教会の教えの基盤となっており、それ以外の説を唱えることは大きな罪でした。しかしガリレイは科学者として高倍率の望遠鏡を発明し、自ら天体を観察し続けることで、コペルニクスが主張していた地動説こそが真実であるという確信を強めていきます。

天空についてわたしが発見した多くのことがらによって、プトレマイオスの天動説はあきらかにまちがっており、天動説と対立する考え方のほうが、天文学的に見て理にかなっていることが、はっきりと裏づけられたのです。

とガリレイは語ります。しかしながら、当時のカトリックの世界観と相容れない主張にガリレイは有罪となり、生涯自宅から出ることを許されませんでした。ガリレイの正しさが証明されたのは彼の死後でしたが、彼は死ぬ直前まで自分の考えを周囲に伝え続けました。

この絵本は、シスが息子マテイのために作ったものです。シスはチェコスロヴァキア時代、厳しい表現規制の中でアニメーション制作やロックミュージシャンたちへのインタビューをおこなっていた経験から、外部からの抑圧に屈さず、自分の信念を曲げないことの重要さを誰よりも知っていました。シスは、強い共感を覚えたガリレイの生涯を題材に、息子や娘たちにも同じような勇敢さを持って表現に臨んでほしいという思いを本書に込めたのでしょう。

『飛行士と星の王子さま サン・テグジュペリの生涯』


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/419863999X/

『飛行士と星の王子さま サン・テグジュペリの生涯』は、シスの2014年の作品。『星の王子さま』の作者としてよく知られ、パイロットでもあったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの生涯を、幼少期から丁寧に描いた絵本です。

飛行機が発明されたばかりの19世紀の終わり、フランスのリヨンに生まれたサン・テグジュペリは、空を飛びたいという強い思いを幼い頃から抱き続けた人物でした。大人になった彼は航空会社に見習い操縦士として採用され、その後、郵便輸送のための飛行機のパイロットになります。

アントワーヌにとって、郵便輸送機を操縦する飛行士のさきがけとなったことは、夢がかなったといってもよいことでした。アントワーヌは、まず、ヨーロッパ内を、次に、西アフリカ沿岸を飛びます。アフリカでは、二機ひと組で飛び、一機が故障したり、墜落した場合にそなえることもありました。空に星がまたたきだすと、それが着陸の合図でした。

誰よりも“飛ぶこと”にこだわりのあったサン・テグジュペリは、度重なる飛行機の故障や墜落事故の経験をも乗り越えて、信念を持って操縦士としての人生を歩み続けます。物語は、サン・テグジュペリが飛行に出たまま行方不明になってしまったことで幕を下ろしますが、最後のページには“星の王子さま”を彷彿とさせる幼い少年が、自転車に乗って青い空を飛んでいる静謐で美しい絵が添えられています。

シスがサン・テグジュペリの生涯を絵本にしようと考えたきっかけは、子どもの頃に映像作家の父が買い与えてくれた『星の王子さま』にあったようです。シスは幼い頃から自由を夢見続けていたサン・テグジュペリに、自らの子ども時代を重ね合わせていたのかもしれません。

小説家としての側面に光を当てたサン・テグジュペリの伝記は数多くありますが、本書は、空を飛びたいという夢を抱き続けたひとりのパイロットとしてのサン・テグジュペリをよく知ることのできる一作です。

おわりに

30代で絵本作家としてのキャリアをスタートさせたシスは、以後30年間の活動の中でコールデコット・オナー賞やボローニャ国際絵本展金賞など、数々の栄誉ある絵本の賞を受賞しています。現在も精力的に創作活動を続けており、2021年の11月には、第二次世界大戦の直前、プラハにやってきた若いイギリス人男性・ニッキーを主人公とする新作の絵本『ニッキーとヴェラ─ホロコーストの静かな英雄と彼が救った子どもたち』も発表予定です。

創作の原動力となっているのは自由であることのすばらしさやありがたさだと、シスは翻訳家の柴田元幸との対談の中で語っています。

時として、残酷さは何気ないことの中にこそ存在しています。人は時に互いに対して不快な、恐ろしい行為を日常のなかでとってしまいます。自由が失われる過程は、意外なほどもろいのです。私はアーティストとしての自分の持てる力を使い、そういったことに世の関心を向かせたいのです。
──『ピーター・シスの闇と夢』柴田元幸との対談「闇のプラハへの旅路」より

チェコスロヴァキアの闇の時代を生き抜いたシスだからこそ伝えられる、力強いメッセージです。展示をきっかけにピーター・シスに興味を抱いた方や、伝記絵本を通じて初めて彼の絵に触れたという方もぜひ、幻想的なプラハの物語と夢を抱き続けた人々の物語を現代に伝えるピーター・シスの作品を読んでみてください。

(※参考文献……ピーター・シス、柴田元幸、赤塚若樹ほか著『ピーター・シスの闇と夢』)

初出:P+D MAGAZINE(2021/11/10)

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