ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第80回

ハクマン第80回
最近の他人の潰し方は
「先手必勝各個撃破」が
主流のようだ。

誰もが厳しいより優しい人、自分を否定するより肯定してくれる人と話したいと思うだろうが、相手はこちらの向上心を破壊するためだけに優しくしている可能性もあるのでしきりに「充分」「休め」と言ってくる人間には注意が必要である。

つまり私は、潰れてほしい相手には優しくした方が良いと思っているタイプなので、私が妙に優しい態度で近づいてきたら「単行本①大好評発売中!」と3回叫んで逃げてほしい。
ちなみにこれは、売れてない単行本につけられるテンプレの煽りだ。

実際、北風と太陽しかり、本当に潰したい相手に対しては優しくするというのは定石である。

子供に対し、生活に必要な技術や常識を教えず、ひたすら甘やかし、やってあげることを「優しい虐待」と言うように、優しくすることで相手の成長を阻害し、後々困ったことにさせるという兵法だ。
熟練になると、自分に依存させきった後で捨てるらしいが、これにはかなりの人たらし能力が必要なので、私はとりあえず映画刑務所の中の山崎努顔で「よくやってるじゃないの」と言うようにしている。

逆に厳しくして潰そうとしたら反骨精神を呼び起こしてしまうかもしれないし、何より恨まれるため、もし相手が成功した際、真っ先に「あの時はお世話になりました」と半笑い報告を受ける危険性がある。
逆に、表面上でも優しくしていたなら相手が成功した際も「君ならやると思ってた」と照英みたいに泣きながら肩を抱けばいいだけの話だ。

だが世の中ではそんな小賢しい予防線など張らないコミュニティがあると最近知った。

私が行くチャットルームは大体現役の作家がくることが多いのだが、当然「漫画家志望」が集まる場所もあるのだ。

聞いた話によるとそのコミュニティでは「君は充分よくやってる」等の、温いタンの吐き合いは行われないという。

では若人たちが叱咤激励し合いながら切磋琢磨する、部屋ごと爆破するしかない場所かというとそうでもないそうだ。

厳しい言葉のやりとりはされるらしいが、厳しさの方向性が作品に対する批評ではなく、誰かが「担当からこういうコメントをもらった」と言うのに対し「それはもう見放されている」と返すなど、相手の作家になりたいという心を折るのに全力だという。

 
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カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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