【特集】太宰治の世界

この年の十二月十日、津島修治は常用剤のカルモチンを多量に飲みます。
自分で走ることをやめることができるのだ――――。
修治は走ることに、早くも完全に疲れたといっていいでしょう。
これがいわゆる彼の「第一回の自殺未遂」だといわれている事件。幸いにも一命をとりとめた修治、どうやらこうやら、弘前高校を卒業、東京帝国大学文学部に入学します。
その頃からでしょうか、共産党の党員が修治の下宿を訪ねはじめました。彼がブルジョア階級の出でありながら実家に反発し、その生い立ちを呪っていることを知って、仲間に入ってくれないかと誘うのです。
気持ちはよくわかります。貧しい人たちの味方になりたい。修治は本当にそう思います。でも、だからといって家を捨てるわけにはいかない。修治は家に復讐をするためにも、共産党にカンパをすることを誓います。
これと前後して、高校時代に知り合った作家井伏鱒二の家に出入りしはじめました。そして、やはり文章を書くことだけが、自分のすべての矛盾を解決する方法だということを知ります。大学にも入ったけど、ここはゴールでも何でもない。共産党の趣旨には賛成だが、自分はやはり実家の金を頼らなければ、生きていけない。幸いなことに、井伏さんは自分に才能があることを認めてくれている。
「もう、書くしかないな」
一点突破、全面展開。修治はそう心に決めたのです。出世レースのロードから遠くはなれてしまった彼は、作家というゴールのある文学のレースに参加しようと思ったのでした。

ようやくすっきりした修治。ペンを手に、新たな人生のレースのスタートを切ろうとした、その時、青森からひとりの女性が彼のもとに逃げ込んできます。高校時代に通った料亭の芸妓紅子、小山初代が出奔してきたのです。
なんだよ、せっかく気持ちよくスタートしようと思ったのに…。
人間、いま何かを新たにはじめようとしている時に、邪魔者が入るといらつきます。一日の疲れを取ろうと気持ちよく風呂に入り、湯船に両足を入れた瞬間に、宅配便がきたようなものかもしれません。いま風の言葉でいえばむかつく、とでも申しましょうか。
そこで彼は考えます。
文学のレースというものは、どれだけ転び、のたうち、血を吐いたかで決まる。もしそうなら勝てる。でも、負けたらどうする。いや、勝つ。わかった。そのレースに負けた時は、本当に津島修治が人生に破れた時だ。死ぬ。その時は、死ぬ。
そう思った修治は、何でも受け入れようと決心します。泥水でも、ゴミでも飲み込もう、それが自分にとって走ることだ――と。
昭和五年、実家から分家除籍を条件に、小山初代との結婚が許されます。分家除籍ですから、お金の工面はできません。左翼運動に傾倒する修治に家を継いだ兄が出した最後通牒が、それでした。
この年の十一月、修治は銀座ホリウッドの女給田部あつみと鎌倉の海岸で心中をはかります。

好かれる時期が、誰にだって一度ある。不潔な時期だ。
(東京八景)

青い花がめらめらと咲きはじめました。結婚が決まったばかりの男が、なぜほかの女と自殺したのか――。そのあたりの修治の気持ちを理解してあげていただきたいと思うのでございます。

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連載対談 中島京子の「扉をあけたら」 ゲスト:高野秀行(ノンフィクション作家)
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