ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第100回

ハクマン第100回
人と接する時は、
心では愚弄していても
表には出さない方が良い。

確かに編集とて個人的に燃える権利はある。
しかし、編集という素性や所属を明らかにして燃えると、担当作品にまでケチがつく可能性がゼロではないし、そうなったら最悪だ。
よって、燃える時は立場は一切明かさず「一介の漫画読み(笑)アカウント」として燃えてほしい。それだったら私も大喜びで、TMレボリ風を吹かせに行く。

しかし、この話はすでに作家の「俺の担当はもっとひどかった話」に移行しているため、作家の自分語りチャンスとして、編集者のSNS炎上というのは定期的に必要なのかもしれない。

ヤバ率で言えば漫画家の方がヤバいとは思うが、ヤバい編集がいるのも事実であり、ヤバい目に遭わされた作家がいるのも事実だろう。

俺のネームを読んだあと、無言でライターを取り出し、ネームに火をつけるかと思いきや、俺のパーカーの紐に点火してきたなど、ガチヤバ担も存在するだろうが、作家はその内容よりも、言い方や態度に怒っている場合の方が多い。

こちらとて、ただのボツやリテイクにキレ散らかしているわけではない。
ただその言い方が無駄に高圧的だったり、睡眠時無呼吸症候群とは無縁の鼻笑い混じりだったことがいつまでも忘れられないのだ。

つまり「舐められた」ことに怒っているのである。
Twitter 上での「そろそろ最強のヤバ担を決めて法に訴えようぜ大喜利」を見ても「僕が新人のころ~」という書き出しが結構見られるので、作家としてキャリアを積んだ人でも大昔の舐められた記憶は鮮明に覚えているのだ。

確かに、怒りの中で一番尾を引くのは舐められた怒りなのかもしれない
物理でも殴られるより、突然顔面を舐められる方が記憶に残りそうな気がする。

ネームが面白くないにしても、真面目に面白くないと言われるのと、第一声が「ハァ?」というちいかわのうさぎとでは相手に与える遺恨度が違う。

直しを要求するにも「この意見を元にもっと良くなると信じている」というのと「お前は俺の言うことを聞くマシーンになっておけ」という態度が透けて見えるのとでは全く違う。

よって、編集のみならず人と接する時は、心では愚弄しきっていても、それが表に出ないようにした方が良い。相手のためではなく自分のためだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

「推してけ! 推してけ!」第29回 ◆『絶縁』(村田沙耶香、チョン・セランほか・著)
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