【ダメ人間No.1を決めろ!】現代文学“ダメ人間”ビブリオバトル
【2人目】ヒモでニート、なのにこんなに愛おしい。絲山秋子『ニート』
『ニート』『2+1』あらすじ
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『ニート』
作家の「私」はある日、なんの気なく昔の知り合いである「キミ」のブログを見ていて、「キミ」の生活が困窮しきっていることを知る。「私」は「キミ」に金を貸すことを決意する。『2+1』
(※同著に収録されている『ニート』の続編)
「キミ」はたった1年で生活に行き詰まってしまい、「私」は「キミ」をしばらく居候させることにするが……。
モテる男の4つの条件、とは?
トヨキ:本題に入る前にちょっと考えてもらいたいんですが、皆さんはモテる男性ってどんな人だと思いますか?
……これは完全な自論なんですが、私は、周りにいるモテる人とか芸能人、あと雑誌の「モテるには」みたいな特集なども見ていて、男性のモテって結局この4つに集約されるんじゃないかなって思うんです。
……では、どんな男性が実際にこの4つの条件を満たしているか?
その答えは、この本にあります。絲山秋子の短編小説『ニート』と、その続編の『2+1』。結論から言って、この作品に出てくるニートのヒモ、「キミ」こそが最強のモテ男なんですよ。
ニートは仕事で張り合わないし、洗濯物も畳んでくれる
トヨキ:『ニート』の主人公は女流作家の「私」です。「私」はある日、なんの気なしに昔の知り合いである「キミ」のブログを見ていて、「キミ」の生活費が底をつきかけているということを知るんですね。で、咄嗟に「やばい、保護しないと」と思い、「キミ」を自分の家に招き入れてあげます。さっきの『劇場』の永田は自分から転がり込むプッシュ型のヒモでしたが、「キミ」はプル型のヒモですね。
「キミ」はニートでヒモですから、ずっと家にいます。「私」が仕事の打ち合わせから帰ってきたりすると、基本的にいつでもニコニコ出迎えてくれるんです。たまにポツリと「そういえばオマエって文学者なんだよな」とか言うんですが、「私」がそんな偉いもんじゃないよ、と否定すると「レバ刺し食いてえ」と話題転換するんですよ。仕事のプレッシャーから解放させてあげるわけです。これ、すごく気遣い上手ですよね。
しかも「キミ」はサービス精神が旺盛なので、朝起きるとさりげなく洗濯物が畳んであったり、サンドイッチを買ってきてくれたり、食べているラーメンのスープをひと口くれたりします。
「生まれて初めて救急車乗ってちょっとだけ嬉しかった」
トヨキ:……ここまでお話してきたらみなさんにも伝わっているかと思うのですが、「キミ」、正直かわいいんですよ。ある日、「キミ」がネットのオフ会に行くんですが、酔いつぶれちゃって帰りに駅のホームに落ちるんです。で、「私」が病院まで助けに行くと、「すんません」と。
膝を切って5針縫うことになるんですが、「キミ」は「生まれて初めて救急車乗ってちょっとだけ嬉しかった」って言うんです。そういうところがすごく、母性本能をくすぐるんですよね。モテの要素を全部持ってる。
「キミ」は最後、「私」のもとから離れていきますが、きっとこうやって40代くらいまではいろんな女性を渡り歩いて生きていくんだろうな、と容易に想像がつきます。本当、ずるいやつだなと思いますね。
判定員のコメント
Sさん:僕もヒモなので、聞いていてなんだかとても微笑ましかったですね。僕は昔、世界1周をしたことがあるんですが、そうやっていろんな人に保護してもらったから1周できたんだったなと。この「私」みたいな人がたまにいるから助かるんですよね。
あ、ちなみに、モテの4条件のうち「気遣いができる」「楽しませ上手」「母性を刺激する」はたしかに「キミ」が持っていると感じたんですけど、「ギャップ」は……?
トヨキ:作中59ページに、「キミは昔から無駄にセックスがうまかった」とあります。
Sさん:なるほど。やっぱりそうですよね。
【3人目】ラストは卑屈で見栄っ張りな王道ダメ人間! 西村賢太『苦役列車』
『苦役列車』あらすじ
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19歳の北町貫多は日雇い労働で生計を立てている。日当の5500円はすべて酒代と風俗に使ってしまうので、貯金もできず、常に部屋の追い立てを食らう日々。
ある日、貫多の仕事先に、同い年の専門学校生・日下部正二が現れる。人懐っこく爽やかな日下部に好感を抱き、貫多は彼と友達になるが……。
自分の力で働き、全財産を道楽に使う
伊藤:……僕、前の2人の話を聞いていて思ったんです。彼女たちはダメ人間のことを何もわかっていないと。だいたい、自分の力で稼いでいないヒモやニートが「かわいい」だなんて、おかしな話じゃないですか。自分の力で金を稼いで、自分のしたいことをしてこそ男だと僕は思うんですよ。
そこで僕が紹介するのは、2010年に芥川賞を受賞した西村賢太の長編小説、『苦役列車』です。この主人公、貫多というのが非常に味のある男で。……彼は日雇いの仕事で生計を立ててるんですが、日当でもらえる5500円は次に仕事に行くための電車賃を残し、すべて、酒と風俗にあてています。
貫多「何せこちとら、十五のときから風俗まみれだよ」
伊藤:貫多はとにかくえらいやつが大嫌いで、性格は卑屈、偏見の塊みたいな男なんですね。
たとえば、港の近くで日雇いの仕事の昼休憩をしているとき、テレビドラマの撮影クルーがやってきて、「画面に映ってしまうので、少しだけ移動してもらえませんか」と貫多に言うんです。でも貫多は「やだよ。だってぼくの方が先にここで休んでいたんだから」と小学生みたいなことを言って、どくのを嫌がるんです。
そんな性格なので友達がいない貫多なんですが、唯一、作中で仲良くしてくれる男がいるんですよ。それが同い年の専門学校生、日下部です。日下部は人懐っこい性格で、貫多とも仕事帰りに飲みに行ったりしてくれるんですが、貫多は劣等感の塊なので、たまに、爽やかで誰からも好かれる日下部に嫉妬するんですね。
……そこで貫多が唯一、日下部に先輩面できるのが「風俗」なんです。風俗に行ったことのない日下部を安い風俗に連れていき、「大丈夫。ぼくに任せておけ。何せこちとら、十五のときから風俗まみれだよ」となぜか得意げに言う。
日下部が風俗に行ったことがない、というだけで貫多は日下部のことを童貞だと決めつけるんですが、日下部は普通に彼女いるんですよ。いいやつだから。
人の彼女に勝手に点数づけする
伊藤:のちに日下部に「彼女がいる」と明かされた貫多は、腹を立てつつも、日下部の彼女経由で女性を紹介してもらうことを思いつきます。それで、日下部と彼女を誘って3人で野球を見に行くんですが、待ち合わせ場所に現れた日下部の彼女がそこまで美人じゃなかったことに安堵し、貫多はこう思います。“(こいつはどうおまけしてやっても、せいぜい十五点ってとこだな)”。めちゃくちゃですよね、自分はずっと彼女いないのに。
……そして、野球のあとに入った居酒屋で、日下部と彼女が楽しそうに話しているのを見て、貫多は案の定嫉妬し、日下部の彼女に言い放つんです。「週一でしかこいつと会ってないんじゃ、やっぱりあれか。もっぱら、オナニーかい? オナニー、なのかい? どうなんだ」。これが決定打となって、貫多は日下部にすら距離を置かれるようになってしまいます。最後まで貫多は、とことん清々しいろくでなしなんです。
判定員のコメント
Wさん:本当に清々しいくらいダメで、特に言うことないですね。……けど、友達の彼女が美人じゃなかったことに安心するくだりは、ちょっと“あるある”と思いました。特にモテるわけでもない友達が、急にすごい美人連れてきたら腹立ちますもんね。
Sさん:僕は昔、風俗のために500円玉貯金をしてたことがあるので、貫多の熱心さには共感できますね。友達の彼女経由で女の子をゲットしよう、というアグレッシブさもなかなかいい。
【結果発表】もっとも“愛すべきダメ人間”は誰だ!?
全員の発表が終わったところで、いよいよ、判定員2名が選んだ“もっとも愛すべきダメ人間”が決定します!
もっとも愛すべきダメ人間、「ダメ人間王」に輝いたのは……
Wさん:『苦役列車』の北町貫多ですね。
Sさん:僕も、北町貫多です。
……『苦役列車』の北町貫多に決定しました!!!
【受賞理由】
最後に、判定員のおふたりに、北町貫多を“愛すべきダメ人間の中のダメ人間”に選んだ理由をお聞きしました。
Sさん:僕はヒモなので、正直、気持ちがよくわかるのは『劇場』の永田や『ニート』のキミのほうなんです。ただ、永田や「キミ」の振る舞いは、プレゼンを聞いた限りでは、かなり打算的ですよね。こういうことをしたら女性が喜ぶ、というのをわかってやっているというか、あざとい。「キミ」にはまだ気遣いが見られるのでいいとしても、永田は本当にただの嫌なやつだなという印象を持ちました。
ヒモならヒモらしく、家事だけは手を抜かないとか、女性には絶対に怒らないとか、ヒモとしての矜持を持ってほしい。
一方の貫多は、シンプルに素直でいいなと思いました。卑屈だし面倒くさそうだけど、男同士で飲み会したら、ゲスなエピソードでその場の笑いを全部かっさらっていくタイプなんじゃないかなと。
Wさん:たしかに、貫多とは1回飲みに行ってみたい、と思いました。貫多は欲望に忠実で、気に食わないことがあったらすぐに不機嫌になるやつだと思うんですが、それって決して悪いことじゃない。
……皆さんは永田や貫多たちのことを「ダメ人間」って呼ぶけど、中身は人間みんなそんなに変わらないと思うんですよ。友達の彼女がかわいかったら悔しいとか、僕たちが「大人だから」と言わずに我慢しているようなことを、貫多は全部口に出してしまうというだけで。自分に嘘をつかないという点では、貫多はダメだけど格好いいなと思いますね。
【結論】人はみんな、どこかしら「ダメ人間」
判定員のおふたりのコメントから浮かび上がってきたのは、大人は皆、“ダメ”な自分を隠しているという事実。貫多を始めとする「ダメ人間」たちは、“ダメさ”を露呈しても意外と人は愛されるということを、身をもって教えてくれる存在なのかもしれません。
皆さんも、現代文学の「ダメ人間」たちの振る舞いをお手本に、時には思いきって自分の“ダメさ”をオープンにしてみてはいかがでしょうか?
<終>
初出:P+D MAGAZINE(2017/07/08)
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