『熱風』短くも濃密だった中上健次との「闘いの日々」

中上健次の遺作の一つとなった未完作『熱風』。当時、『熱風』を連載していた週刊誌「週刊ポスト」の担当編集者として、『熱風』に携わった西澤潤氏が、中上健次との思い出を熱く語ります。

中上健次は、病に倒れ46歳の若さで夭折してしまいますが、晩年に雑誌連載していた作品のうち絶筆のまま完結をみなかった4作品ありました。うち週刊誌に連載中で、中上作品の中でもエンターテインメント性が高い作品だったのが、「中上健次電子全集15」に収録された『大洪水』と『熱風』の2作です。(残り2作のうち『鰐の聖域』は第10巻収録。『異族』は第18巻収録予定)。

未完作『熱風』は南米に渡った「天人五衰」(『千年の愉楽』)の主人公・オリエントの康の一粒種タケオが、「路地」の産婆オリュウノオバに渡すエメラルドを携え東京新宿に現れ、紀州徳川藩の局の末裔・徳川和子、同藩毒味役の血を引く毒味男、オリュウの甥と名乗る「九階の怪人」の三人に出会い、「超過激・超反動」の犯罪者グループを組織しながら、バブル経済で膨れ上がった日本への復讐を企図、一路新宮の「路地」を目指す展開で、一味が新宮に着いたところで中断し、絶筆となった作品です。

今回の「担当編集者だけが知っている中上健次(8)」では、「週刊ポスト」の若手編集者として、部内異動でいきなり“大物作家”中上の担当となった西澤氏が、『熱風』連載での悪戦苦闘の日々、そして早すぎる別れについて、その思い出を語ります。

▶関連記事
「担当編集者だけが知っている中上健次(7)」
「担当編集者だけが知っている中上健次(6)」
「担当編集者だけが知っている中上健次(4)」
「担当編集者だけが知っている中上健次(3)」
「担当編集者だけが知っている中上健次(2)」
「担当編集者だけが知っている中上健次(1)」

SCAN_1_1_02

熊野大学のイベント「都はるみコンサート」の打ち上げ。中上健次氏(左)のトークに爆笑する西澤氏

担当編集者だけが知っている中上健次(8)

熱風吹き荒れた日々の思い出

西澤 潤

 1991年のあの日、中上健次さんは圧倒的な威圧感を漂わせていた。それを「オーラ」と呼ぶ人もあるかもしれない。だが、その時まで中上作品を数冊しか読んでいなかった私には、大きな「壁」のような存在で、ただただ気圧されるばかりだった。以来、その壁を乗り越えようとしては転げ落ちる、短いけれども濃密な、中上さんとの「闘いの日々」が始まった。

 入社6年目だった私は週刊誌編集部の特集班に所属し、毎週、事件やスポーツ・芸能のスクープを追いかけていた。取材に行き、インタビューをし、原稿を書く仕事は面白かったし、毎日がとても充実していた。

 そんな私にとって、小説、エッセイ、コミックを担当する連載班への異動は「挫折」だった。自分で記事を書くのではなく、原稿をもらうだけの仕事にやりがいを見出せないでいた。

 連載班で初めて担当した作家が中上さんだ。そしてこの出会いが、いっぱしの編集者気取りの私に、作家とともに作品を磨き上げていく仕事の面白さ、何より編集という仕事の奥深さを教えてくれた。

 ある日の夕方、当時の上司に新宿の和食店に誘われた。それが中上さんとの初対面だった。すでに『熱風』の新連載の話がまとまっていて、私はその場でいきなり担当を任されたのだ。中上さんが書く小説で、挿絵は池田満寿夫さんが描く。二人の芥川賞作家によるコラボという、文芸編集者として駆け出しの私には贅沢すぎる仕事である。

 こうして連載小説を担当することになったわけだが、仕事は作家の原稿を印刷会社に回すだけだという思い込みは、とんでもない間違いだった。

 まず、原稿が来ない。早めに設定した締め切りは回を重ねるたびに遅れに遅れ、遂には明日の朝までに原稿を入れないと連載が落ちるという状況が、毎週続くようになっていた。徹夜仕事は慣れっこだったが、ファックスで送られてきた原稿はとても読みづらく、ワープロで打ち直さないと入稿できない。印刷会社が判読できないからだ。

 中上さんは原稿用紙を使わず、集計用紙にペン先の硬い万年筆で書いていた。『熱風』の時はA3の集計用紙を使っていたが、改行はまったくなく、クセの強い細かな文字でびっしりと埋め尽くされていた。

 だから初めて第1回目の原稿を受け取った時、どこで改行したらいいのかが分からなかった。中上さんに尋ねると返事はひとこと、「俺の小説を読んでいるなら、わかるだろう?」。お調子者の私はつい「わかります!」と答えてしまい、片っ端から作品を読み直した。そうして自分なりに分析した「改行の法則」を当てはめて、原稿をワープロで清書すると、いつも原稿用紙16枚分、雑誌でいえばちょうど5ページ分になったものである。

 ある日、締め切りギリギリという綱渡りに耐えられなくなった私は、一計を案じた。中上さんのマネージャーを食事に誘い、六本木のクラブに接待したのだ。マネージャーと懇意になって便宜を図ってもらおうという魂胆だった。しかし、その目論見はすぐに打ち砕かれる。翌日、中上さんから電話がかかってきた。いつになく静かな声で「お前は誰と仕事をしているんだ? お前の仕事は何なんだ?」とだけ言って、ガチャリと切れた。これには堪えた。怒鳴られるより身にしみた。中上さんはずるいこと、小賢しいことを何よりも嫌う人なのだ。

 こんな未熟な編集者でも、中上さんは気に入ってくれたようだった。純文学を愛する文芸編集者たちに囲まれて仕事をしてきた中上さんにとって、週刊誌編集者の私は「異物」でしかなかったはずだ。もしかしたら、中上さんはそんな私を一人前にしてやろうと鍛えてくれていたのかもしれない。酒を飲みながら、「なあ西澤、そう思うだろ!」と背中や肩を叩かれる時は痛かったけれど、いつも温かかった。そうして私を叱咤激励してくれた。中上さんといえば、酒を飲んでは暴れる無頼のイメージを持つ向きもあるかもしれないが、普段はとてもやさしい、こまやかな気配りを忘れない人だった。

 その年の夏、中上さんが主宰する熊野大学のイベント「都はるみコンサート」を手伝うため、和歌山県の新宮を訪れた時も、自らハンドルを握って生まれ故郷を案内してくれた。運転がとても慎重で丁寧だったのは意外だったが、「なあ、『東京ラブストーリー』ってドラマ、面白いなあ!」にはもっと驚いた。

 コンサートが行なわれたのは8月12日の夜、熊野神社の元の本宮があった河原である。2000人もの観客が集まり大盛況だったが、コンサートが終わって照明が落とされると、漆黒の闇が広がった。横浜育ちの私には初めて体験する暗さである。まさに一寸先は闇で、夜空に星が見えるだけなのだ。熊野とは本当に神秘的な場所なのだなあと感じたものである。

 『熱風』に話を戻そう。毎週のように締め切りの綱渡りをしながらも、不思議と連載は途切れずに続いていた。『熱風』が初めて休載になったのは中上さんが慶應病院に入院した1992年の1 月だったと思う。何度か再開の話もあったものの、実現しないまま時が過ぎた。入院の第一報から3 か月ほど経ったある日、私は中上さんを見舞いに行った。先に訪ねた上司が会えなかったと聞いていたので、自分もダメだろうなと半分諦めていたのだが、なぜか面会することができた。付き添いのご家族の姿がなく、一人でいたからかもしれない。

 ベッドの上にあぐらをかいた中上さんは、痩せたというか、一回り小さくなっていた。あの壁のような威圧感もなかった。あまりのショックでなかなか言葉が出てこない。中上さんは「病人の前だってのに、お前はなんて顔してんだ」と笑い、逆に自分の方が励まされてしまった。被っていたニット帽を取り、「禿げちゃったんだよ」と明るく話していたことを思い出す。私は「早く『熱風』の続きが読みたい」というようなことを言ったのだが、中上さんはただ聞いているだけで、決して「うん」とは言わなかった。帰り際に「待ってますからね」と声をかけたが、にやりと笑みを浮かべるだけだった。嘘はつけなかったのだろうと思う。覚悟ができたから、会ってくれたのかもしれない。辛くて逃げるように病院を出た。そして、それが最後になってしまった。

 絶筆となった『熱風』は『千年の愉楽』の続編とよく言われる。中上さん自身もそう考えていたのだろうが、物語の結末がどうなるのか、私にも教えてくれなかった。しかし、この頃はいつも「純文学とエンターテインメントを融合させたい」と熱く語っていた。常に新しい文学表現を模索し、挑戦し続けていた。改めて『熱風』を読み返してみると、他の作品と比べて、全体的に文は短く、読点がよく入り、改行も多い文体になっていることに気づかされる。

 もっとも改行については私が入れたものだが、実際、ほぼ中上さんの意図通りであったはずだ。「ほぼ」というのは、掲載誌を読んだ中上さんから「あの改行は違うぞ」と指摘を受けたことが2度あるからだ。つまり、中上さんが亡くなった後、掲載誌をもとに編まれた単行本には、中上文学として2か所の誤りがあることになる。どこが違っていたのか、なぜ違うのか、その理由を尋ねても、中上さんは「自分で考えろ」と言うだけだった。「正解」はわからないままだ。

 中上さんの「最後の編集者」として、今でもやり残した宿題をずっと抱えているような思いでいる。

西澤 潤
Jun Nishizawa

早大法学部卒業後、1986年、小学館入社。「週刊ポスト」編集長代理、月刊小説誌「ストーリー・ボックス」編集長を経て、出版局プロデューサーとして小学館新書の統括と「ブックピープル」編集室室長兼務。主なプロデュース企画は、井沢元彦著『逆説の日本史』『逆説の世界史』、大前研一著『平成官僚論』『ドットコム仕事術』、大沢在昌著『天使の牙』『天使の爪』、佐々木譲著『疾駆する夢』『砂の街路図』、重松清著『なぎさの媚薬』、花村萬月著『セラフィムの夜』『弾正星』、藤田宜永著『夢で逢いましょう』、宮部みゆき著『模倣犯』『希望荘』、弘兼憲史&坂田信弘共著『GOLF練習嫌いはこれを読め!』、国友やすゆき著『バツイチ』など。

おわりに

中上健次の遺作の一つ『熱風』を、“最後の編集者“として、締め切りに追われる綱渡り日々を送りながらも、文芸編集者として様々なことを学んだ西澤氏が、今振り返る中上文学、そして中上健次へ思いはいかがでしたか?

『熱風』、『大洪水』に加え、劇画コミックス原作『南回帰船』の3作品は中上健次電子全集第15回巻『増殖する物語世界 未完作品群』に収録されています。

中上健次 電子全集15『増殖する物語世界 未完作品群』
中上晩年の未完3作『大洪水』『熱風』『南回帰船』では、「路地」の末裔らが、海外へと増殖していく……。

『大洪水』は、かつての「路地」世界から逃れ出た鉄男(浜村龍造の朋輩・ヨシ兄の息子)が、リー・ジー・ウォンの変名で登場、シンガポール、香港と渡り歩き香港社会を操る黒幕・ミスターパオに出会う。「路地」解体の時期に父親殺しを行ったこの主人公は英語を流暢に使いこなすプレーボーイで、中上作品になかったキャラクターに変態を遂げていた。

『熱風』は南米に渡った「天人五衰」(『千年の愉楽』)の主人公・オリエントの康(こう)の一粒種タケオが、「路地」の産婆オリュウノオバに渡すエメラルドを携え、東京新宿に現れ、紀州徳川藩の局(つぼね)の末裔・徳川和子、同藩毒味役の血を引く毒味男、オリュウの甥と名乗る「九階の怪人」の三人に出会う。物語は彼らが「超過激・超反動」の犯罪者グループを組織、バブル経済で膨れ上がった日本への復讐を企図、一路新宮の「路地」を目指す。

『南回帰船』は劇画原作。物語は、旧清朝皇帝の宝として主人公・草壁竹志(南洋漁船船員)に手渡されたる宝石といった道具立て、あるいは満州国再校を夢想する老フィクサー伊藤深山の登場など、作家晩年の未完作品の特徴でもある旧大東亜共栄圏の残影がそこかしこにちらついている。
中上-15

初出:P+D MAGAZINE(2017/07/06)

オルダス・ハクスリー著『すばらしい新世界[新訳版]』はすべてのディストピア小説の源流。鴻巣友季子が解説!
【ダメ人間No.1を決めろ!】現代文学“ダメ人間”ビブリオバトル