「平成のベストセラー」を出来事とともに振り返ろう!<後編>
30年もの間、人々を魅了し続けてきたベストセラー作品。それぞれの年に起きた出来事とともに、平成の時代を振り返る企画の後編です。
天皇陛下の生前退位に伴い、改元が行われようとしている日本。前回に引き続き、平成の時代に話題となったベストセラーと、その年に起きた出来事を振り返ります。
純粋な親子愛に、多くの読者が号泣。
【2006年(平成18年)はこんな年】〈社会〉 〈流行語〉 〈ベストセラー〉 〈芥川賞〉 〈直木賞〉 |
携帯電話のパケット定額制の普及により、女子高生の間で話題を集めたケータイ小説の第二次ブームが起こった2006年。この年、リリー・フランキーによる小説『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』が200万部を超えるベストセラーとなりました。
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101275718
母親との半生をもとにしたこの小説は、「泣き顔を見られたくなければ電車で読むのは危険」という口コミから話題となり、多くの人が手に取ることとなりました。
九州の小倉で生まれ、“オトン”の実家で育った主人公の“ボク”。しかし4歳のときに両親が別居し、やがて“オカン”とともに福岡の筑豊の炭鉱町で暮らすことになります。
15歳になった“ボク”は、オカンのもとを離れて大分の美術学校へ入学。卒業後はオカンに学費を負担してもらい、東京の美大に進学するも自堕落な生活を送るようになります。
やがてボクの仕事が軌道に乗った頃、オカンがガンを患っていることが発覚します。それを知ったボクは、オカンに東京で暮らすことを提案するのでした。
オカンは、周囲の人に思いやりを持って接し、美大で無為な日々を過ごす息子を励まし続ける人物として描かれています。
オトンの人生は大きく見えるけど、オカンの人生は十八のボクから見ても、小さく見えてしまう。それは、ボクに自分の人生を切り分けてくれたからなのだ。
『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』より
自分のことは二の次で、献身的に家族を支えるオカンに自分の母親の姿を重ねるからこそ、読者の涙を誘ったのでしょう。当時読んで涙した人は、親になってから再読すればオカンの視点でまた新たな感動を味わえるかもしれません。
世界規模の大人気シリーズ、完結。
【2008年(平成20年)はこんな年】〈社会〉 〈流行語〉 〈ベストセラー〉 〈芥川賞〉 〈直木賞〉 |
フリーターや派遣労働で働く若者たちが共感したことをきっかけに、プロレタリア文学の代表作『蟹工船』がブームを迎えた2008年、『ハリー・ポッター』シリーズの7作目である『ハリー・ポッターと死の秘宝』がベストセラーとなりました。
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4915512630
1作目『ハリー・ポッターと賢者の石』がロンドンで1997年に刊行されて以来、このシリーズは児童文学の枠を超えて世界中に読まれるようになりました。魔法学校ホグワーツでの日々、両親の仇であるヴォルデモートとの戦い、そしてハリー自身の成長譚とさまざまな魅力の詰まった人気シリーズは、多くの人が夢中になったことでしょう。
7作目となる『ハリー・ポッターと死の秘宝』は、ホグワーツの校長であるダンブルドアが死亡した後、魔法界を支配しようとするヴォルデモートの勢力が強くなるという絶望的な状況から幕を開けます。ヴォルデモートを倒すための旅に出たハリーと親友のロン、ハーマイオニーは、度重なる困難に直面しながらもヴォルデモートとの最終決戦に挑もうとするのでした。
屋敷しもべ妖精やお伽噺、愛や忠誠、そして無垢。(中略)こうしたもののすべてが、ヴォルデモートを凌駕する力を持ち、どのような魔法も及ばぬ力を持つという真実を、あの者は決して理解できなかった”
『ハリー・ポッターと死の秘宝』より
ハリーは、ヴォルデモートとの戦いの最中、夢と現実の狭間で亡くなったはずのダンブルドアと再会します。
両親と死別したハリー、孤児院で生まれ育ったヴォルデモートと、お互いに両親のことを深く知らない境遇ではあるものの、両者の決定的な違いは「愛情」にありました。ハリーの両親はヴォルデモートによって殺されますが、ハリーは母が命を懸けて使った「守りの魔法」によって救われます。
一方のヴォルデモートは、自らの魂を分割し、断片をあらゆる物体に保存する魔法、“分霊箱(ホークラックス)”を使っています。これは、たとえ肉体を破壊されようとも、魂の一部がある限り復活することができる不死性を得るためのものですが、これは命を懸けてでも戦ってくれる仲間が側にいなかったため、「自分しか信じられない」という気持ちの表れとも考えられます。「自分は両親にも愛されなかった」というコンプレックスは、やがて世界を脅かす存在を生じさせることとなったのです。
そんなヴォルデモートにはなく、ハリーが持っていたのは愛や忠誠、無垢であるとダンブルドアはハリーに説きます。大人気シリーズは、愛と信頼によって運命が分かれたふたりの魔法使いの戦いによって結末を迎えます。長年にわたって人々に愛されている『ハリー・ポッター』シリーズは、世界観が同じスピンオフ作品『ファンタスティック・ビースト』シリーズによって、今もファンを獲得し続けています。
(合わせて読みたい:
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』3つのポイントとあらすじ
大ヒット最新作! 『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』を深掘り解説)
毒舌執事の華麗な謎解きが魅力!ドラマ化・実写化もされたミステリー小説。
【2011年(平成22年)はこんな年】〈社会〉 〈流行語〉 〈ベストセラー〉 〈芥川賞〉 〈直木賞〉 |
東日本大震災が発生し、「絆」の重要性を再認識した2011年。この年のベストセラーは、東川篤哉による人気ミステリー『謎解きはディナーのあとで』です。この作品は2011年の本屋大賞でも1位に輝いていることからもうかがえるように、書店員からの圧倒的な支持を獲得しました。
出典:http://www.shogakukan.co.jp/pr/nazotoki/vol1.html
主人公は、世界的な企業グループ「宝生グループ」の令嬢でありながら、普段は新人刑事として捜査にあたる麗子。そして麗子が直面する事件の謎を解き明かすのは、彼女に仕える執事の影山です。この作品の魅力のひとつは、ピントのずれた推理をする麗子と、容赦のない暴言を吐く影山の関係性にあります。
「ひょっとしてお嬢様の目は節穴でございますか?」
「それでもお嬢様はプロの刑事でございますか。正直、ズブの素人よりレベルが低くていらっしゃいます」
『謎解きはディナーのあとで』より
影山は麗子に仕える執事である以上、立場は麗子の方が上です。しかし、影山はそんな主人を毎回罵倒した後、麗子から聞いた情報をもとにした推理で真犯人を暴くのがお約束となっています。罵倒を受けた麗子は「クビ!」と喚くものの、見事に真犯人を言い当てる影山にいつしかアドバイスを求めるようになっていきます。
また、普段は地味な服に身を包み、うだつが上がらない上司の自慢を我慢して聞いている麗子が、帰宅後や非番の日は華やかな生活を送るわがままなお嬢様になってフラストレーションを発散させているというギャップも、麗子のキャラクター像を際立たせています。お嬢様として、そして刑事としてのプライドを執事の影山に傷つけられ、憤りながらも屈服しかない姿が、面白おかしく映るのでしょう。
コミカルでありながら、本格的なミステリーが楽しめるという、ふたつの魅力を持った『謎解きはディナーのあとで』。「探偵か野球選手になりたかった」という影山ですが、完璧な執事でありながら主人を小馬鹿にしながら謎を解く様子は、普段ミステリーに慣れ親しんでいない層も興味を持つきっかけになっていたのかもしれません。
人気お笑いタレントによる、初の純文学作品。
【2015年(平成27年)はこんな年】〈社会〉 〈流行語〉 〈ベストセラー〉 〈芥川賞〉 〈直木賞〉 |
※:野球で打率3割、30本塁打、30盗塁を同じシーズンに達成すること
世界体操で日本男子(団体)が37年ぶりに金メダルを獲得し、横綱白鵬が史上最多優勝を収めた2015年、ある小説が大きな話題を呼びました。それは、第153回芥川賞を受賞した『火花』。お笑い芸人の又吉直樹によるこの作品は、掲載誌「文學界」2015年2月号が増刷されたほか、単行本は2015年の年間ベストセラー1位に輝くほどの大ヒットとなりました。
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4167907828
『火花』はドラマ化、映画化、舞台化とさまざまなメディアミックスもされており、普段読書をしない層からも圧倒的な支持を獲得することとなります。
物語は売れないお笑い芸人、徳永が熱海の花火大会で出会った先輩芸人、神谷の芸風に衝撃を受け、弟子入りを志願するところから始まります。神谷から「俺の伝記を書くこと」を条件に弟子入りを承諾された徳永は、次第に交流を深めていきます。
漫才師である以上、面白い漫才をすることが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動は全て、漫才のためにあんねん。
笑われたらあかん、笑わさなあかん。って凄く格好良い言葉やけど。あれ楽屋から洩れたらあかん言葉やったな。
『火花』より
「笑い」に対し、真摯な姿勢で追求しつづける神谷に憧れるも、次第にふたりの間には溝が生じていきます。この「笑い」に対する価値観や捉え方は、自身も芸人である著者でなければ描かれなかったのかもしれません。「笑い」に生きる、ふたりの男の「火花」のような一瞬のきらめきに、日本中が感動し、涙した1冊です。
平成を彩った、数々のベストセラー作品。
恋愛小説からエッセイ、ミステリー小説まで、平成のベストセラー作品はさまざまな人を楽しませ続けてきました。あらためて読むことで当時の感動がよみがえる人も、初めて読むことで新たな発見を得る人もいるかもしれません。今一度、ベストセラー作品に触れてみてはいかがでしょうか。
そして、新たな時代にはどのような作品がベストセラーになるのか、楽しみですね。
初出:P+D MAGAZINE(2019/03/27)