ニクラス・ナット・オ・ダーグ 著、ヘレンハルメ美穂 訳『1793』
いまも残る「橋のあいだの街」
『1793』では、ストックホルムの地名(地区名や通りの名前など)をなるべく日本語に訳す方法をとりました。現代を舞台にした作品では、セーデルマルム島、スルッセン、スカンストゥル、等々、たいていカタカナのままになっています。ですが18世紀末には、これらの地名がただの名前ではなく、その意味がまだ実情に沿っていることが多かったのです。そのため、なるべく日本語でも意味が通るようにしたほうがいいのではないかと考えました(もちろん、由来が不明だったり、人名が由来だったりで、カタカナのままになっている地名もありますが)。
たとえば「セーデルマルム島」。いまではストックホルムの下町的な位置付けでとても賑やかな界隈ですが、18世紀末の街の中心は、現在「旧市街(ガムラスタン)」と呼ばれている地区でした。当時は「旧」ではありませんでしたから、「橋のあいだの街」と呼ばれていました。その南(セーデル)の郊外(マルム)が、セーデルマルム島。同様に、北(ノル)の郊外がノルマルム地区です。現在の街の中心は、どちらかというとノルマルム地区のほうに移っているのではないでしょうか。ガムラスタンは観光地のイメージです。
スルッセンという地名は、ストックホルムを舞台にしたミステリ小説をお読みになったことのある方なら聞き覚えがあるのではないかと思いますが、本来これは「水門」という意味で、「橋のあいだの街」とセーデルマルム島のあいだに設けられていた水門を指しています。18世紀当時、ここにはまだ、クリストフェル・プールヘムの手になる水門がありました。また、スカンストゥル、ホーンストゥル、などといった地名は、いまでは地下鉄の駅名のイメージですが、当時は実際ここに関所(トゥル)がありました。
ちなみに『1793』の死体の発見現場である魚倉湖(ファートブーレン)は、現在は埋め立てられており存在しません。ファートブーレンはもともと「食料庫」という意味で、食料となる魚がたくさん釣れたことがその名の由来だそうです。もっとも、18世紀末には『1793』に描かれているとおりの、おそろしく汚れた湖だったようですが……
「橋のあいだの街」を、もう少しご紹介します。
『1793』の主人公のひとり、ミッケル・カルデルが住んでいるという設定のゴース小路は現存し、こんなトンネルをくぐって入ることができます。
ちなみに、主人公コンビのミッケル・カルデルとセーシル・ヴィンゲは架空の人物ですが、上述のとおり、ノルリーン警視総監は実在の人物です。また、警視庁の秘書官を務めるイーサク・レインホルト・ブルーム氏も実在していました。詩人として活躍していたのも史実ですが、仕事の愚痴をこぼしたり給金の低さを嘆いたりしている手紙も残っているそうです……
『1793』では馬車の集合場として登場する「焼け跡広場」。1728年にここに建っていた建物が焼け、土地がそのまま残されたことが名の由来です。
『1793』に「小取引所」のニックネームで登場するスンドベリ菓子店(Sundbergs konditori)は現存します。1785年の創業で、1793年に現在の場所へ移転してきました。