トイアンナ『ハピネスエンディング株式会社』

トイアンナ『ハピネスエンディング株式会社』

愛されずに育ったすべての子どもたちへ告ぐ


「私は、愛されずに育ったんです」

 そう臨床心理士に伝えたのは、22歳の私でした。

 

 こんにちは、トイアンナです。普段は恋愛やキャリアについて、コラムを書いて暮らしています。

 私の親はいわゆる「電波」で、心霊現象を何よりも信じていました。私が夜尿症になろうが、自殺未遂を図ろうが、連れて行かれるのは霊能者のところ。私には悪霊が憑いている、そう信じた母は、必死に祈ってくれました。ありがとう、役立たずの祈祷たち。お陰様で自己愛性パーソナリティ障害を患い、精神療法を受けることになりました。そこで、冒頭のやりとりが発生したわけです。

 

 私が受けた精神療法はシンプルでした。私は臨床心理士の前で、幼少期からの記憶を語り尽くしたのです。初めて自分の人生を受容してもらえた瞬間でした。
霊にすがる母。そんな母を愛してやまない父。助けを求める私の重さに耐えきれず、逃げ出す男たち。私の声は、セラピールームにたどり着くまで、誰にも届きませんでした。

 

 1年後。私は母親への憎しみから解放されていました。三徳包丁を握りしめて、親を殺そうとベッドルームで立ち尽くした12歳。あのとき殺さなくて本当に良かった。私は、私の人生を歩き出せたのです。1年にわたる精神療法は、私にとって親を模擬的に弔う、葬儀でした。

 

 2020年。そんな話を、同じくらいシビアな家庭を生き延びた友人と飲みながら話していました。そして、「精神療法はとにかく金がかかる」という話になりました。

 そうなんです。精神療法って、保険適用にならないケースが多いんです。こんなお金がなくても、苦労した人たちが報われるすべはないものか。たとえば、生きている親をあたかも死んだかのように、弔う「儀式」ができれば、それだけで精神的に解放される人がいるのかもしれないね。「模擬葬儀」をテーマにした小説『ハピネスエンディング株式会社』は、そうして生まれました。

 

 すべての愛されずに育った子どもたちへ。

 親から見捨てられたからといって、自分で自分を見捨てなくていい。

 幼いころに親から「自分を見捨てること」を教わったからといって、それに従う必要は、ないんです。

 誰も認めてくれなかった中、本当にがんばりました。

 もう終わりにしましょう、間違った刷り込みを再現するのは。

 あなたは、あなたの人生を始めていいんです。

 よければこの小説と一緒に、あなたの人生を始めましょう。

 


トイアンナ
1987年生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資メーカーで勤務し、文筆業にて独立。エッセイからノウハウ本、小説まで幅広く執筆している。著書に『モテたいわけではないのだが ガツガツしない男子のための恋愛入門』『改訂版 確実内定 就職活動が面白いほどうまくいく』など。Twitter @10anj10

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ハピネスエンディング株式会社

『ハピネスエンディング株式会社』
著/トイアンナ

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