採れたて本!【海外ミステリ#09】

採れたて本!【海外ミステリ】

 ミステリ好きには、「夢の本」というものが存在する。幻の作家の知られざる作品、あの海外作家の未訳作品、噂だけ聞いていたが雑誌で探すしかなかった作品……そういう「夢の本」が。そして近年、訳者・小林晋と扶桑社文庫のコンビは、クラシック・ミステリ好きにとっての「夢の本」を精力的に出し続けている。世界初紹介作品まで邦訳された『レオ・ブルース短編全集』然り、一九三〇年代の「未発掘」フランス産密室ミステリとして紹介され、歴史の空隙を埋めた感のあったミシェル・エルベール&ウジェーヌ・ヴィル『禁じられた館』然り。

 ロバート・アーサー『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集』(扶桑社文庫)は、まさしくそんな「夢の本」の系譜に連なる一冊だ。私がこの本を夢見ていたのは、高校生の頃に読んだアンソロジー『北村薫の本格ミステリ・ライブラリー』(角川文庫)に、アーサーの短編「ガラスの橋」が収録されていたためだ。雪に閉ざされた屋敷から、足跡一つ残さず女性が消える。不可能犯罪の王道を往くこの謎に、ある種とんでもない──しかし、まるで絵のように思い描けるユニークな解決をつけた一編で、「うわあ面白い、この人の作品、もっと読みたいな」と渇望するキッカケになったのだ。『51番目の密室』(ハヤカワ・ポケット・ミステリ)というアンソロジーから、表題作であるロバート・アーサー「51番目の密室」を読んで楽屋オチじゃんかと脱力しつつも楽しみ、『ミステリマガジン700[海外編]』(ハヤカワ・ミステリ文庫)からは「マニング氏の金のなる木」を読んで、「こんなオー・ヘンリーみたいな話も書けるのか」と驚いた。

 そんな風に、各種アンソロジーや古い雑誌から、訳出されたものを一つずつ見つけていった──という経緯もあり、ロバート・アーサーの「日本初のミステリ短編集」が出たというだけで信じられない思いだ。本邦初訳ももちろんある。今紹介した「ガラスの橋」「マニング氏~」も収録されているし(「51番目の密室」は他のアンソロジーで読むほかないが)、痛快な犯罪小説である「極悪と老嬢」、意外にも「○○○○パロディー」小説でありながらひねくれたオチに到達する「一つの足跡の冒険」、古典的なトリックと雰囲気、皮肉めいたオチを味わえる「天からの一撃」など、粒よりの短編揃い。バリエーションも、不可能犯罪ものからひねったクライム・ストーリーまで、幅広く味わえる。作者自身が巻末に置いた「本書収録作品について」では、各編のアイディアがいかに生まれたのかを知ることが出来、作家にとっても刺激を感じる内容だった。

ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集

『ガラスの橋 ロバート・アーサー自選傑作集
ロバート・アーサー 訳/小林 晋
扶桑社文庫

〈「STORY BOX」2023年9月号掲載〉

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